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カツとお酒の、味しかしない。  作者: ぎんはなあんず
カツとお酒の、味しかしない。前編
13/14

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 喫茶店『Heart Break』はうちの『ぶっくまあく』とは対照的な雰囲気が感じられる喫茶店だ。『ぶっくまあく』は全体的に照明の数が少なく、また店内もそれほど広くない、イメージとしては薄暗い隠れ家のような店だが、『Heart Break』の店内は広く、明るいオレンジ色の照明が店内に清潔感と真新しさをもたらしている。つい最近できた店らしく、店員の数もそれほど多くないように見える。

 ちなみに僕がこの店に来るのは今日が初めてだ。


「いらっしゃいませ......ああ、柳腰やなぎごしさん」


 僕と花さんが店内へ入ると、それほど背が高い方ではない僕の肩下ぐらいまでしかない身長の女の子が来店を迎えてくれた。

 柳腰さん、と花さんを苗字で呼ぶ店員らしきその女の子はどう見ても年下だろう。もしかすると中学生で、家業の手伝いをしているのかもしれない。僕も幼い頃から『ぶっくまあく』の手伝いをしてきたので、自然と親近感が湧いてきた。

 花さんはその女の子に挨拶を返す。


「こんにちは。思えば久しぶりになりますね......小春子こはるこ先輩」


 ......先輩?


「そうですね、最後に会ったのは確か......夏休みでしたか」


 辺りを見回す。それほど忙しい時間ではないのか、店の半面がガラス張りでできた広い店内には客がほとんど入っていない。客は僕と、花さんと、その小さな女の子と、カウンター席で座る僕たちとほぼ同年齢ぐらいの男だけのようだ。もちろん店の入り口で立ち話をしている人間は僕と花さんと小さな女の子の三人だけ。

 ......はて、『先輩』と呼ばれた人間はどこに居るのだろう。


「その節は大変お世話になりました......幸司くん?」


 半ば思考停止気味だった僕は花さんの声で我に返る。慌てて返事。


「あ、ああごめん花さん。ちょっとびっくりしてた」


 何に驚いていたかというと、もちろんその小さな女の子についてだ。

 僕の視線を感じ取ったその女の子は、僕に向き直って自己紹介を始めた。


「初めまして。淹沢いれさわです。あなたが大島くんですね。話は少し、柳腰さんから聞いてますよ」


 小さな女の子――淹沢......先輩? はぺこりと頭を下げ、僕を見た。身長差で図らずも僕は先輩を見下ろす形になる。

 ほぼ条件反射で返答。


「は、初めましてです。大島です。淹沢......先輩」


 僕の曖昧な先輩呼びに反応したのか、淹沢先輩は軽く微笑む。


「......到底先輩には見えない身長ですが、これでも一応同じ高校の三年ですよ? まあ、無理もないですけどね」


 身長こそ小さいが、一つ年上にしては妙に大人びている印象が彼女にはあった。そう、花さんと同類の品のある雰囲気、そういうものが感じられる人だった。

 どうやら同じ高校の生徒らしい。


「大島くんは柳腰さんの知り合い......」


 と言いかけた淹沢先輩は途中で言葉を切って、「......それ以上みたいですね?」と付け足した。そして僕と花さんを見て微笑む。

 何を見ているんだろうと思い、視線をわずかに下げたところで気が付いた。

 花さんと手を繋ぎっぱなしだった。

 僕は慌てて花さんの手を離す。


「は、花さん、立ち話もなんだし、どっか座ろうか」


「え? ええ、いいけど。それじゃ、こっち来て」


 花さんは一瞬驚いたような顔をしたがすぐに元の笑顔に戻り、店内の一番奥のテーブル席へ向かって歩き出した。

 淹沢先輩の「ごゆっくり」という声に一礼し、僕は花さんの向かった席へ急いだ。






「さっきの先輩は......」


 僕は席に座るや否や、花さんと淹沢先輩の関係性を聞いた。特に隠すような事も無いのかすんなりと答えてくれる。


「今年の夏休みに知り合ったの。......近くに図書館があるでしょう? 夏休みにそこで勉強を教えてもらった事があって」


 なるほど、勉強仲間か。確か花さんは将来エンジニアになりたいという話をした覚えがある。何のエンジニアになるかまでは覚えていないが、今から十分な勉強が必要なのは明白だろう。

 花さんはかなりの勉強家だ。夏休みはほとんど毎日学校近くの県立図書館で勉強をしていたと聞く。そこで何かしら人との出会いがあっても社交的な花さんなら何ら不思議ではない。


「なるほどね、でも最初は全然先輩に見えなかったよ。話してたら先輩だってすぐに分かったけど、見た目だけじゃ......」


 と言いながら僕は淹沢先輩が居るであろうカウンターの奥を一瞥した。カウンター席では先程見えた同年齢ぐらいの男がなにやら紙にペンを走らせている。時々カウンターの奥に話しかけている様子も確認できた。恐らく話し相手は淹沢先輩だろう。

 カウンターの方を見ていると淹沢先輩がメニューとお冷を持ってこちらへ向かおうとしているのが分かった。すぐに視線を花さんへ戻す。


「そうね、私も最初は年下かと思ったわ。でも分かった......というか、感じたでしょう? 年上っぽい立ち振る舞い」


 花さんの言う通りだ。話し方や立ち振る舞い、自然に見せる微笑は年上そのものだ。いや、年が上どころか年代が上なんじゃないかという気さえするほど落ち着いた立ち振る舞いだった。

 しかしそれは花さんも同じ。


「花さんも負けてないと思うけどね、年上っぽさなら」


「......ふうん、そう?」


 まんざらではなさそうな反応。それを見た僕も少し満足感を得た。

 程なくして淹沢先輩が店内の一番奥の僕たちが座る席へ到着する。


「こちらメニューになります。ご注文がお決まりでしたらお呼びください」


 そうマニュアル通りっぽく話してから淹沢先輩は......カウンターの方へ去らずにここへ留まった。

 何か言いたいことでもあるのだろうか。淹沢先輩の目線は僕に注がれていた。

 視線に耐えかね、僕は淹沢先輩へ尋ねる。


「あの......どうかしましたか?」


「ああ、......いえ、なんでもないです。失礼しました」


 なんだろう。顔に何か付いていたのだろうか。思わず顔を手で触る。しかしというかやはりというか、顔に何か付いているわけではなかった。

 淹沢先輩はすぐに踵を返してカウンターの方へ戻っていった。


「......なんだったんだろう」


 そんな呟き混じりの問いは、花さんが拾ってくれた。


「多分、先輩は私が恋人を連れてきたのが意外で驚いていたのよ」


 そう言った花さんはふわりと微笑んだ。僕は不思議とそんな理由で満足してしまう。


「ああ、そういうこと......」


 そう言いながら僕は照れ隠しに出されたお冷を一口喉奥へ滑らせた。


「......うわ、おいしい」


 不思議な事に、この店のお冷はとてもおいしく感じられた。良い水をお冷に使っているのか、花さんとの久しぶりのデートで舞い上がってしまっているのかは分からないが、つい声に出してしまうほどこのお冷はおいしく感じられた。

 それを見ていた花さんが一瞬驚いた顔をしたように見えたが、しっかり花さんの顔を見るといつもの笑顔だったので、恐らくそれは気のせいだったのだろう。すぐに忘れる事にした。どうやら自分で思っている以上に僕は浮かれているのかもしれない。


「そうでしょう? このお店はなんでもおいしいから好きなの」


 そう言った花さんはどこか寂しそうな笑顔をしていたように感じた。

 しばらく経つといつも家で嗅いでいるのと同じようなコーヒーの良い香りに気付く。

 僕と花さんは思い出したかのようにメニューを一緒に見て、淹沢先輩を呼び、注文を言った。僕はホットコーヒー、花さんはエスプレッソだ。


「そういえばさ、この前のテスト、かずねえに勉強見てもらったんだけどさ......」


「かずねえって......一音(かずね)さん? それがどうかしたの......」


「この辺のお店も新しいの増えてきたよね......」


「そういえば今日の日本史の授業で......」


 それから僕と花さんは注文を待つ短い間、他愛ない雑談を終始繰り広げた。内容を持たない非生産的な駄弁であったが、それでも僕は花さんと久しぶりに楽しいひと時を噛み締める事ができたので十分に満足できた。

 しかし、話している間ずっとしていた、いつもよりほんの少し悲しそうな花さんの笑顔の理由を知る事は、注文したコーヒーが届いてしばらくするまでできなかった。

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