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カツとお酒の、味しかしない。  作者: ぎんはなあんず
カツとお酒の、味しかしない。前編
4/14

3

 テスト一日目。

 文系の僕には辛い理系教科、数学Bと物理を二発くらい、げんなりとしながら帰り支度を整え、廊下に出る。テスト本番が始まり早く帰れるといえど、廊下が活気付いている様子はなかった。互いに傷を舐めあってたり、健気に前を向いて教師に質問したりしている生徒がちらほら。テストのことなどそっちのけで一目散に退散する生徒も居た。そのせいで学校中が昼から騒々しくなっている。

 僕もいつもつるんでいる友達を差し置いて帰路へつく。

途中、恋人である『彼女』を探すためしばらく辺りを見回したり少しうろうろしたりと足踏みをしていたが、それらしい影は見当たらなかったので若干気を落としながら学校を出た。

 そういえば昼食をどうするか決めていなかった。

 この時間帯、叔父は自営している喫茶店での仕事が忙しいだろうし、コンビニで適当に何か買って家で食べよう。そう思って学校前のコンビニに足を向けた。






 テスト後のこの時間の学校前はやっぱり人が多いなぁとぼんやり考えながら歩いていると、


「おーい! さっちゃーん!」


 と、周囲の視線を意に介さず一目散に走り寄ってくる女生徒が、一名。


「ちょっとー! 無視ー!? さっちゃんってばー!」


 耐えかねて反応してしまう。


「だからさっちゃん言わないでって! あと周りのことも考えて」


「いやー、姿が見えたからつい」


 てへへー、と年と容姿に不相応な笑みを浮かべて僕を見てくるかずねえ。『てへへー』というより『うへへー』に近いゆるっゆるな笑みだ。

 対して周囲の視線が円錐の氷塊になって突き刺さる。嫉妬こわい。

 端から見ても美人な方であろうこの高校三年生、かずねえは季節感にそぐわない元気な張りのある声で言った。


「それはまあ置いておいて、さっちゃんは今日お昼どうするー?」


 置いていかれてしまった。


「コンビニで適当に済ませるつもり。叔父さんも忙しいだろうからさ」


「あー、この時間は大変だろうねぇ......あそこ結構繁盛してるし」


 叔父が経営している喫茶店『ぶっくまあく』は閑静な住宅街の中に建つ小さな喫茶店なのだが、雰囲気の良さからか地元ではかなり愛されている店だった。

 僕もあの落ち着いた空間はかなり好きだ。

 ちなみに店名の『ぶっくまあく』は今は亡き叔父さんの妻であるしおりさんの名前から取ったのだという。


「じゃあさ、久しぶりに『ハートフル』行こうよ! 二人で!」


 かずねえが発した『二人で』という単語で周囲の視線がさらに冷えた。十月半ばの昼前だというのに真冬のような空気感だ。


「え、いや......その......」


 かずねえの言う『ハートフル』というのは学校の近所にあるファミレスのことだ。

 突然の誘いに少し逡巡してしまう。


「あ、もしかして用事とかあった?」


 僕の表情から察したのかかずねえが少し寂しそうな声で言う。


「いや、用事はないんだけど」


「じゃあ決まりね! さ、行こ!」


 かずねえは張り切って前を歩く。まったく、昔から強引なところは変わらない。おそらく断っても無理やり連れて行かれるんだろう、と半ば諦めながらかずねえのあとに続く。

 とにかく今は一刻も早くこの寒々とした学校前通りを通り過ぎたかった。






 必要以上にはしゃぐかずねえと並んでファミレス、『ハートフル』へ向かう。帰り道にあるので都合は良かった。

 『ハートフル』へ着き、奥のソファ席へ座る。「よっこらしょ」とおっさんのような掛け声とともに腰を下ろしたかずねえにとりあえずツッコミを入れておくことにした。


「......もう老化? 早いねぇ」


「私まだ十八ですぅー」


 こっちがボケみたいになってしまったが、気にしない。


「いやー、まだ十月なのに外は寒いねー。コート無しじゃ外にも出られないよ」


 かずねえは着ていたベージュのコート、トレンチコートというのだろうか、それを綺麗にたたんで横に置きながら言った。


「......一体誰のせいやら」


「......え、なんの話?」


 向けてくる怪訝な視線を無視してメニューに目を通す。かずねえも諦めてメニューを見始めた。


「あ、懐かしい! ここのグラタンおいしいんだー。私これにする」


「僕も決めたよ。かずねえ、ボタン」


「はいはいーっと」


 幼馴染みといえど仮にも一人の女の子であるかずねえに雑務を任せるのはどうなのか、と一瞬考えたが、かずねえだから別にいっか、という結論を下した。

 そんなことは微塵も考えてなさそうなかずねえが話し始めた。


「この呼び出しボタンってさ......子供の頃すごくわくわくしながら押してたんだよね。今見たら普通の呼び出しボタンなんだけど」


「あー、なんとなくわかる気がする。不思議な魅力あったよね、それ」


「あははは、さっちゃんもそう? これ押したくてわざわざボタンに近い席に座ったり」


「ああ、やったやった。連打して怒られたりね」


「あはははは」


 かずねえと特に意味もないやりとりをするのは僕は好きだった。実の姉と話すような、といっても実の姉と話したことなどないし存在もしないのだが、実の姉との会話はこんな感じなのかもしれない、と思わせるような安心感があった。友達よりはグレードが上な、そんな感じ。

 他愛もない雑談をしていると、店員さんがやってきてオーダーを取り始めた。それぞれメニューを言い、ドリンクバーを付け足し、注文を終了した。店員は奥に引っ込んでいく。


「海鮮丼? ピザじゃなくて?」


 心底不思議そうにかずねえが聞いてきた。


「あのね、いくらなんでも子供じゃないんだし、お昼ご飯ににピザは頼まないよ」


「えー? 昔はここに来た時ピザしか食べてなかったのにー?」


「どれだけ前の話だよ。ジュース取ってくる」


「あ、私も」


 二人同時に立ち上がり、ドリンクバーへと向かう。

 店内を軽く一瞥したかずねえが言った。


「親子連れが結構多いねー。高校生はここ、こないのかな?」


「近くに駅があるわけでもないし、こっち方面に住んでる高校生も少ないだろうからね。あんまりこないんじゃない?」


「そっかー。家族連れとか多くて雰囲気好きなのにねー......っと、ごめ

ん。家族の話なんかして」


「いいよ、かずねえなら」


 僕の両親は僕が幼い頃亡くなっている。一緒に外出中に交通事故に遭い、僕だけが助かったのだ。僕は当時小学六年生だったので、状況を理解するのに時間がかかり、叔父さんの家に引き取られてからようやく大泣きした。

 今までの人生で最も辛かった時期だったと思う。


「ふふふ、そっかー」


「なんでちょっと嬉しそうなのさ」


「なんでもなーい」


 僕はもう、両親の死を受け止められるぐらいには成長した。はずだ。今でも悲しい過去ではあるが、後ろしか向いていなかった昔とは違い、今はしっかり前を向けていると思う。

 ジンジャーエールをコップに注ぎ、席へ持ち帰る。かずねえは透明なソーダだった。






 少し待つと注文したメニューが来た。やって来た海鮮丼に醤油をかけ、箸を取る。かずねえのグラタンはかなり熱そうで苦戦している様子だった。

 健康な男子高校生にはあまり充分ではない量だったので、軽く食べ切ってしまう。まあ昼食だし腹八分でいいかな、と思い箸を置いた。

 かずねえはまだ戦闘中だった。


「かずねえ、無理して急いで食べなくてもいいよ? 僕ちょっとここでテスト勉強してるから」


「あ、そう? わかった」


 垂れてくる髪を左手でかきあげ、その髪を耳にかけながら右手で湯気が踊るグラタンに息を吹きかけている。少し前まで思っていなかったがこういう仕草をするかずねえにドキッとしてしまう自分がいた。僕には花さんが居るというのにこれでは駄目だ、と煩悩を必死で振りはらい、出した数Ⅱのプリントに向き合った。


「......あ、そこ違ってるよ。60°=π/3だよ。弧度法しっかり覚えときなよー?」


「......あっ、ほんとだ。さんきゅかずねえ」


「どういたしましてー......あ、そうだ、私で良ければ数学、教えるよ? さっちゃん数学苦手だったよね?」


「あー、うん、苦手。数Bは今日終わっちゃったんだけど、数Ⅱはまだだから......お願いできますか」


「ふふ、いいよ。この一音お姉ちゃんにまっかせなさーい!」


 どん、と平均よりかなり大きいであろうその胸を張り、得意げに言った。


「明日、私の部屋でいい? あ、『ぶっくまあく』の方が良いかな?」


「明日は叔父さん、用事あるらしいから、お店開けられないって言ってたかな」


「そっかー、じゃあ私の部屋だね、明日までに分からないところ自分で分析しといてよー?」


「わかった。ありがとかずねえ」


 と、なぜそこで僕の恋人である『彼女』に頼らなかったのかと少し後悔する。まあかずねえだからいいか、という結論にまた達したところで、かずねえがグラタンを食べ終えた。


「ふー、ごちそうさまぁー。おいしかったー」


「結構長かったね。そんなに熱かった?」


「うん、結構苦戦した」


「かずねえってもしかして猫舌?」


 かなり長くかずねえとつるんできたし、一緒にご飯だって何度か食べてきたが、かずねえが猫舌ということは今日初めて知った。


「うーん、割と熱いの苦手かも。」


「へぇ、そうなんだ......猫舌の人って舌の使い方下手らしいけど」


「え!? そうなの!?」


 かずねえと生産性の無い雑談を繰り広げる。特に中身の無い会話がだらだらと続く。しかしそのかずねえとの言葉の応酬が、僕には心地よかった。


「さーて、私、今日バイトあるから」


 話の区切りがついたころ、かずねえがそう言いながら帰り支度をし始めた。


「あ、そうなんだ? じゃあ帰ろうか」


 僕も勉強道具を片付け、身支度を整える。


「あ、やっぱり最後にもう一杯だけ」


 そう言ってかずねえが飲んだ二杯目は、僕と同じジンジャーエールだった。

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