連携皆無の女性
ドロシーヌがパーティーに加わって初めての十一階層へ来た。
まずは一五階層を目標とし、そこまでに連携を取れるようにすることが課題となる。
ドロシーヌには三か月経てばパーティーを抜けてもらう旨を伝えてある。
最初伝えると意味が分からないといった表情をされ、こっちこそ意味が分からなかった。
一体何があって俺達に近づいてきたのやら。
大体一〇層の敵にあそこまで戦えるのならあの集団に負けることはなかったはずだ。
一〇層の敵を一撃で倒せるということは少なくとも攻撃力が六〇はあるはずだ。
そうなると防御力次第だが一五層近くまでは一人で行ける。
俺が行っていたのだから間違いない。
パーティーの交渉はごねにごねられたが三か月の間に認めさせるとか何とか言いわれ、自分勝手にパーティー内へ居座ると宣言されたようなものだ。
俺とミューは不快を感じながらも三か月間はどうせ何もできないのだと諦め、出来る限り探索を慎重に行い先へ進まないようにすることにした。
第一一階層。
ここには五層のボスだった【ワイルドドッグ】と【グリーンキャタピラー】が出てくる。
「二人とも【ワイルドドッグ】の獰猛さに気を付けることもだけど、【グリーンキャタピラー】の粘着糸に関しても気を付けないといけない」
「粘着糸。べとべと」
「大丈夫ですよ。そんなものひょいっと躱せますからね」
純白のローブを翻しながら踊るように躱す仕草をするドロシーヌに俺とミューは何とも言えない目を向け、無視して続きを話す。
「糸に掴まれば身動きが取り難くなり、そこを【ワイルドドッグ】に襲われでもしたら食われるぞ」
「わかった。糸を躱す」
「躱せなかったら腕でガードして身動きだけは取れるようにする。その間にお互いでカバーだ」
俺とミューは頷いて一一層を攻略していくことにした。
一一層は鍾乳洞のような作りをしている洞窟と地面の下と横を流れる激しい水の川が特徴だ。
鍾乳洞の天井は天然のなのか分からないが石灰岩のような素材の岩が溶け出し、氷柱のような形を作っている。あれが落ちてくると死んでしまうのではないだろうか。
壁も雨水のように酸性の強い水なのか所々ツルツルになっており、突き出した岩の表面はなめらかなカーブと溶けた氷のような一角となっている。
地面の下を流れる川の水は遥か上の七層辺りから流れ出し、この一一層を通り最下層のボス部屋付近まで続いているそうだ。
またこの階層は青色の光が川の中や壁の隙間などから出ている。
どうやらここの光石はブルーライトのような物みたいだ。
植物もそこかしこに生えていることから【グリーンキャタピラー】がたくさんいるであろうことが理解できる。
また、匂いが曖昧でわかり難いが暗闇の傍や岩陰などから【ワイルドドッグ】の獣臭い臭いが鼻に付き、居場所を簡単にだが教えてくれている。
「ミューは臭いで捉えられるか?」
俺は剣を構えながら近くの茂みに【グリーンキャタピラー】がいないかどうか確かめ、同時にカードを使って何か採取できる者はないのか確認する。
「……近くにいる。でも、気づいていない」
「よし、ならここから――」
「え!? 近くに魔物がいるのですか!?」
「なっ!?」
俺とミューが近くの魔物に気付かれないように小声で会話しているのを聞き、態々大声でオーバーに驚き辺りから攻めて来ようとする魔物にメイスを持ち上げ構える。
俺は思わない行動に目を剥き声を上げそうになるが、時すでに遅く、
「前方から三!」
「チッ! わかった」
目の前の大岩で隠れていた【ワイルドドッグ】がドロシーヌの大声に気が付き、こちらに向かって涎を撒き散らしながら駆けて来ていた。
俺は舌打ちと共に剣を抜き放ち、一番先頭にいた【ワイルドドッグ】に向かって接近試験を横薙ぎに振うが、【ワイルドドッグ】はそれを読んでいたかのように飛んで躱すとそのまま俺の腕に噛み付いてきた。
「シッ」
そこへ背後にいたミューの投げナイフが俺の肩の横を通り【ワイルドドッグ】の左目に直撃した。
痛みに口が閉じた【ワイルドドッグ】の顔面に俺は左手の盾を叩き付け地面へ落とすと、剣を引き戻し首を切り落とした。
「キャアアアアァァッ!」
そう叫びながら目を瞑ってこっちに向かって来るドロシーヌが俺にぶつかり、俺は近くの岩に体をぶつける。
いくら防御力が高くとも衝撃までは無くせず、頭を庇うのがやっとだった。
『ガアアアウッ』
「ソフィア君!」
ミューの声が響き渡り、俺は咄嗟に左手の盾を【ワイルドドッグ】に向けて構え飛び掛かりの攻撃を防ぐが、勢いの付いた一撃とこちらの体勢が悪いのも合わさり押し負け再び背中が岩に叩き付けられる。
「……っくそ、がああッ!」
『ギャ……』
盾を胸元に持っていくことで上段をがら空きにすると右手の剣を上から剣先を下に向け、【ワイルドドッグ】の心臓のある位置に突き刺した。
盾の表面に盛大に赤い血が付着するが俺には打ち身程度しか怪我がなく、残り一体に目を向ける。
「そーれッ!」
『ギャイン』
と、同時にミューが足止めしているところへドロシーヌのメイスの一撃が当たり【ワイルドドッグ】を倒すことに成功した。
ミューが近くの魔石とドロップ品の【獣の皮】を取り俺の元へ駆けつけてくる。
俺は非難めいた目をドロシーヌに向けるが彼女は全く気付かずに落ちた魔石とドロップ品を取って喜んでいる。
「はぁ……」
「大丈夫?」
思わずため息を吐いてしまった俺にミューが心配そうな声で眉を細め、俺の背中の方に目を向けた。
俺はそれに首を振ってなんともないと答えた。
「軽い打ち身ぐらいだから大丈夫だ。放っておけば治る」
「本当?」
「ああ、嘘はつかない」
「わかった」
俺は浮かれているドロシーヌに注意をし、続きの探索に入るのだった。
その後数時間ほど昼休憩を挟みながら探索を行ったが結局連携が全くできず、体力だけが今までの倍は減るという結果になってしまった。
収穫も俺とミューの魔法等を使わない為三分の二ほどに減り、ドロシーヌのせいで収穫は実質半分ほどとなっていた。
更にこれを三等分するのでもっと収穫は減っていることだろう。
連携が出来ないというよりあの女が人の言うことを聞かずに行動したり、周りを見ずに暴れたり、嘘を言い俺達を危険な方へ連れていこうとしたりといろいろとやらかしてくれた。
人の話を聞かないから罠を態々踏み仕掛けを作動させて命の危機に瀕したり、戦闘中に余所見をして人にぶつかり、採取に気取られて魔物の接近に気付かなかったり、嘘を言って【グリーンキャタピラー】の糸に皆が捕まったり、散々だ。
実力はもちろんある。
一人でならこの迷宮もいいところまでいけるだろう。
だが、パーティーを組むとこの女は邪魔にしかならず、せいぜい八層辺りが関の山だ。
今日ほとんど怪我なく済ませられたのが奇跡のようだ。
「ドロシーヌは人の話を聞け。お前だけ地上に置いてくるぞ? パーティー組んでいてもそれは出来るんだからな」
「す、すみませんでした! 一一階層に来るのは初めてでしたのですべてが新鮮で……。パーティーも組んだことがありませんし……」
こうやって悲しそうにするが俺は信じられない。
心情的には同情や悲しませてしまったという気持ちがあるが、俺は過去にそういう奴と会っているから分かる。
だから女性というのはよくわからないんだ。
「そうか。だからと言って人の話を聞かないでいいことにはならない。お前は俺とミューが言ったことを今度から復唱しろ。いいな」
「え? あ、はい……」
そうでもしないとこいつは絶対に人の話を聞かないだろう。
ま、それでも無理なものは無理なんだろうけど。
それから暫くして、俺達は一二層へ足を踏み入れた。
この階層には【ゴブリン】と【モグラ】が出てくる。
それほど強敵というわけではないが前階層よりも連携を取られると死角から攻撃されるためそこを気を付けなければならない。
俺達もある程度は連携を取れるようになったためこの一二階層へ行くことにしたのだ。
一二階層も同様に鍾乳洞階層のようだ。
「【ゴブリン】は基本的に俺とドロシーヌが相手をする。ミューは地中の【モグラ】に意識を割いてくれ」
「わかった」
「【ゴブリン】ですね。それと私のことはドロシーと呼んでくださってもいいですよ?」
「そうか」
俺は適当に返事をすると立ち上がり、ミューに頼って辺りに魔物がいないか確認する。
俺は地図を見て危険な罠の把握だけを済ませておく。
ドロシーヌは相変わらずイライラする笑顔を浮かべて辺りの何が珍しいのか動き回っている。
少し歩き続け部屋の中の宝箱を確認しながら進むと、大きな部屋に出た。
「ここは何もない大部屋だったな」
「うん。罠もない。だけど、魔物が湧きやすい」
「何もいないようですし、中へ入りましょう」
そう言って俺とミューが止める暇なくズカズカと入っていくドロシーヌ。
その後を慌てて追い止めるがその時には遅く、今度は地中から数十体の【モグラ】が現れた。
「勝手に動くなと言っただろうが!」
俺は気合の声と共にドロシーヌのミスに怒りをぶつけ近くのモグラにスローの世界に入りながら切り裂いていく。
スローの世界であれば他の人から見てもそれほどおかしいものではない為大丈夫だろう。
ミューは匂いで察知すると次々に出てきた瞬間を短剣でどうと頭を切り離す。
感知も察知も出来ないドロシーヌはヒョコッと現れた瞬間にメイスで叩き付けるが、【モグラ】は穴の中へ隠れ完全に遊ばれているようだ。
『モモモモググゥ』
何やら笑わっているような声が聞こえたのは気のせいだろう。
ドロシーヌは回復魔法が使えると言っているので放置し、俺とミューは二人で連携をして【モグラ】の大群を相手にかすり傷を負いながら倒していく。
やはり全方向から来られては背後の攻撃まで意識が回らないのだ。
それから一〇分ほど戦いどうにか勝利を収めた俺とミューはその場に座り、薬草から作った塗り薬を傷付いた肌に塗っていくのだった。
「回復魔法を掛けましょうか?」
そう言って手を差し出してくるが、俺はそれよりも言いたいことがあったので少し不快に眉を顰めながら問う。
「その前に言わないといけないことがあるんじゃないか?」
ミューも不機嫌そうに尻尾を地面の上で動かしている。
「え、あ、そのー……すみませんでした!」
深々と頭を下げるドロシーヌに俺はもう言っても無駄だと諦め、ミューと頷き合うと今日の所は一旦引き返すことになった。
それからまた数種間ほどが経ち、やっと一三階層までやって来た。
俺とミューだけだったらもう攻略し終えているかもしれない。
早く女神様に会って告白の返事をしに行かないといけないというのに……。
ドロシーヌがパーティーに強制加入しておよそ一カ月と半月が経つ計算となるが、未だに連携とは呼べない行動を起こすことがある。
それでも最初のころと比べて失敗はなくなってきているのでどうにかストレスはそこまで溜まらないでいた。
「今日から一三階層だ。今度は新しい魔物【ビー】と【ウッドスティック】が出てくる。火魔法に弱いが魔力はもしもの時まで温存しておきたいから俺が引きつける間に二人が倒す。これでいこうと思う」
「危なくない? 【ビー】は厄介」
「大丈夫だ。あいつ等は針を飛ばすことが出来ない。だから、近づいてくる奴の正面に縦を構えておけばいい。背後のやつらは二人で対処してくれ」
「わかった」
「わかりました。背後の【ビー】を倒す、ですね」
俺は二人に頷くと第一三層の探索を開始した。
半分ほど来ると今度は小部屋の中央に金属製の宝箱を見つけた。
ドロシーヌが近づかないように手で制すとミューにあの宝箱が何なのか確認を取る。
「あれはトラップ式の宝箱。解除ミスしたら矢が正面から飛んで来る。だから二人は左右に避けて、ソフィア君は私を盾で護っておいて」
「そのぐらいならお安い御用だ」
俺とミューは慎重に宝箱まで近づくとミューがしゃがむので俺は被せるように盾を置き、いつでも矢が飛んできて良いように集中しておく。
自信を持つために一つ……銃弾よりは遅いから避けられるはずっと。
ミューは懐の中から針金のような物を取りだすと宝箱の中に突っ込み、カチャカチャと音を立てながら罠の解除を始めた。
罠の解除は回収した罠を実際にお金を払うことで体験することが出来る。
この辺りの罠はほとんど解除したことがあるので八割の確率で成功するそうだ。
それでも失敗するのはまだ技術が伴っていないからだろうし、俺は出来ないことなので文句を言うことはない。
「…………あ」
少ししてミューはそう声を漏らした。
と、同時に前方からミューにギリギリ当たるかどうかという場所に木製の矢が放たれた。
俺はそれを捉えた瞬間に盾を上へずらし、斜め上から飛んできた矢を見事弾き飛ばした。
その後ガチャッと音が鳴り、金属製の宝箱の罠が解除され鍵が開いたのが分かった。
ミューは立ち上がると俺の方を向いて俯く。
その頭に手を置いて撫でると優しく声をかける。
「大丈夫だ。誰にも失敗はある。次は成功させよう?」
「う、うん……」
俺はそのまま頭を撫でて納得いくまでしたいようにさせていたが、そこへ空気を読まずに文句を言う者が一名いた。
「危ないじゃないですか!? 刺さったらどうするつもりだったんですか!? しっかりしてください。回復させるのもタダじゃないんですよ?」
全くもう、と腰に手を当てて言う仕草は様になっているが、この状況とドロシーヌに言われるのは腹が立つ。
自分の胸に手を当て思い出してほしいものだ。
「ミュー、気になるかもしれないが気にするな。俺は全く思っていないからな」
「うん」
ミューの頭を撫でながら不快に眉を顰め、ドロシーヌに対して冷ややかな目を向ける。
その後もグチグチと自分を棚に上げ、ミューの失敗をねじるドロシーヌに不快感を覚えながら、今日の探索はここまでとなった。
今のところこのまま行きます。
不快かもしれませんがよろしくお願いします。




