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不思議な夢を見ていた。
いつか見たことにある夢だった。
両親と外出中に交通事故に遭い、僕だけが助かった。
泣くこともままならずに叔父さんの家へ連れてこられ、そこでようやく僕は泣く。どうしてこんな目に遭うんだ、どうして僕だけ生きてるんだ、と。
神様に会う。全く神様っぽくない神様だった。
彼は僕に『力』を与えてくれる。僕はその『力』を使って、過去を変えようとする。けれど失敗してしまう。また大泣きしてしまう。
しかし、それは夢だった。いや、夢だと思っていた。
今、気づいた。
今、思い出した。
あれは夢なんかじゃなかったんだ。理由はわからないがそう確信した。
目が醒める。まだ朝の五時だった。
とにかく、一度やってみる。あの日、両親が死んだ五年前のあの日へ飛ぼうと試みる。
しかし、いややはりというべきか、その日には飛べなかった。
そのときようやく、僕の中で真実が芽吹いた。
「......そういう、ことか......」
前に神様に会った時、「覚えてないの?」だとかそんなことを言われた記憶がある。恐らくこの事だったんだろう。しかし、それが分かったところでなんだというのだろうか。僕にはもうどうすることもできない。その事実は変わらない。
思うことは、少し悲しいだとか、嫌なことを思い出した、その程度のことだった。
学校まで時間があるわけではなかったが、二度寝をすることにした。寝過ごしてもかずねえが起こしてくれるだろう。
もう一度、深く深く瞼を閉じた。
朝の七時半、予想通りかずねえが起こしてくれた。昨日までのかずねえの違和感はすっかり消えていた。僕もあまり気にせず、学校へ行くことにする。
ただ、かずねえの目が少し赤くなっているように見えたのが、気になった。
もうすっかり、冬の匂いがする。
「幸司くん、お待たせ」
放課後、校門で花さんと待ち合わせる。今日は久しぶりに花さんとお出かけすることになっていた。俗っぽい言い方をすると放課後デート、か。
花さんが学校から出てくるまで僕はずっとそわそわしていた。忙しく携帯の時計と校舎を交互に見ながらまだかまだかと一人焦っていた。
その事を花さんには伝わらないよう、僕は何事も無かったかのように振る舞う。
「ん、生徒会、大丈夫だった? よく抜けてこれたね......生徒会の人に無理とか言ってない?」
花さんは生徒会に加入しており、書記長を務めている。今日は生徒会の集まりがあったようだが、うまく抜けてきたようだ。
花さんの長い髪が寒風で揺れる。一瞬体温が下がったような気がしたが、すぐにまた、暖かな気持ちになる。花さんがすぐ、笑顔になったからだ。
彼女は普段、あまり笑わない。冷ややかな性格というわけではないだろう。現に僕と一緒のときはよく笑っている。
「別にそこまで大変だったわけじゃないよ? 私が「ちょっと用事が~」って言えば許してくれるもの」
ううむ、我が彼女ながら実にあざとい。
「な、なんていうか、さすがだね......」
「ふふ、これぐらい簡単よ? ......それにね、幸司くん。私って結構自己中心的なのよ?」
目を細めて口に手を当てながら花さんは僕を見る。その一連の流れにはひとつひとつ品があり、ひとつひとつ僕の心を揺さぶってくる。
「初耳だよ。全然そんな風に見えないけど?」
僕がそう言うと、花さんは突然妙にかしこまり、話し始めた。
「......ほんとの事言うけど、怒らないでね。私、さっき階段下りてる途中、窓から幸司くんが見えたわ。幸司くん、私が来るかどうか心配で心配で仕方なかったでしょう? 様子を見たらすぐに分かったわ。そわそわしてちっとも落ち着かなくて、ずっと携帯の時計と校舎の方を交互に見てたでしょう」
僕は校舎の、生徒会室がある二号館の階段を見た。......本当だ、あの階段からここは丸見えだったのか。羞恥心で顔が熱くなる。それに気づいた花さんがまた笑いながら僕の手を取った。
「......私ね、幸司くんがずっとそわそわしてるの見てたら、その、何て言うか、嬉しくなっちゃって。幸司くんが私のことを心配してくれたり、悲しんでくれたりすればするほど、私は嬉しいの。直接口で思いを伝えてくれるより、ずっと好き」
僕の手を取った花さんは歩き始めた。自然と僕は引っ張られるように前へ進み始める。冬っぽくなった風を感じ、少しだけ身震いした。しかし相対的に彼女の手の温度がはっきり伝わり、寒風でも心地よかった。
「ごめんね、生徒会自体は早く抜けられてたんだけど、幸司くんの様子階段でずっと見てたら、遅くなっちゃった。......ほら、自己中」
僕は少し恥ずかしくなりながら、花さんに言った。
「......なるほど、確かに自己中だ」
「ええ、だから幸司くん、もっと私の事で悩んでね?」
ふふ、とこれもまた上品に笑う花さん釣られて僕も少し笑ってしまう。
ふと花さんが携帯の時計を見て言った。
「ほら幸司くん、もうこんな時間。急がないと『Heart Break』、閉まっちゃう」
くいくいと僕の手を引っ張ってくる。その可愛らしい動きを出来ればもう少し見ていたかった。
「急がなくてもそう早くは閉まらないよ、花さん」
苦笑いしながら僕は歩き始めた。対する花さんは、
「......もう、そういう意味じゃないのに」
とよく分からない怒り方をしていた。
花さんと僕は、デート目的のお店、喫茶店『Heart Break』まで手を繋いだまま歩いた。
家が同じ喫茶店営業をしている立場で言えば、我が叔父の喫茶店『ぶっくまあく』の方を選んでほしかったが、花さんの彼氏という立場で言えば、身内が営業している店に彼女を連れて入れるほどの度胸は持ち合わせていなかった。
周囲の目があるような気がして、落ち着かない。花さんはなんとも思っていなかったようだが。
店に着いた時、やんわりと疲れたような気がした。




