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カツとお酒の、味しかしない。  作者: ぎんはなあんず
カツとお酒の、味しかしない。前編
6/14

5

「やあ、また会ったね」


 一瞬、どこから誰に話しかけられたのかわからなかった。

 気がつくと目の前に、深緑色の小さなドラゴンのようなぬいぐるみがいた。

 そのぬいぐるみは続ける。


「君は選ばれたんだ」


「......え?」


 一面真っ白で、色も物も何も無い景色の中、深緑色の、出来損ないのドラゴンみたいなぬいぐるみが話しかけてくる。


「ちょっと......言ってる意味がわからないんだけど......何に選ばれたって?」


「『観察対象』に、だよ」


 さすがにこの歳になれば『観察対象』という言葉自体の意味はわかる。しかしそのぬいぐるみの言う『観察対象』というのは分からない。


「ちょっと待ってちょっと待って......一体何の話? というか、ここはどこなの? かずねえ達は?」


「............もしかして、覚えてないのかい?」


「一体何を?」


 実はさっきからこの世界の風景やそのぬいぐるみとのやりとりに既視感を覚えていたが、デジャヴというか勘違いに近い感覚だったので、無視をしていた。


「......そうか、覚えてないんだ......まあ、別に問題はないか。説明の手間が少し増えただけだ」


「さっきから一体何の話なんだよ。早く元のところへ帰りたいんだけど」


 半ば苛立ちながら僕は言った。対照的に彼は落ち着いていた。正確には彼女かもしれないが、喋り方や雰囲気で彼だと断定する。その彼は言う。


「まあまあ、少し落ち着いてよ。じゃないとぼくも説明し辛い。深呼吸でもするかい?」


「......」


 一人称は「ぼく」、やはり性別は男だったか。

 心の中で大きくはぁっ、と息を吐き、彼の言う通り少し落ち着くことにした。

 少し待つと彼が言う。


「さっきも言ったように、君は選ばれた。神の『観察対象』に」


「神......?」


「そう。こう見えても、というか全くそうは見えないだろうけど、ぼくは神なんだ」


 そもそもぬいぐるみが喋ってきている時点で随分おかしな事のはずなのだが、実際にこうやって奇怪な現象に遭うとどうも混乱して思考能力が低下してしまう。夢を見ている時、これは夢だという事に気付けない、そんな感じだ。

 今起こっている事に対して恐怖感があるのだが、不思議と落ち着いていられる安心感がここにはあった。理由はわからないがなんにせよありがたい事だ。

 さっきからいろんな事が起こって頭の容量を超えてしまっている。事態が全く飲み込めない。

 もう一度大きく、今度は実際に息を吐いて、疑問点を一つずつ潰していこうと試みる。


「神......か。じゃあ神様、ここはどこなんですか?」


 神、というのを意識してしまったからなのか思わず敬語を使ってしまった。


「ふふっ、かしこまらなくていいよ......ここは......そうだね、プライベートルームさ。ぼくが作り出した仮の世界だね」


 やはりここは、現実の世界ではないようだ。分かり切っていたことだったが。


「ちなみにこの『プライベートルーム』は、人間の感情を抑える力が働いているんだよ。ここではあまり笑ったり怒ったり悲しんだりは出来なくなっているんだ」


 なるほど、ついさっき人が死んだところを見たというのにこうも落ち着いていられるのはそれが理由だったようだ。

 僕は続けて質問を投げかける。


「『観察対象』っていうのは?」


「ぼくはね、神様の中でも結構位が高い方なんだけど、今の生活に飽きちゃって。だからちょっとだけ面白いことをしようかなー、って思ったんだよ。ほら、あれと一緒さ。げー......げー......なんだっけ?」


 ゲーム、のことを言いたかったんだろうか。俗世の事はあまり知らないようだ。神の住まう世界と自分たちの世界とはまた別世界、という事なのだろう。

 その神様は妙に愉快そうに続ける。


「まあいいや、それでぼくは『人間に神の力を少し分け与えたらどうなるのか』ってことを思いついたんだ! とっても面白いと思わないかい!」


 僕はすぐに否定した。


「思わないよ。被害を受けるのは僕なんだろう?」


「被害、と思うのは感じ取り方次第だとぼくは思うよ? で、その対象が、きみだ。『観察対象』くん」


 段々と、頭の中にある霧のようなものが晴れていく。しかし気持ちの良い青空は見えてこない。要するに僕は、神に遊びに巻き込まれた不幸な人間だったらしい。

 なんてことだ、ついに僕の運の無さはここまで来たか。


「はぁ............今日は散々だよ。目の前の子供は助けられないわ神様の遊びに付き合わされるわ......」


 みいちゃんのことを思い出すと、また少し身体の奥がズキンと痛んだ気がした。


「ははは、後者は諦めてね。クジで決めたんだ」


 神様の口から『クジ』という言葉を聞くとは思わなかった。神様と話したことなんてこれまで一回も無いのだが。


「でもね、前者はまだ諦めちゃダメだ。きみは『まだ助けられる』かもしれない」


 神様のくせに変なことを言う。


「いや......それは無理だよ......僕はあの子を助けられなかった。血を流して倒れていたところまで見たんだよ? 今頃救急車が来て運ばれてるだろうけど......なんにせよ僕にはもう出来ることはないんだ」


「そんなことないさ。きみはもう忘れたらしいけれど、ぼくはもう『力』をきみに与えてる。きみはあの子を救うことができるんだ」


 言っている意味があまり理解できない。


「......つまりどういう事? しっかり説明してよ」


「......忘れちゃったっぽいしその反応も仕方ないか。わかった、今から説明するからよーく聞いててよ?」




「きみは......きみは今から、時間を旅する事ができるようになる。五秒だけだけどね」




 僕はこの時、とても強い既視感を覚えた。どこかで聞いた事のある言葉だ、と強く思った。しかしどこで聞いた言葉なのかは結局思い出せなかった。

 どうしてかほんの少しだけ涙が出そうになる。同時に胸の奥もきゅう、と締め付けられる。原因には心当たりが無い。しかしすぐに落ち着く事ができた。

 神様は続ける。


「五秒だけ、時間を遡る事ができるようになるんだ。五秒間なら何をしてもいい。過去を変えても良いし、何か悪い事をしてきてもいいよ。ただし、五秒だけだ」


 五秒間。最初に思ったのは五秒で何ができるだろう、という呑気な事だった。しかもどれもこれもくだらない事ばかり思いついてしまった。


「『飛べる』のは、今まできみが生きてきた時間だけだ。大昔には飛べない。どこから五秒を再び始めるのかは、きみに決定権がある。あと、使用回数に限りがある事も覚えててね。残り回数は直感でわかるようにしておいた。......どう? 面白いと思わない?」


 正直、興味はとてもあった。やはり人間、過去を変えたいというのは永遠の願望だと思う。

 今僕が考えていたのは、『どうすれば五秒でみいちゃんを救えるか』だった。


「......きみ、人の命を救うのは別に止めないけど、それできみが死んじゃったら元も子もないからね。ぼくは別にそれも『観察結果』として捉えるけど。一応忠告だ」


 勝手なイメージとして神は冷酷な感じを抱いていたが、そうでもないようだ。

 おそらく神にとっては人の命の終わりなど些細な事象の一つなんだろうと思うが、それでも僕の身を案じてくれるこの神様に温かみを感じた。


「......でも、勝手に人の心を読まないでよね。神様ならそういうことできるんだろうなって思ってたけど」


「あ、あれ?バレた? ぼくとしたことが」


 結構可愛いところもあるのかもしれない。


「......そういえば、どうやって過去へ戻るの? 方法を教えてくれないと」


「あー......そうだねぇ............よし、こうしよう。最初の一回はぼくも手伝うよ。その一回でコツを掴んで」


 そんな無茶な。


「大丈夫だよ。一回やればなんとなくできるようになるものだから。それに、きみは賢いしね」


「賢くなんかないよ。あと勝手に心を読まないでって」


「ああ、ごめんごめん。つい」


 そういえば、神様に対して馴れ馴れし過ぎるではないか? バチが当たるのでは? と今更ながら思う。神様は別にいいと言ってくれたが、後で祟られたりいしないだろうか。見た目はぬいぐるみだったから抵抗なく喋ってしまっていた。


「さ、そろそろぼくは行くよ。神様にも仕事はあるんでね。この『プライベートルーム』はきみが時間を遡って過去へ行くまで開放しておくよ......それじゃあ、健闘を」


 と、音も無くぬいぐるみは光の粉になり床へ溶けていってしまった。

 辺りがしん、と静まり、命あるものの気配を感じられなくなる。

 最後に神にも仕事があるなどという生々しい事を聞かされてしまったが、つっこみを入れる間も無く行ってしまった。

 もう少し聞きたい事もあったのだが、これ以上は無理そうだった。






 この『プライベートルーム』で、いろいろな事を時間をかけて考えた。

 このいわゆる『五秒間タイムリープ』を、悪い事に使おうとはあまり考えなかった。両親や叔父の教育おかげだろうか。

 やはり一番は、どうやって轢かれてしまったみいちゃんを五秒でどう助けるか、どのタイミングで五秒を再び始めるかを考えていた。

 熟考し、決心する。もう一度みいちゃんを助けるんだ、という意思を固く持つ。

 その時、どこからともなく声が響いてきた。


「もういいみたいだね。それじゃ、行こうか。一回深呼吸しよう。せーの。すーはー」


 子供をあやすように言ってくる。不思議と悪い感じはしなかったので、僕もつられて深呼吸をしてしまう。


「すーはー」


「......よし、それじゃ、がんばってね」


 そう声が響いた瞬間、視界がまた白くなった。途端に目をあけていられなくなる。

 きーんと耳鳴りのような音が聞こえてくる。目はまだ開けていられない。だんだん気分が悪くなってくる。匂いは何もしない。

 意識がうっすらとぼやけ始め、少しの眠気のようなものが僕を襲ってくる。一応今、立ってはいるが、気を抜くと膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

 ようやく眩しい感じがしなくなり、意識も回復する。

 ようやく目を開け、状況を確認しようとするが、どうしてか身動きができない。それもその筈、から・・まっていた・・・・・のだ。


「なっ、なんだこれっ」


 もがこうとするが、指一本動かせない。諦めて前を見ると、透明なガラスが見えた。

 どうやら僕の周りをガラスが一周してるようだ。

 上を見ると木の蓋のようなものが見える。

 埃っぽい、砂の匂いがした。


「もしかして、砂時計の中なのか?」


 そう思うとそうとしか思えなくなってきた。ここは恐らく砂時計の中で、その中に僕は閉じ込められているらしい。

 一体今からどうなるんだろうと思っていると、しゃらしゃらしゃら......と砂と砂が擦れ合う音が微かにしているのがわかった。

 砂時計の砂が落ちるように、下の穴から砂が落ちていっているのだろうと予測する。

 数秒そのままでいると、やがてその小さな音は止んだ。また視界が白くぼやける。

 同時に先程の神様の声もしてきた。


「今からもう一度五秒が始まるよ。覚悟はいい?」


 覚悟ならさっき決めてきたんだ。いつでも行ける。


「さぁ、もう始まるよ......じゃあ、いってらっしゃい!」


 そう聞こえた瞬間、視界が元に戻り、あの何度も見てきたT字路が視界に映った。

 灰色の地面に、等間隔で引かれた白線と黒く小さなひび割れ。

 郷愁を感じ取ったあの公園。

 冬へ向かう秋の匂いと、高い空。

 まだ鉄の臭いと赤い色は無かった。

 またあの五秒が始まるのだ。そう強く感じた。

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