【ゴブリン】
第三階層。
この階層も同じく洞窟で、ちょっと違うのは空気が臭いことだろう。
臭いといっても埃等ではなく、こう生物の匂いというか、生臭いような臭いだ。
間違ってもいい匂いではない。
この身体は鼻もいいことに今気が付き、今度から鼻に意識をして魔物を探ってみるのもいいかもしれん。
とりあえず第三階層へ足を踏み入れると同時に前方の通路から何やら走る音と人間の声のようなものが聞こえ出した。
俺は誰かいるのかと少し喜び、この身体だが……と不安に思いながらその声の主が来るのを待ち望んだ。
『ギャギャグギャ』
だが、出てきたのは僕と同じぐらいの身長で、深緑色の肌と手に無骨な棍棒を持った人間のように二足歩行はしているが、腰の曲がったお爺ちゃんのような魔物、恐らく【ゴブリン】だった。
【ゴブリン】は僕のことを見つけると大声を上げながら棍棒を振り回し始め、こっちくんじゃねえ! と言っているようだった。
俺はすぐに剣を構え、【ゴブリン】と一騎打ちするように構えたが、やはり人間に近いので少し気が引けてしまう。
だが、相手は魔物だ。
先ほどから同じことしか喋っていないことから人間ではない。
臭いの現況もこいつのようで俺の鼻を攻撃してやがる。
【ゴブリン】は上半身に何も着ていないが腰には腰みののような物を付けている。
それなりに知恵でもあるのか、生まれた時から持っているのだろうか?
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
こいつは魔物だ!
と、己に言い聞かせ、剣を握る力を上げるとまずは小手調べと石ころを投げつけてみた。
すると【ゴブリン】は石ころを見極めて躱し、お返しにこちらへ走り寄り棍棒を振り上げ叩き落として来た。
俺はそれを見極めるとギリギリで躱し、地面を思いっきり叩くことになった【ゴブリン】の腕に右手で構えた剣を振り下ろした。
『グギャ!』
短い悲鳴を上げる【ゴブリン】は血を撒き散らしながら腕を押さえ、僕にその赤い血のような双眸を向けて貫いてきた。
その目には怒りが見え、僕は飲み込まれないように眉間を見やる。
そして、【ゴブリン】が立ち上がり、逃げようとしたので一気に近づき背中を右上から切り付け、バッサリと切り捨てた。
【ゴブリン】は這いずろうとしてそこでぱたりと動かなくなり、黒い霧となって消えていった。
残されたのは汚い布と少し大きな紫色の石だった。
どうやら【スライム】と【キャタピラー】よりも強いようだ。
そして、強い魔物は大きな紫色の石を落とす。
俺は汚い布を剣で隅に追いやると棍棒が落ちていないか調べたが一緒に消えてしまったようだ。
もしかしたら松明のような物にできるかも、と思ったのだが……残念だ。
「それにしても魔物と分かっていても少しきついな。だけど、この世界が俺の想像通りの世界なら外は人の命が軽いだろう。よく聞くやつだな」
俺は眉を顰めてやってらんねぇと笑うと近場の石に腰を下ろし、第二階層で行ったように【ゴブリン】に対しての作戦を練ることにした。
一対一なら間違いなく俺が勝つ。
あの動きは早く力強いが、狙っていないので単調で躱しやすく攻撃しやすい。
それに切った感触ではそれほど硬いようではなかった。
あの二体よりはもちろん骨があるので硬いが、それでも俺ほどの硬さではない。
普通の人間ぐらいだと思う。
なら、一対一の時は常に正面を捉え、棍棒に注意をしていれば難なく倒せるだろう。
だが、複数となると話は変わってくる。
一体でもしっかり見ていないといけない相手なのにそれが二体となると、背後に回り込まれる可能性が出てくるわけだ。
そこまでの知能はないように感じるが、一体を相手にしている間に俺自身が背後を向ける可能性もある。
だから複数を相手にする時は常に視界に入れておこう。
後は一対一にできるだけ持っていくことだな。
俺はそう考えると剣の状態を確認し、通路を進んでいく。
通路には【ゴブリン】が単体で徘徊しており、まずは忍び足で近づいてみたが臭いに敏感なのかばれてしまった。
言いたいことはまずは自分の臭いに気付け……。
気づかれたのは仕方がないので先ほどと同じように振り回す棍棒を避け、そこを狙って剣で切り裂く。
今度は首を切られ、頭から血を流しながら前のめりに倒れていった。
首はちょうど俺の目の前にあるので斬りやすく、少し硬いが俺の力があれば何事もなく切ることが出来るようだ。
やはり急所を切る練習もしよう。
だが、ゲームとかだと描写がないからわからないが、実際に見ると半端ないな……。
倒れる前に横へ避け、【ゴブリン】が地面へ倒れる前に黒い霧となって消えた。
今度出てきたのは汚い布ではなく親指ぐらいの牙だった。
「なんだ、これは?」
俺はカードを取り出し落とされたアイテムを調べる。
アイテムの名は【ゴブリンの牙】。
そのままの名前で、【ゴブリン】に生えている牙らしい。
この牙は加工され、装飾品になるそうだ。
それ以外にはよくわからない。
だが、あんな奴が落とした物を身に付けたいとは思わないんだが……。
しかも牙って……汚くね?
せめて角にしようや、角無かったけどさ。
俺は気を取り直し、今度は慎重に行かず見つけた瞬間に奇襲をかけることにした。
先ほどは何に気が付いたのか知らないが、音も立てずに近づいたのにもかかわらず気付かれたからな。
慎重に進み【ゴブリン】の臭いと声がするところでいったん止まり、ゆっくりとその姿を視界に入れた。
よし、今度も一体だな。
俺は剣を握り締め、奥の方を覗き仲間がいないことを確認すると一気に駆け出す。
その足音に気が付き振り向いた【ゴブリン】は、既に目の前まで迫っていた俺に驚愕し、変な声を上げながら慌てて棍棒を振り下ろすが、それはほとんど反射的な攻撃のため躱しやすく、更に俺の攻撃の方が早く届いた。
『グギャアア!』
俺が放った横薙ぎの一閃は【ゴブリン】の胴体を真っ二つにし、血を撒き散らしながら【ゴブリン】の上半身が俺の方へ倒れてくる。
一瞬の痛みを感じたのか顰めているような顔をしている【ゴブリン】をスローで見ながら、俺はその場から一歩下がり倒れてくる【ゴブリン】を避けた。
そして上半身が地面に付くかどうかというところで黒い霧となり、紫色の石と汚い布と化した。
「ふぅー。どうにかできたな」
一体の時は俺から行った方がいいということだな。
この世界に来てからどのくらいの時間が経ったのか知らないが、俺はどうして転生何てものをしてしまったのだろうか。
転生ものに付き物の神との邂逅もなければ、生まれたての赤ちゃんプレイというわけでもない。
出自は分からず、人間かも怪しく、生まれてすぐに生きることが難しい死と隣り合わせってどういうことだ?
まあ、体は強く頑丈だし、燃費が凄まじく良く、睡眠だってほとんどいらない。
その辺りはとても感謝している。
まあ、転生させたのが神かどうかは分からないんだが……。
だが、俺をこのようなことにしたということは何かしらの理由があってのことだろう。
前世を思い出したという線はほとんど消えているからなぁ。
当初の目標にこの世界に生まれた謎というのを付け加えるか。
俺の前世は悪くもなく良くもない。
毎日同じように生きる日々はつまらないようで楽しかった。
微かな変化が怖かった俺はその変わらない日々が何よりも楽しく生きるのが楽だった。
今はこんなことになり毎日変化が訪れている。
だけど、それは今までと違い不安ではない。
憧れの世界と力があるからだろう。
前世では彼女もいなければ友達もほとんどいなかった。
上辺だけは仲が良かったが休日に遊んだ回数は数えられるぐらいだ。
特に高校に入ってからは人付き合いが悪くなり、休日はずっと家の中で過ごすようになった。
だからといって人とコミュニケーションが取れなかったわけではないが。
コミュニケーションは普通に取れる。
でも、人を信じることはできない。
いつもいつも人が言ったことを本当かどうか測りかねていた。
人と約束するのが怖く、いつも俺は約束をしなかった。
俺がする分には構わない。
だが、人として俺はいつも裏切られてきた。
遊びに行くと言われて来ない。
返すと言われて返ってこない。
やると言ってやらない。
まあ、俺はそういうのに慣れていたから悲しいだけで今は平気なんだが。
最近は人の優しさが心に刺さって泣くときがあったなぁ。
そこで初めて人に飢えていた、愛情や優しさに飢えていたのだとわかった。
だが、本来の性格なのか気付いても変わることなかった。
変わろうとしなかったからだ。
変わるのが怖かったから。
何故かわからないが周りの変化に恐れていた。
こうまで変わると逆に清々しく適応するしかなかったが。
徐々に変わっていたら恐怖で押し潰されていただろう。
神に会い、勇者として召喚される重圧にも耐えられない。
子供の真似をするのはいいだろうが親を騙すのは気が引けて無理だっただろう。
俺は精神的に弱い方だからな。
まあ、今は結構充実した日々……時間を過ごせている。
俺は研究や実験などが好きだ。
未知の力と遭遇すればどこまで出来るのか試したくなって仕方がない。
それが魔法と気だ。
この世界に来てから心に開いていた穴が埋まった気がする。
危機感のない平和な世界が嫌なわけではない。
ただ、何かが足りなかった。
でも、今は全てが満ち満ちている。
死と隣り合わせだが、そんなもんどうでもいい。
死ぬ瞬間まで足掻き、その前に強くなり、無理な時は潔く諦める。
それがいつもの俺だ。
俺は第三階層の中で宝箱を三つ見つけた。
一つはポーション。
ポーションは体力を三〇回復させるらしい。
このことからこの世界の平均的な体力が三〇ほどだとわかる。
何故かと言うとそれ一本で致命傷から復活できるからだ。
まあ、それを飲んだからといって全回復は無理だろうが……。
そこまでゲームのような世界ではあるまい。
半ゲーム……表面上がゲームであり、裏側である肉体の疲れなどは自然で治るのだろう。
二つ目は靴だった。
茶色の靴で何やら柔らかい素材で出来ている。
靴底は金属で、少しだけ棘が付いているので滑り止めも兼ねているようだ。
名前は【皮の靴】。
そのままの名前のようだ。
まあ、履き心地は良く、なぜか俺が足を入れると俺の足にフィットした。
縮んだのだ。
これも魔法の一種なのだろう。
靴下が欲しい……。
最後は軽く丈夫な黒い金属に赤い線の入った白い羽が三つ付いたサークレットだ。
頭の部分には何かを嵌める者が付いているが宝箱の中には何もなかったから付属品なのだろう。
一応このサークレットは守護装備らしく、これ単体でも俺の守備力を五上げてくれるそうだ。
これも、あら不思議! 装着すると使用者にフィットするんです!
今のところ頭だけはいい感じになっている。
因みに黒いからといって呪いの装備品ではなかった。
【ゴブリン】と何度も戦い、複数戦を行った。
まず、二体の時は相手が同時に襲い掛かってこないように一体を常にもう一体に被せて戦う。
これにより一対一にもつれこませたのだ。
三体の時は少し焦ったが元々俺の方が強いので、しっかりと冷静になれば時間はかかったものの倒すことが出来た。
方法としては一気に三体が襲い掛かってくることがないことが分かり、手前の二体を攻撃すると思わせて二体の攻撃を躱し、そこを後ろから近づき突然のことにあたふたしている【ゴブリン】の身体を切り裂いた。
その後は二体の時と一緒だ。
で、少し調子に乗り注意力が散漫となり、最後の宝箱を開けると俺を中心に魔方陣のような物が広がり、そこから【ゴブリン】が五体出てきたのだ。
これに焦ってしまい、【ゴブリン】の一撃をこの身に受けてしまった。
すごく痛く、黒い痣が肩にできていた。
そういえば、今まで攻撃という攻撃を食らっていなかったんだな。
痛みというのはこういうのだったのか。
だが、これで怖気づく俺でもなければ、さらに強くなろうと決めるのだった。
肩を抑えながら立った俺にいきなり襲いかかって来た【ゴブリン】二体の内左側のやつの棍棒を縦で防ぎ、右側の棍棒を振り上げた瞬間に剣を横薙ぎに振り腕を切り飛ばした。
これはこの身体のスペックが無ければ五歳児にできないだろう。
そのまま、剣を上へ持ち上げ【ゴブリン】の身体を真っ二つにした。
内臓が飛び出て地面へ落ちる瞬間を見てしまい気持ち悪くなったが、次に盾を棍棒で抑え付けている【ゴブリン】に盾の後ろから態勢を整え、急所である心臓の位置に剣を真っ直ぐ突き立てた。
【ゴブリン】の口から紫色の血が零れ出て俺の盾を染め上げた。
俺は立ち上がるとこちらに怒りの形相と雄叫びを上げながら駆けてくる【ゴブリン】から一旦距離を取ると左手に気を送り込みゲームの技のように光球を打ち出した。
名を『気功球』にしよう。
大部屋を照らし出した『気功球』は狙いを絞った手前で棍棒を振り回していた【ゴブリン】へぶつかり、肉を飛び散らせながら吹き飛んだ。
そしてこちらに近づき棍棒を振り下してきた【ゴブリン】に剣を突きながら、怯んだ一瞬に棍棒の軌道から体をずらし、その首を跳ねた。
最後に残った【ゴブリン】は一対一なので正面からぶつかり普通に撃破した。
そして、調子に乗って怪我をしてしまったのでまずは【薬草】を使ってみることにした。
【薬草】の効果は調べた通り痛みを和らげるだけのようだ。
まあ、ポーションの原料になるみたいだから若干回復する効果があるようだ。
だが、全く治らず、ポーションを使うべかと悩んだが、此処が迷宮ならボスがいるはずだと思い至り諦めた。
だが、ポーションと【薬草】を考えた。
地魔法で歪な器を作り、【薬草】と水魔法で水を入れる。
地魔法で作った棒で磨り潰していき、火魔法で加熱する。
すると少しドロッとして来たので水魔法で氷を作り出し冷却した。
ここで魔法を使ったが使用魔力は少しで、此処で休憩もしようと思ったのでいいだろう。
そして、完全に冷えたところで肩に塗る。
すると、先ほどまでなかった回復効果が表れた。
カードで見ると【薬草の汁】と表示され、水を入れて磨り潰し、加熱したことで回復効果が出てきたとある。
作り方はあとで調べよう。
兎に角肩の黒い痣が治ったので、魔力もしっかりと回復させていよいよ次の階層があるであろう空気の変わる通路へ入っていく。
だが、その通路の先には大きな門があり、階段ではなかった。
いよいよボス戦か?




