五層ボス【ワイルドドッグ】
冒険者登録をして二週間ほどが経ち、俺とミューはパーティーを組んで初めてのボス戦となる。
この二週間で連携はある程度出来るようになり、ミューも俺がしたいことを何となく理解してくれている。
もちろん俺もミューが何をするのかある程度予測は出来る。
だが元々の性格が邪魔をし、その選択に自信が持てない。
間違って当たったらどうする?
行った方向が同じだったら?
逃げる判断を間違ったら?
俺の判断ミスでミューに怪我をさせてしまったら?
…………。
いろいろな思いと感情が膨れていく。
俺はそれを押し込め、毎日の探索と一回一回の戦闘の終了に密かに胸を撫で下ろしている。
それだけ俺の心は脆く臆病で小心者なのだ。
前世でもよく考えすぎだの、そんなことはないだの、自身を持てだの言われたがなかなか出来るものじゃない。
俺は他人が傷付くのが一番嫌いで駄目なんだ。
特に自分のせいというのが一番……。
だからこそミューは命に代えても守り切る!
自分の命は二の次だ!
ミューが魔法を使えるようになったのでまずは第五階層のボスを倒すことにした。
二週間で新人の冒険者がボスに挑むのは早い方だが、一週間で挑んだ者もいるのでそれほど目立つ行為ではない。
元々が新人教育の迷宮のためそれほど強くないのだ。
「ここのボスはFランク【ワイルドドッグ】だな。動きが早く、徒党を組むようだが、一体のようだから気にする必要はないな」
「前の時はベンダーとガリアが抑えている間に私とパラスが攻めてた。最後にボトムの魔法が当たって倒せた」
ミューは当時の戦闘を上を向いて思い出している。
俺はそれに一つ頷き今回の作戦を言う。
「今回は二人だからそれは出来ない。だが、その時と違い俺達は魔法が使える。しかも一秒と掛からず」
「だから、最初に魔法で攻める」
「そうだ。まずは魔法ありで戦う。その次は魔法なしで戦ってみる」
「どうして?」
「動きについていけなければ、下の階層で少しきつくなるからだ。魔法に頼っていてはもしもの時に困る。体力はすぐに回復するが、魔力はそうではない。傷も出来る限り致命傷じゃなければポーションを使う」
「力を試す為? なら、頑張る」
「そうか。では行くぞ」
目の前の門を押して開けると俺とミューは武器を構えながら中へ入っていく。
『グルルルゥ~』
入ると同時に俺達を獲物だと認識した【ワイルドドッグ】が寝そべっていた状態から立ち上がり、喉の奥を鳴らし涎を滴り落とす。
【ワイルドドッグ】は濃い灰色の毛に左右六本の髭が特徴で、夜の帳の中光る赤い瞳と肉を引き千切って食べる獰猛さが有名だ。徒党を組まれると動きで翻弄するようになる厄介な相手だ。
俺はこいつと何度も戦っているのである程度動きが分かるようになっていた。
「いいか、あいつが後ろに体重をかけた時は飛び掛かりだ。目の前に絶対にいないようにな」
「わかった」
俺は剣を構えて【ワイルドドッグ】の赤い瞳から視線を逸らさない。
そのまま地面を擦りながらいつでも対応できるように近づいて行く。
【ワイルドドッグ】も唸りながら半円を描くように俺とミューの周りを動き、低く唸るような音を立てる。
ミューは俺の後ろからいつでも動けるように短剣を構えている。
お互いの射程内へ入ると動きを止め俺は剣を上へ持ち上げいつでも切れる準備と上体を起こし、喉元と正面をがら空きにした。
それを挑発と受け取った【ワイルドドッグ】は横向きにしていた身体から大地を蹴りつけることで俺の方へ跳びかかる。
『グラアァッ』
「シッ!」
それを横へ上体をずらして躱すとすぐに体を反転させ、再び飛び掛かって来ようとする【ワイルドドッグ】に剣先を向け牽制する。
俺はそのまま剣を持ち上げると一歩踏み出すと共に右上から左下へ剣を切り下した。【ワイルドドッグ】は思った通り避けやすく、噛みつきやすい俺の背中――右側へと避けた。
俺はそれに心の中で笑む。
「『ファイア』」
そこへ待ち構えていたミューの魔法が直撃し、【ワイルドドッグ】の顔面へ直撃した。
俺はもう一歩踏み出し今度は右へ横薙ぎの一閃を放ち【ワイルドドッグ】の腹部を切りつける。
「ヤアァッ!」
横倒しになった【ワイルドドッグ】に短剣を二丁抜き放ったミューが飛び掛かり、上から下へ首元に短剣を突き刺した。そのまま短剣を横へ振り首元を切り裂くと噛まれる前に背後へ跳んで逃げる。
「『ロックニードル』」
俺は大地に手を付くと魔力を流し、今にも倒れそうな【ワイルドドッグ】の身体を串刺しにした。
口から赤い血を吐き【ワイルドドッグ】は黒い霧と化すとドロップアイテムと魔石を落とした。
魔法を使うと呆気ないな。
普通に攻撃するよりも威力が相当高くなっているからか、若しくはイメージのせいか……。
一体魔法の攻撃力は何で決まるんだ?
ステータスにはそんな項目無かったしな。
俺は魔法について考えながら剣に付いた血を拭き、ミューが拾った魔石と【鉄の短剣】と受け取る。
「この短剣は今の物とどちらが良い物だ?」
俺はミューの持っている短剣が何かわからないので訊ねる。
素材からして鉄ではなさそうなだが、恐らく持っている方が丈夫だろうな。
ダメだったら売りに出すか。
「これは【ファングダガー】。一〇層のボスを倒した時に出て来た【森犬】の牙から作られてる」
【森犬】は【ワイルドドッグ】よりも強く、無か緑色の毛が生えている魔物だ。森の中ではそれが迷彩効果を出し、気づかれない内に囲まれてしまうので注意が必要だ。
「じゃあ、いらないな。爺さんに渡して素材にしてもらおう」
「それがいい」
俺とミューは五層のボス部屋から下の階層へ向かわず入って来た門を出る。
そこでは俺達の戦闘が終わるのを待っていたのか新人の冒険者が四人座っていた。
俺と目があると軽く頭を下げてきたので俺も思わず下げる。
俺より二つほど上と言ったところか……。
装備は三人が革鎧で一人がローブ。
どうやらベンダー達と同じようだな。
俺達は逆側へ腰を下ろし、簡単な休息に入る。
ミューとの間の空間に手を突っ込み水を取りだして二人で飲み干し、チラリと隣を向くと何か聞きたそうにしているのが分かった。
ボス戦は中の様子が覗けないのが痛いからなぁ。
初めての時は彼らのように緊張と不安が募るんだよな。
まあ、それも試練だと思ってやり過ごすしかない。
まあ、装備は整っているようだから倒せるとは思うが。
と考えていると案の定リーダーと思しき茶髪の男の子が話しかけて来た。
「ちょっといいかな?」
俺は水の入った金属製のボトルから口を離し、男の子の方を向いて頷く。
「ここのボスは【ワイルドドッグ】で良かったよね? 戦ってみてどうだった?」
「素早いが牽制と誘導をすれば倒せる。数の利を活かせばいいだけだ」
そういうと少し考えているようだ。
鎧に細かな傷があることからここまで来るのに何度か攻撃を受けているのだろう。
俺はお節介だと思いながら、目の前の四人が怪我をするのもあれだなぁと自身に言い訳をして答える。
「何を悩んでいるのか知らないが、剣を持った二人が牽制、短剣を持った奴が陰から隙を突き攻撃、ローブは魔法を使えるのなら射程内で詠唱をして三人が退いた瞬間に攻撃する」
「ふむ……一理ある」
「最初の内は上手くいかないだろう。だから掛け声を大切にしろ。魔法を放つのなら『放つ』、自分が行くのなら『右から行く』、回復がいるのなら『回復』とかな。それが積っていくと連携というのが出てくるんだ」
四人は俺が言ったことを聞き頷く。
ミューは嬉しそうに微笑んでいる。
「まあ、まずはお互いに知ることから初めて見るのが一番いい」
「いろいろと助かったよ。休憩中すまなかった」
「いや、こちらも確認になったからよかった。もう復活しているだろうが怪我をしないようにな」
「ああ、いろいろと教えてもらったから大丈夫だ。俺の名はアラン。君は?」
そう言って手を差し出してきた。
勇者のような名前だな。
こういった人物は良く大成することがあるからチェックしておくか。
いや、関わり合いたくないからだが。
「俺はソフィアノス。こっちはミューだ」
「ミュー、よろしく」
「ああ、よろしくな。俺の後ろにいるのは剣士兼壁役ロダン、短剣使いは斥候も兼ねるヒュム、ローブは魔法使いのハスだ」
『よろしゃーす』
「あ、ああ、よろしく」
俺は声の揃った返事に戸惑う。
何かクラスの中の雰囲気のようだ。
恐らく友達かなんかなのだろう。
なら、いろいろとあるから連携をしっかりとることをお勧めする。
友達というのはそれだけ重いものだからな。
「それにしても君があのソフィアノス君だったのか」
俺のことを知って話しかけてきたのかと思ったがどうやら違ったようだ。
驚いていないところを見ると薄々は思っていたのだろうが。
「ああ、その名前は俺しかいないからな。どんなふうに聞いてるんだ?」
「超新星や期待の新人とか?」
「孤児院の麒麟児とか?」
「子供達の親御さんとか?」
「決闘の話とか?」
誰が伝えたのか大体わかるが、俺はそこまで期待される魔物じゃあないと思うが。
それに子供達の親御さんって何だよ!
確かに子供達とずっと遊んでたけどさ!
せめてお兄ちゃんとかじゃないの?
「わかった。だが、俺はそこまでの人間じゃあない。日々の努力と知識と目標があれば人は強くなれるからな」
「それが難しいんじゃねえか」
「いや、そこで諦めるな。常に向上心を持つことこそが大事だ。ようは気持ちの持ちようだな。これからボス戦なんだ、弱気でいると負けるぞ?」
年下である俺に言われてカチンと来たのか顔を顰めて「見てろよ!」と意気込み四人で手を合わせてボス部屋の中へ入っていった。
俺はそれを見てもう一度ボトルに口を付ける。
「優しい」
「わかってる。どうしても言いたくなるんだ。お節介かもしれないがな」
俺はそう言って両手の掌を上に向けお道化たように自嘲するが、ミューは静かに首を振って俺の手に手を重ねる。
「大丈夫。それがいいところだから」
「……そうか」
俺は少し上気しそうになる頬を冷ましながら彼らが無事出てくるのを祈るのだった。
それから十分ほどして彼らが無事出て来た。
所々に傷を負っていたもののにこやかに俺とミューに完勝を伝えて来た。
彼らはそこでもう少し力を付けるために五層をうろつくようで、俺達と別れこの場を辞退した。
俺とミューも立ち上がり、今度は魔法なしで【ワイルドドッグ】を倒すためにボス部屋の中へと入っていった。
結果は上々。
【ワイルドドッグ】は下の階層でも出てくるためミューはその動きになれており、俺も何度かこの階層のドロップ品にお世話になっているので楽勝だった。
だが、慢心はいかん。
そろそろミューに気力について教えてもいい頃だろう。
冒険者達はある程度強くなったところで気力の使い方を講義として教えてもらったり、組んでいる先輩から教えてもらうそうだ。
気力は使い方を間違えると死に直結し、魔力と違い加減が少し難しいきらいがある。
そこをしっかりするには戦闘で自分の力量と戦い方を知って行いといけないのだ。
ミューの場合は同じ種族・職業の受付嬢から特訓してもらっていたのでそれなりに動きが良く、自分の役割を理解している。
そう考えた俺はミューから一〇層までの地図を見せてもらい罠と魔物を見比べ丁度いい場所を探す。
「……八層のこの辺りで次は気力について教える」
「気力? 先輩冒険者が使う?」
「そうだ。だが、これは気長にやっていくからそれを頭に入れておいてくれ」
「わかった」
一つ頷いて八層までとりあえず降りていくことにした。
六層は【ボア】と【ウッド】。
七層は【ロック】と【グリーンキャタピラー】。
八層は【ドール】と【ゴブリン】だ。
俺が選んだ部屋には同様の召還する罠があるようだった。
俺はこの辺りまであまり降りていないのでここからは二人で地図を見ながら進むことになる。
ミューも一四層まで潜ったと言っても全てを回ったわけではないのだ。
「気力はどことなく魔力に似ているところがある」
部屋まで辿り着き魔物を殲滅すると地面に腰を下ろして気力について説明していく。
ミューは新しい力が知れると真剣な表情に変わっている。
「やり方は同じだ。目を閉じ、体内の今度はへそ辺りに集中力を割く」
ミューも同じように座って目を閉じている。
ミューが男なら触って教えられるのだが、さすがに女の子に触るのはご法度だろ。
「すると次第に温かい物を感じられるようになる。それを感じ動かせるようになるまで次へは進まない」
「う~、残念」
「我慢しろ。それだけ扱いが難しいのだからな」
「……わかった。どうして、ソフィア君は使える?」
ミューが当然の疑問を口にした。
それには資料室で読んだからは通じないだろう。
どう説明するか……。
「俺は……ちょっと特殊なんだ。いつか教えられる日が来るといいな。俺が言えるようになるまで待っていてくれ」
「……そう」
ミューは一呼吸置いて短く返事をするのだった。
この後の展開で悩んでいるので、ちょっと時間がかかるかもしれません。
小さなストーリーを作りたいもので……。




