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カツとお酒の、味しかしない。  作者: ぎんはなあんず
カツとお酒の、味しかしない。前編
10/14

9

 なぜ、こんな事になってしまったのか。幼馴染みの家の洗面台で歯を磨きながら考え込む。確か事の発端はかずねえの家から帰る時だ。......あの二人組に襲われさえしなければ......いや、違う。そもそも僕が今日の学校帰りに無駄に五秒を消費してしまったのが原因か。

 いつからかは忘れたが、五秒を使うのは本当に必要な時しか使わないというルールを自分の中で決めていたはずだ。しかし、まだまだ意識が足りない。今日だって別段なんでもない事に五秒を使ってしまった。もっと考えを改めねばいけない。

 歯を磨いた後、服を脱ぎ風呂へ入る。体をシャワーで流し、髪を洗う。これがかずねえが使ってるシャンプー......なんて男の煩悩を払いながらさっさと泡を流し、体を洗い終わった後、湯船へ浸かる。石鹸とお湯の湿った匂いが室内に充満していた。

 思わず吐息が漏れる。


「はー......」


 そもそもなぜ僕がこのタイムリープに対してこうも謙虚なのか。

 その理由はあの出来損ないぬいぐるみの神様をはなから疑っていたからだ。もちろん初めはいろんな事をしてやろうと考えた。たった五秒とはいえ過去に戻れるのだ。やろうと思えばなんでもできるのではないか。

 しかし予想通り、神様はこの力に『制限』を与えていたのだ。

 まず、過去には五秒しかタイムリープできない。まず一つめの制限だ。

 次に二つ目の制限として、このタイムリープは一度戻・・・った・・にはもう・・・・二度・・れない・・・ということが最近分かった。最初は一日一回と思っていのだが、どうやらそういうことのようだ。例えば、『十月三十日に、二十日と二十八日には飛んでいけるが、二十九日に二回は飛べない』ということだ。

 そして三つ目に、この力には使用回数がある、ということが挙げられる。僕はタイムリープする時、一旦別世界へ行き、砂時計の中へ入ってから元の世界に帰ってくる。ここの砂時計がどういった意味があるのかはわからないが、僕がタイムリープしてこの砂時計に入ると、砂時計の砂が下に落ちていく。恐らくこれが全て下に落ちた時、僕のタイムリープ能力は消えるのだろう。神様の言っていた「残り回数は直感でわかるようにしておいた」というのがこれだろうと予測する。

 粗方、五秒タイムリープについてわかっていることはこんなものだろうか。

 そこまで考えた後、やはりこの力に畏怖倦厭の情を起こされる。無闇に使って良いもの、だとは思えなかった。

 使用回数がある、というのと、一度飛んだ日には飛べない、というところが重要だ。

 例えば僕がこの力を使って世界を征服できたとしよう。そんな方法一つも思いつかないのだが、仮に、だ。その時このタイムリープ能力が尽きてしまうとどうなるだろう。

 もちろん僕は滅ぶしかない。

 強大な力は自らを滅ぼすものだ。真に聡い人こそその力を操れる。そして僕はそういった類の人間ではなく、どちらかといえば凡人の部類であろう。こうやって力を使いこなせていないのだから。せいぜい日常を少し改変させる、できるのはそれぐらいだ。そんな理由で僕は、この力を使える力だと思う反面、恐怖もしているのだった。

 さっさと出ないと次にかずねえが風呂へ入れない。早く風呂から出よう。そう思い湯船から身体を起こした。






 いろんな事を風呂の中で考えていたが、やはりこの幼馴染みの家で泊まることになった原因は僕にあるのだろう。観念してかずねえの家へお邪魔させてもらった。

 ちなみに先ほど叔父さんから電話があった。叔父さんは僕が泊まる理由も聞かずに早々と「あいわかった」といい、何を察したのか部屋着と明日の制服まで準備しにここまで来やがった。......こういう勘違いが一番面倒くさい。明日どう説明しようか。

 脱衣所で体をタオルで拭き、叔父が持ってきた下着を穿いて、ズボンを手に取ったところで、がちゃ、と後ろのドアが開いた。突然の事で体が硬直し、動かない。


「あっ! ご、ごめ......」


 蚊の鳴くような声で謝ったかずねえがこちらを見ていた。そしてすぐ閉める。一瞬見ただけでもわかるぐらい顔が真っ赤になっていた。

 ......立場が逆ならまだしも、女子が男子の裸を見てああも赤面するものなのだろうか。むしろ見られた男の方が緊張すると思うのだが。海とか行ったらそこらじゅうこの格好の男ばっかりなのに。

 どうしてか最近かずねえの様子がいつもと違うような感じがする。ほとんど気のせいの範囲内だが、いつもと態度が違うような、そんな気がした。


「かずねえ、お先ー」


 風呂から上がり、リビングに居たかずねえに声をかける。


「ひゃい! ......あっ、あっ......出たのね、わかったー......」


 そそくさと風呂場へかずねえが向かった。何かいけないことでも言っただろうか?


「うふふふふ」


 キッチンで洗い物をしているかずねえのお母さんがこっちを見ながら不気味に微笑んでいた。意味がわからない。


「......お母さん」


 精一杯訝しんだ目をかずねえのお母さんに向ける。


「まあっ! またその名前で呼んでくれるのね!」


 ......しまった。つい昔の呼び方で。

 出鼻をくじかれ、うろたえてしまう。


「あっ、いや......その......」


「いーのよ、遠慮しなくて! 私もその方で呼ばれる方が好きだもの!」


 ま、まあいいか......少し気恥ずかしいが昔から僕の血の繋がっていない母親のような人でもあったし、気にしなくてもいいだろう。むしろ両親のいない僕には彼女はお母さんも同然だ。

 かずねえのお母さんは一度離婚しており、女手一人でかずねえを育ててきた。もう再婚するつもりはないらしく、本人もあまり気にしていないようだった。詳しくは知らないのだが今に至るまでに大変な苦労があったのだろうと心から思う。

 たった十数年しか生きていない僕には語ることはできないものだろう。


「それで......お母さん、かずねえは一体......どうしたの?」


「かずちゃん? あー......それはねぇ......秘密よ」


「な、なんで」


「最初から舗装された道はないのよ~」


 何かの歌の歌詞だろうか。リズムに乗ってお母さんは言うが、全く意味がわからない。


「はぁ、教えてくれないの?」


「こういうのは教えちゃダメなことなの。自分たちで見つけていくものなのよ? うふふ」


 ......やっぱり意味がわからなかった。






 「じゃ、さっちゃん......消すよー」


 まあ、粗方予想はしていたのだが、やっぱりかずねえの部屋で一緒に寝る羽目になってしまった。

 落ち着かない。寝られる気がしない。

 もっと幼い頃はすんなり寝られていたはずだし、さらに言うとかずねえと同じ布団で寝ていたはずだ。今になっては恥ずかし過ぎて、まるで体が寝る方法を忘れたようだった。目を瞑ってじっとしていても気づいたら目が開いているし、そもそも心臓が落ち着いてくれない。

 かずねえは部屋にベッドがあるにもかかわらず僕と同じように布団を下ろして床で寝ている。かずねえ曰く「さっちゃんが床で寝てるのに私だけベッドでなんか寝られない」だそうだ。別にそこまでしなくてもよかったのだが。

 寝る条件まで一緒だとかえって落ち着かない。

 もしかして落ち着いていないのは僕だけなのだろうか。かずねえはもう寝ているかも知れない。闇に慣れた目を凝らして壁がけ時計を見る。午後十一時五十六分。布団に入ったのが十一時過ぎだったから早くも一時間が経とうとしている。

 さすがにもう、寝てしまっただろうか。

 互いに背を向けているかずねえに声をかけようと試みる。


「......さっちゃん、寝た......?」


 が、先制攻撃を食らい、僕は静かに驚いた。

 まさかかずねえから先に声をかけられるとは思わなかった。


「......起きてる」


 かずねえも起きていたのか。なぜか少し安心した。

 かずねえが言う。


「......寝られないないんだよね」


「......僕も」


「あ、さっちゃんも......? 私も......」


 かずねえもこの状況に緊張しているのだろうか。無理に部屋でなくてもよかったし、かずねえだってベットで寝てもよかったのに。


「......寝られるまで話しててもいい?」


  少し甘えたようななかずねえの声にどきっ、としてしまう。


「......いいけど」


 恥ずかしさでちょっとぶっきらぼうな言い方になってしまったかも知れない。


「......かずねえ、今日はありがとうね、勉強教えてくれて」


 どきどきしながら当たり障りない話題を探す。


「......ううん、気にしなくていいって。久しぶりにさっちゃんがうちに来てくれて、嬉しかったし」


 それはよかった。しかし......。


「僕なんかが来て嬉しかったの......?」


 あっ、という声が後ろから聞こえた気がする。気のせいだったかも知れないが。


「............嬉しかったよ? 大事な大事な弟くんが久しぶりにうちへ来たんだもん」


 なるほど、そういう事か。


「ふうん、そういうもんかな」


「そういうもんだよ」


 かずねえと話していたらいつの間にか気分は落ち着いており、だんだん眠くなってきた。自然と会話が途切れたので、このまま目を閉じてしまう。

 意識が途切れる直前、背中に温かいものを感じた気がしたが、恐らく気のせいだろう。

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