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カツとお酒の、味しかしない。  作者: ぎんはなあんず
カツとお酒の、味しかしない。前編
3/14

2

 深夜のコンビニの明るさは、不思議な罪悪感があるように思う。しかしそれは後味の悪いものではなく、むしろ新鮮で甘美なものに感じてしまうのは、自分がまだ十七歳という青春真っ只中だからだろうか。それとも深夜徘徊という立派な罪に対する意識が回数を重ねることにより麻痺しかけているからなのか。

 歩く新築住宅街の路地からは、真新しいコンクリートの匂いと、夜の音がした。どちらにせよ、自身の心がいつもより浮かれ、心弾んでいるのは確かだ。

 店内に入ると日中ではあまりお目にかかることができない青いコンテナやキャリーが乱雑に陳列棚の間に置かれていた。障害物以外何者でもないのに、普段見ない光景だからかこういうところにもつい胸を高鳴らせてしまう。当たらないよう慎重に移動して、僕は奥の飲料水が陳列されているウォークイン冷蔵庫の前まで移動した。

 店内の客は僕一人だった。深夜なので当たり前といえば当たり前なのだが。

 僕は冷蔵庫を開け、『未成年の飲酒は禁止されています』の注意書きを無視し、迷わずカシスオレンジの缶を一つ手に取った。そしてその足で菓子類の陳列棚へ向かった。

 菓子類が陳列されている棚へ向かうとそこには、一人の女性が作業していた。姿を認めると早速僕は声をかけた。


「ういーっす、かずねえ」


「うぇ!?」


 僕の方を向きながら勢いよく振り向く彼女。かなりのオーバーリアクションだ。


「......あ、さっちゃんじゃん。こんばんはぁ! って、またお酒ー?」


 深夜にも関わらずハイテンションで接客をしてくれる。


「いいじゃん、たまには。あとさっちゃんって言うのやめてよ」


「全然たまにはじゃないよ......お酒買うのやめたらいいよーっだ」


「じゃあさっちゃん呼びの方は諦めるよ」


「潔すぎ!?」


 この真夜中でも高めのテンションの彼女――かずねえとは幼い頃からの付き合いで、俗に言う幼馴染み、というやつだ。年は僕より一歳年上の十八歳。昔はよく二人で遊んでいたのをよく覚えている。僕は昔から愛称として『かずねえ』と呼んでいる。僕もかずねえも一人っ子だったので、よく姉弟ごっこをし、世話を焼かれていた。さすがに今では恥ずかしい思い出なのだが。

 かずねえの綺麗な曲線を描く黒い前髪から覗く、凛とした瞳が僕を見据える。


「お酒ばっか飲んでたら体壊すんだよー? ただでさえ未成年なのに」


「......ほら、なんかこう、『ああ、無性に炭酸飲みたい! 今すぐ!』みたいなことあるじゃない? あれと一緒だよ」


「いや、よくわかんないし」


 白い目で見られてしまった。


「いや、まあ......あの......お会計、お願いします」


 冗談に真剣に返されるとこう、悲しいものがある。


「はぁ......わかったよ、程々にね」


 大げさに嘆息すると、ようやくかずねえは作業の手をやめてレジへ向かった。

 僕は手早く陳列されている菓子を一つ手に取り、かずねえに続いた。






 レジを打ちながらかずねえが言った。


「ねえ......最近彼女さんとはどう?」


 唐突な話題振りに一瞬戸惑う。僕は出来るだけ平静を装って返事をした。


「どうって......そこそこかな」


 かずねえの言う『彼女さん』というのはもちろん、僕の恋人である『彼女』のことだろう。


「そこそこってなによ......あ、もしかしてうまくいってないんだ?」


 にやにやと意地の悪い笑みをこちらに寄せてくる。端麗な顔立ちもこれでは形無しだ。どこか嬉しそうにこちらの話を聞いてくる。


「うまくいってるよ......いってると思う......たぶん」


「ふーん?」


 年頃の女子というのはやはりこの手の話題に敏感なのだろうか。先ほどより生き生きとしながらかずねえは僕の顔を覗き込んでくる。

 僕はそんなかずねえに一矢報いようと反撃する。


「その粘っこい笑みやめてよ、不細工になってるよ」


「不細工言わないでよ! 傷つく!」


 本当は不細工になんかこれっぽっちもなっていなかった。むしろこの笑みの方が妖艶さ、というからしさ・・・が出ていて素敵だとさえ思ったほどだ。


「いくら?」


 話題をそらすことに成功したので、さっさと会計を終わらせようとする。


「ああ、六百三十円になりまーす」


 千円札を手渡し、お釣りを受け取る。


「だいたいさ、未成年で深夜アルバイトしてるかずねえに言われたくないよね、お酒」


「うっ、それを言われるとー......」


 かずねえは左下に視線を外したまま言う。


「私はさっちゃんの事心配して言ってるんだよー? 若いうちから体壊しちゃったら辛いよ?」


「さっちゃんって言わないでって。大丈夫だよ、体壊すほど飲まないし」


「いや、元から飲むなって言いたいんだけど......」


 かずねえとこんなやりとりをするのが、僕は昔から好きだった。軽口を叩き合う、というのだろうか。美人で活発な年上のお姉さんというのはやはり、それだけで男にとってはポイントが高いものだ。

 そんなかずねえと親しく会話ができることに、僕は少なからず優越感というようなものを感じていた。あまり認めたくはないことだが。

 もう少し雑談をしていたいところだが、やるべき事があるので、帰ろうと声をかける。


「じゃあ、かずねえ、そろそろ帰るよ」


「あ、そう? 人居ないしゆっくりしてけばいいのに」


「そうもいかないよ、かずねえは平気かもしれないけど僕は大変なんだから」


「ああー、もしかしてテスト勉強? しっかり授業聞いて、家帰って復習さえすればそんな大変なことでもないのに。さっちゃん、見た目は真面目そうなのにねぇ」


 そう、明後日には中間テストが控えている。今はそれに向けて最後の追い込みをかけているところだった。少なくともこんなところで油を売ったりアルバイトをしたりしている場合ではないだろう。


「ほっといてよ......それじゃ、帰るよ」


「うん、テスト勉強頑張ってね~」


 ひらひらと手を振るかずねえ。


「かずねえこそ、お疲れさま」


「はーい、ありがとうございましたー」






 コンビニを出て携帯を出し、日付を確認する。

 十月十一日土曜日午前二時十三分。かずねえと話していたからか思ったより時間がかかってしまった。


「あ、最後かずねえにさっちゃん呼び訂正してもらうの忘れてた」


 かずねえは昔から僕のことを『さっちゃん』というあだ名で呼ぶ。本名である『大島おおしま 幸司こうじ』という名前の『幸』の字から『さっちゃん』だそうだ。

 ちなみに僕はこの自分の名前を気に入ってない。なんだか古い童話に出てくる人物の名前みたいだし、最近気づいたことだが『おおしまこうじ』並べ替えると『こうじまおおし』、『好事魔多こうじまおおし』というあまり良い意味でないことわざになるからだ。

 さらに、そのことわざがかなり当たってしまうからさらに自分の名前が嫌いになってしまう。

 せめて『大島』の読みが『おおじま』ならばよかったのに。

 かずねえが呼ぶ『さっちゃん』もなんだか幸多そうなあだ名で、幸が薄そうな、事実薄い僕には似合わないと感じている。


「ほんと、運の悪さはどうにかならないかなぁ......」


 このあだ名もなんだか嫌味を言われているようで気に入らないのだが、かずねえはいつも楽しそうに僕のあだ名を呼ぶので、なかなか訂正の方向に話を持ち込めないままであった。

 余計なことを考えている暇があったら足動かして早く勉強机に戻れ、と自分に言い聞かせ、用水路沿いの夜道を早足で歩き始めた。

 ざあぁ、という水の流れが真横から聞こえる。まだ十月半ばだというのにかなり冷え込む夜だった。

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