二日目?
時間の感覚がおかしくなっている主人公の時間を信用してはいけません。
実際はもっとかかっています。
二日目後半。
俺は夕食のゼリーを一袋食べてお腹いっぱいにする。
どうやらこのゼリーは腹持ちがいいようだ。
だが、体の栄養バランスが崩れないかちょっと心配だ。
まず、夕食前に放った斬撃についてもう一度思い出してみよう。
あの時は憧れの魔法が使えないことに腹が立ち、剣を両手で持って振り下ろしたんだよな。
で、振り下ろす前、振り上げた瞬間に体の底から力が湧き起こり、振り下ろすと同時に衝撃波のような鋭い斬撃が飛び、此処の硬い石の壁に傷をつけたんだ。
その後は何度も試したが、一向にあの力を引き出すことも、ましてや感じることさえも出来なかった、と。
では、なぜ始めの時は使えた?
まず、感情が昂っていたこと。
次に心の底、体の底から力を入れていたこと。
最後に無心だったことか。
感情の高まりとは恐らく何でもいいのだろう。
戦闘中に苛立ちとかふざけるな! といいたい。
そこから力を入れるのはいたって簡単だろう。
単に全力ですればいいだけだ。
まあ、それが難しいかもしれんが……。
無心というよりは一つに集中するということだな。
これは所謂何事も集中しなければできない、ということと同じ意味なのだろう。
この三つからあの力は集中力を大前提とし、体の底から力を籠め、それに適した昂りを持っていなければならない。
まあ、まだ違うだろうが、概ねこの通りに実行してみよう。
謎の力……仮定、魔力とする!
まずはあれを魔力と仮定するのならどこから湧き上がってきたのか思い出せ……。
確か、あれは体の底から……いや、全身というより内部から湧き出た感じだ。
あれはへそ辺り……それも丹田と呼ばれる気を蓄える辺りの所からだ。
では、魔力ではない?
俺は一〇分もしない内に仮定を気へと変更し、よく聞く座禅を組んで体の中に意識を割いてみた。
…………。
時間の感覚がなくなっているのであれだが、なんだか前世では感じなかったものを体の底から感じる。
やはり丹田の場所に何か暖かく、活力を持っている気のようなものがある。
まあ、気なんて知らないのだが……。
まずはその気を動かすところから始めた。
始めは誰もがやるだろう体が一緒に動く、だ。
レースゲームでカーブを曲がろうとして無駄なのにコントローラーや体を曲げる現象、格闘ゲームで自キャラが殴られて「イタッ」という現象に近いだろう。
それに気が付いたのは一時間ほど経ってからだ。
ちょっと汗だくになって湧水を飲みに行こうとして気が付いた。
冷静さを取り戻すとまずは丹田にある気を掴むところから始めた。
座禅を一〇分ほど組み、冷静になった所で気へ少しずつ意識を割いていき、体を動かさずに体内にある不思議な力を動かす。
感覚で言うと動かない筋肉を動かす感じだ。
それから三〇分ほどするとやっと気を動かすことに成功し、風が吹いて左右に揺れる火の如く暖かな力である気を揺らすことが出来た。
俺はそこで喜ばず冷静になると次はその気を右へ移動させ、体の側面をなぞるように右手へ持っていった。
意外に難しく何度も戻ったり、消えたりしてしまったが、どうにか右手へ持っていくことが出来た。
今度はその持っていった気を正面の壁にぶつけることにした。
イメージとしてはロケットパンチだ。
漫画のなんでも吸い込む技と同じポーズを作り、穴倉の外に見える切りつけた壁に向かって発射した。
すると先ほどの苦労が嘘のように持っていった気は放たれ、轟音を鳴らし、石の壁に直径三〇センチほどの大穴を作った。
俺は再び呆然とし、自身の暖かくなっていると手と大きな煙を立ち昇らせている穴を見比べ、今度は心の底から喜んだ。
だが、表には出していない。
口元が緩むのは仕方のないことだな、うん。
俺はその後も気を右手に集め発射するということを繰り返した。
何度やっても発射するのは楽であり、使い慣れているかのように扱うことが出来る。
「どうしてだ?」
俺はそこで気に関して一時的に置き、違いを考えることにした。
まず、違いといってもほとんどない。
持っていくか発射するかの違いだろ?
何かほかに違いが……あ。
そういえば発射するときってそれほど集中してなかったな。
いや、集中はしてたが、それほど力は籠めてなかったな。
持っていった気を普通に構えて撃ち出そうと考え……考える?
要はイメージをしていたということか。
俺は立ち上がると肩幅に足を開き、丹田に意識を割きながら気の色――黄色と仮定――を黒い人体の中心にイメージし、その気の塊をゆっくりと動かす。
そう、吸い取られるかのように。
するとなぜか先ほどまで苦だった気の操作が滑らかになり、スムーズに右手まで送ることが出来た。
今度はそれを左手、右足、頭、あそこ、と持っていき、どのような効果があるのか試してみた。
普通に持っていった気は内部にあるためか殴っても自分の手が痛く、壁は少し欠けただけだったが、今度は骨を覆い、筋肉に通わせ、皮膚をコーティングするかのようにイメージすると黄色いオーラが立ち昇り始め、それで壁を殴ると先ほどまでいたかった拳は何事もなく、壁の方は爆音を立てて一メートル以上の大穴を作った。
今度は茫然とはせず「出来るじゃん、俺!」と、ちょっと調子に乗ってしまった。
次に足も試してみると先ほどよりも大きな穴を作り上げた。
どうやらこの気は威力や硬度を上げる力のようだな。
そして飛び道具ともなり、使いようによっては大いに役立つものだ。
もしかするとあの最強ヒーローの技も……。
まあ、冗談は置いておいて、これが魔力だとして考えてみよう。
「と、その前に疲れたから水を飲もう」
どうやら先ほどの気は体力を結構使うようだ。
この高スペックの身体が疲れるということは相当な負荷がかかるものなのだろうな。
穴倉まで戻り、気を右手に持っていくと今度はそこから光ボールを取り出すようにイメージしたが手から出ると上へ飛んで行ってしまい危なかった。
「ふむ、止めるようにイメージしても無理か……」
なら、魔力ではないな。
これは気と命名する!
では、魔力とは何だ?
どこにあるものなんだ?
もしかしてこの空気にでも混ざってるのか?
なら魔力という数値があるのはおかしいか……。
気は体力を使うことから生命力なのだろう。
よく聞くしな、そう言う様に。
では、魔力はなんだ?
生命力の反対と考えれば……知力とか精神力か?
生命ということは命の根源であり、肉体、体のことだ。
では精神というのは人の心であり、霊魂、魂のことだ。
と、言うことは精神力や集中力が魔力だ。
では、それはどこにある?
それは魂だ。
俺は気が丹田にあると思ったからそこにあり、実際は体全体にあるものなのだろう。
そうでなければ動かすことがもっと困難なはずだ。
なら魂にある魔力をどのようにして動かす?
それは簡単だ。
魂というのは精神力だ。
ならば、体のどこにでもあると解釈でき、この身体に流れている血こそが魔力といってもいいだろう。
肉体が気で、その中身である血が魔力だ。
そうとなれば俺は再び座禅を組み、今度は血液に集中力を割いた。
心臓から流れる血が左手から足を通り右手に来て心臓へ戻る。その後頭にも循環していく。
血液の流れを感じることと心臓の脈打つ音を感じることが出来た後、俺は次のステップを進んだ。
次は気と同じく血液を右手に集めるように集中し、その血液をポンプの要領で体外へ押し出し、最後に終始炎になることをイメージする。
イメージするは蝋燭の炎。
オレンジ色の炎の外に真っ赤な火が見える。
深呼吸をし、もう一度。
煌々と辺りを照らす蝋燭の炎は蝋燭を燃料に酸素を喰い燃え続ける。
俺は脳裏に蝋燭の炎を焼き付け、目をゆっくり開くと同時に掌の上に小さな炎が出ることをイメージした。
そして、気合の掛け声と共に魔力をポンプのように捻り出し、イメージした通りの魔法へと変える。
「ぬぬぬぅ~……フッ!」
ポンッ。
と、軽い音を立てて小さな蝋燭の炎が折れの小さくなった掌の上に点いた。
俺は先ほどの特訓から学んだ冷静さと集中力を切らさないように掌の炎へ持っていき、先ほどと同じように穴倉の外の壁へロケットパンチよろしく発射した。
今度は轟音は出なかったが、壁に小さな炎が当たりその表面を僅かに焦した。
俺は再び喜びにガッツポーズをし、男の夢、中二病患者の願望である魔法を使った瞬間だった。
少しして落ち着くと今度は掌大の炎を作り出すことにした。
さすがに穴倉を壊したり、あんな密室で炎を使うのは危険だと判断し、外に出て先ほどの気の時のように肩幅に開いて立つ。
そして、右手を壁に向かってあげると先ほどと同じく血液を集めるように集中し、ポンプのように押し出し、火の球をイメージする。
今度は魔法名を叫ぶ!
「『ファイア』」
一度でいいから言ってみたかった……。
だが、今回は見事に掌大の炎を作り出すことに成功し、それを壁に投げつけると先ほどの気の攻撃よりも激しい轟音と爆発音が轟き、天井から小振りな石が落ちてきた。
あ、あぶねぇ~……。
要練習だな。
俺はそのあといろいろな属性が思いつくので試してみたが、今一どれがどの属性なのか理解できず、試しに詠唱して属性を確かめることはできないだろうか、と考えた。
皆が皆俺のように魔法を使っていると考えられなかったからだ。
詠唱は必ずある。
詠唱が無ければ魔方陣だが、あの男性はもっておらず、無詠唱なら【スライム】ぐらい燃やせばいい。
魔力も足りないとかありえないだろ。
では、詠唱を考えて、俺の適性の属性でいいか。
「我求めるは適性の光、汝、我の手に集い、我が力を照らし出せ! 『適性』」
ちょっと恥ずかしいが、誰も聞いていないのでいいだろう。
すると俺の右手の掌の上にいくつもの光の球が生まれ、俺の属性を光の球として現した。
って、たくさんあるな、おい。
「赤は火だな。青は水、緑は風、茶は地、黒は闇だろうな。一応全部? 使えるのか? チート?」
光がないのは魔族だからだろう。
魔族だと思いたいッス。
俺は他の属性もないかと集中しながら、先ほど呟いた光の色を脇に避け、残った光を観察する。
「残ったのは透明な空間を歪める光と紫色の光か。……見た目は重力だが、空間に作用しているから時空か? こっちは完全に毒だな」
俺はもういいやと思い光りを消し去った。
その後すぐに汗もかいていないのに倦怠感のようなものを感じ、これが魔力を使った後の疲れだなと結論付けた。
それからはしっかりと特訓を行い、体内時間で数時間ほど休み休み湧き水を飲みながら訓練を行った。
その後は久々に疲れたので深い眠りに就くのだった。
二日目が終了したと思っているが、実際は既に数週間経っていた。
これは目を覚ましてから数えた数で、穴や洞窟の中にいたため早々に時間が狂い、探検に行っている間も疲れを感じないことと慎重すぎて意外に時間が経っていることに気が付いていないのだ。
更に高スペックの身体を慣れずに使っているため眠るということをせず、長時間考え訓練をしていたのだった。
ここは主人公のいる洞窟から十数キロ離れた街【ホピュス】だ。
現在この街では新たな迷宮が出来たと報告が入り、その迷宮を探しているのだった。
ここは【ホピュス】にある冒険者ギルド。
冒険者ギルドとは栄誉と財宝を求めて魔物と戦うものを冒険者と呼び、その冒険者が加入する組織のことをそう呼ぶ。
「まだ、迷宮は見つからないのか?」
体が結構大きなおっさんがそう訊いた。
隣で黙々と書類を片付けている耳の長く魔法に長けているエルフ族の女性は顔を上げずに答える。
「はい。見つかっていないようですね。近いという報告ですが、その近いというのは【ホピュス】から近いのではなく【ホピュス】が一番近いのですから当然ですね」
「はぁ、もう少しどうにかならないのかよ。早く見つけないと大反乱が起きる可能性が……」
「まだ出来たばかりなので大丈夫です」
「そ、そうか」
この男は見た目よりも小心者のようだ。
女性の方は淡々としていて冷たい印象を受ける。
二人は個の冒険者ギルドのギルドマスターと副ギルドマスターだ。
実力は恐らく今の主人公の数十……いや百倍以上は離れているだろう。
女性は書き終えた書類を机の上で整え、魔法を使って棚に持っていくのだった。
慣れていることからこれを何度もしていることなのだろう。
さすがはエルフ族だ。
「今のところ街を中心に五キロを探していますので、次は更に五キロ増やしてみましょう」
「そうだな。あと数日間見つからなければ更に五キロ増やす。報酬も見つけた者には現在の倍を、一般報酬は銀貨二〇枚に吊り上げる」
ここでお金について説明しておこう。
単位はP。一円=一Pだ。
紙幣ではなく貨幣で、青銅貨、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨があり、これらは一般的に使われるもので一を一〇倍していくことになる。
更に上には一〇〇万の白金貨、一〇〇〇万の黒金貨、一億の朱金貨がある。
この辺りは国でも持っていない者が多くなるだろう。
「では、そのように手配しておきます」
「うむ、頼んだぞ」
これは冒険者達が迷宮を見つけるのが早いか、迷宮と知らずに特訓をしている主人公が脱するのが早いかの賭けである。
チートに見えますが、まだまだ魔法は弱く魔力も少ないです。




