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魔法

 初級の迷宮。

 そこは多くの新人冒険者が初めて潜る迷宮の一つで、新人研修やある程度力を付けた冒険者がパーティーを組んで挑むところとなる。中には個人の力を試すのに丁度いいと何度も踏破するものが見受けられる。

 また、将来冒険者となりたい子供達を連れて上層を探索する冒険者達もいるそうだ。

 孤児院で育ったベンダーもその一人である。

 ソフィアノスは自身で言っているため日頃はミューの勉強と子供達のお世話をしていた。


 ロードスやフォルファー達はそんなソフィアノスが迷宮探索をやめたのではないかと心配していたが、誕生日の日に早速冒険者登録に来たので安心したそうだ。


 現在【ホピュス】にある迷宮の数は全部で四つ。

 一つがこの初級の認定を受けた冒険者ギルド公認の迷宮だ。

 二つ目が中級の認定を受けた前後四〇ほどの迷宮。

 三つ目が同じ中級の認定を受けた罠が多い迷宮。

 四つ目は認定を受けているのだが、特殊な時に解放される生きた様な迷宮のため一年に二回ほど解禁される冒険者にとって祭りが開かれる迷宮だ。


 迷宮はよくわかっていないのが実情だが、その辺りはソフィアノスしか理由を知らないようだ。

 ソフィアノスも人に言っても信じてもらえないだろうから言わないようにしている。




 初級の迷宮に入って五時間ほどが経った。

 俺とミューは既に目的の五層まで到達し、その五層の中でも一番広く特殊な罠が設置された部屋へ訪れていた。


 第一階層は【スライム】と【ボア】と呼ばれる五〇センチほどの猪が敵だ。【ボア】は弱い突進してくるため待ち構えて斬り付ければいい。

 第二階層は同様だったが若干強くなっているようだ。

 第三階層は【ウッド】と呼ぶ小枝の魔物と【ロック】と呼ぶ石の魔物。二体ともそれほど強くはないがドロップアイテムが【ブランチ】と【石炭の欠片】のため結構高く売り買いされる。新人冒険者の小遣い稼ぎとなる。

 第四階層は同様で数が多くなっている。

 現在いる第五階層には魔法にうってつけの相手【ドール】という魔物が出てくる。この魔物は背後から襲って来る魔物だが、目が合っている場合動かないのだ。

 所謂、達磨さんが転んだ状態だ。

 もう一体は【スライム】とこれもまた魔法を当てるのに最適だ。


 ドロップアイテムは魔物によって異なるが同じ魔物でも階層によっては落とすアイテムが変わったり量が変わる。

 第五層の【スライム】は【スライムの体液】ではなく【スライムパウダー】と呼ばれる重曹に近い物を落とす。

 【スライムの体液】のように加熱することで食えるようになるではなく (一年して知った) 、【スライムパウダー】はそのまま使うものだ。

 だが、一般的にその調理方法が伝わっていないのか、菓子を膨らませるという発想がないようでホットケーキなどが存在しない。

 存在するのはクッキーや小麦粉から作るパン、ケーキが数種類だ。


 後ベーキングパウダーではないので一応掃除などにも使えると思う。

 何時か俺も家が欲しいので(風呂)、お金を貯めて家を買いたい。その時の掃除アイテムとして集めておくか。


 それよりもこの部屋の説明をしよう。


「この部屋にある罠は知っての通り魔物を召喚する罠だ」

「踏んだら魔物が出てくる。あと現れることもある」


 ミューは俺の言葉に頷いて答える。


「これを使って魔法の特訓をしようと思う」


 これを使えばこの部屋で休憩しながらいつでも魔物を呼び寄せることが出来る。

 しかも【ドール】は木偶とも呼び、視界に入っている時は動かないので倒しやすい。


「まずは、魔法について簡単に教える。今まで見てきたものは全部忘れろ」

「ん? わかった」


 俺が使っている物は全く別物だからな。

 もしかすると使えない可能性もあるが、とりあえず教えてみるか。


「目を閉じて体の中に流れる血液の音と動きを捉えてみろ」


 俺の言葉にミューは目を閉じ己の中に流れる血液に集中する。

 ミューには小学生が習うような科学知識と自然の成り立ちを教えてある。子供のころから教えるとそういったことが当たり前になると思ったからだ。

 大人は頭が固いからな。


 女神様が言っていたのは俺の知識とやり方だ。

 なら、知識は科学や想像力などを示し、やり方とは血を魔力として捉え、魔力が精神力であるということだろう。

 ならば、精神力を鍛えるほど魔力は大きくなり、イメージを鍛えれば強くなるに違いないのだ。


 ミューには誰にも言わないようにしているためこのことが伝わることはない。

 一応仲間にしか教えない。

 悪用されては困るからだ。


 それから三〇分ほどミューに精神統一をしてもらい、しっかりといつでも自分の中の血液を捉えることが出来るようにさせた。


「次はその血液を手に持っていく。感覚で言うと掌に血を集め押し出す感じだ。頭の中では集中して松明の炎と俺が教えた火のことを思っておけ」

「詠唱はない?」

「そんなものいらない。俺はそれが無くても使えるように今まで勉強を教えてきたつもりだ。だから俺を信じて言われた通りにしてみろ」

「わかった」


 素直なのはいいけどもう少し疑うことを覚えた方がいいぞ。


 俺も目の前で同じように血液を右手に集めるような感覚で押し出し、出てきた魔力を一〇センチほどの火の球を想像して変換する。

 ミューはなかなかできないことに苛立つの可愛い顔に皺が寄り、「むむむぅ~」と言っている。

 微笑ましく一〇分ほど見ていたが一向に出来る気配がないのでもう少しアドバイスをする。


「落ち着いてから目を閉じて想像してみろ。そっちの方が想像しやすいからな」


 ミューはそこで一旦リラックスすると肩の力を抜いて右手の掌を上に魔力を押し出すような感覚で頑張る。

 次第に俺の『魔力感知』に魔力の流れと高さが分かり、右手に魔力が集まってきたのが分かった。


「そこから掌大の火を想像して魔力を変換するんだ。変換を難しく考えなくてもいい。ただ単に魔力が変わる、と思うだけだ」


 ミューはそのまま維持した状態で目を開き、どこを見つめているのか分からない、想像で掌の上に浮かんだ火を見つめる。


「わかり難かったら適当に呪文を唱えてもいいぞ。俺は最初『フッ!』と言った。まあ『プチファイア』とか『ファイア』がいいんじゃないか?」

「わかった」


 俺もミューのためにしっかりと見つめて成功するように祈る。

 ミューは力を入れているのか少し頬を染めて、右手の掌の上の魔力を変換した。


「むぅ~……『ファイア』」


 ポンッ。


 と、音を立てて小さくはあるが掌大の大きさの火の球が現れた。

 だが、すぐに消えてしまった。

 やはり集中力が切れると火は消えてしまうのだろう。


「消えた……」


 落ち込むミューの肩に手を置き、引き攣らないように微笑みかける。


「大丈夫だ。そこから特訓していく。俺もそうだったんだぞ。だから、まずは魔法を持続させる特訓をしよう」

「……わ、分かった」


 それから俺とミューは魔力が切れるまで魔法の維持が出来るように特訓をするのだった。


 ミューよ。

 恥ずかしいのは分かるがいやんいやんせんでくれ。

 妙に可愛くてどうにかなってしまいそうだ。




 それから二時間ほどするとミューの魔力が切れた。

 この二時間でミューは五分ほど魔法を持続させることが出来るようになった。

 詠唱をするとその詠唱の中に持続時間も加わり、明かりを灯す『ライト』だった場合五時間ほど点くというように自動的に出来上がるようだ。

 無詠唱の場合集中力で決まり、慣れれば意識しなくとも魔法を持続させることが出来るようになる。


 そして、ミューの魔力を回復させている間に罠を解除することにし、解除した罠を保管する。

 今のところこの罠を何個も持っている。

 結構な割合で壊れる為必需品となっているのだ。

 罠は一時間ほどで戻るようだ。




 魔力が回復したところでミューにいろいろな属性を試してもらい最後に、


「我求めるは適性の光、汝、我の手に集い、我が力を照らし出せ! 『適性』」


 と、俺があの迷宮で初めて作った適性の魔法を示す魔法を使ってもらった。


 するとミューの掌にいくつかの光が現れた。

 俺の時とは違い固有魔法の光は見当たらないが髪の色と同じく闇で黒が強く、赤、緑、茶、青、という順に小さくなっている。光がないのは闇を持っているからだな。


「俺と同じだな」


 そう呟くとミューは少し驚いてにっこり笑った。

 お揃いというのが嬉しいようでなんでも喜んでくれる。


 因みに闇を持っているからと言って迫害を受けることはない。

 魔族も闇を苦手とする者がいるからだろう。

 まあ、闇の使い手が少ないので珍しい属性ではある。

 だが、斥候であるミューが使えるといろいろと助かる属性である。


 闇を極めれば影を移動することも出来るものとなる。

 そうなれば斥候にとってとてもありがたい物となるだろう。

 九歳の頃には影と同化(入るわけではない)することが出来るようになり、こそこそと迷宮に入ることが出来るようになっていたんだ。


 更に数時間ほど昼食を取りながら魔法の特訓をした。

 一応今日は魔法が使えるようになっただけでも収穫がデカいので帰りに手に入れた罠と魔物から手に入れたドロップ品を売り、手に入れたお金でミューの成功祝いと俺とお揃いになるが魔力を高めるイヤリングを渡した。


 涙を流すほど嬉しいのかはわからないがとても大事そうに受け取ってくれたのでよかった。

 イヤリングが嫌なわけじゃないよね?




 それから数日ほど魔法の特訓に当て、ミューはそれなりに持続させることが出来るようになっていた。

 そこから飛ばすのは簡単なようで、聞いてみたところ投げナイフの要領でしているとのこと。

 俺のロケットパンチよりはいいかもしれん。


「では、最後に自分で新しい魔法を作ってみよう」

「新しい魔法?」


 ミューもそれなりに魔力が多くなり、今では一日に一〇発は打てるようになっていた。


「そうだ。例えば俺は魔法で剣を創り出して斬るということが出来る。名前は『クリエイト・ソード』だな。ミューの場合は短剣を作って投げればいい」

「短剣を作る」

「使い慣れている物や持っている物だったら想像しやすいだろ? 何も持っているだけじゃなく『ダークボール』と剣の形で想像し、空中で創って投げつければいい。ソードは剣だから『クリエイト・ダガー』がいいんじゃないか?」

「おお、面白いかも。ちょっとやってみる」

「じゃあ、罠を作動させるぞ」


 ミューは目を閉じて集中に入り頷いたので俺は罠に手を置いてスイッチを押した。

 それと同時に軽い音が鳴り、五メートルほど先に【ドール】が土を掘り返しながら出て来た。

 俺達と目が合うと動きが止まり、急所である身体の黒い点ががら空きとなった。


 【ドール】は訓練用の相手とも言われ、急所である心臓部に黒い斑点が付いている。

 その斑点に上手く当てれば一撃で粉砕することが出来る。

 中にはその斑点に上手く当てればいいドロップ品が出ると噂されているが【ドール】のドロップ品は【土塊】と【肥料】のため、それほど活用されていない。

 何故かというとそれが何なのか分かっていないからだ。


 例えば【土塊】は変哲もない土の塊と表示され、【肥料】は植物を育てる土と表示されるからだ。

 それだけでは意味が分からず、出てくる量も子供が両手で掬うぐらいしかないのだ。

 これを畑で使用するとなると一体何体倒し、何回繰り返さないといけないことになるだろうか。


 ミューは目を開けると【ドール】の黒い斑点に集中し、右手を投げナイフを投げるように構え、右手に魔力を送ると押し出し魔法へと変換した。


「……『クリエイト・ダガー』」


 そう唱えた瞬間に右手の中に黒く光石の光を反射しない短剣が作られ、いつものように目を細めて敵を見据えると上へ一切の淀みなく持ち上げられ、短剣が投げつけられた。


 綺麗なフォームから放たれた短剣は真っ直ぐ吸い込まれるように【ドール】の黒い急所へと当たり、


『ヒャアアアァ』


 と、甲高い悲鳴を断末魔にその場で崩れ落ちて黒い霧と共に消え去り、魔石とドロップ品を落とした。


「おめでとう。これは投げナイフがない時や暗い時等に使えるからしっかり使えるようになろう。また、闇魔法は麻痺や毒などの属性を付与することも出来る。今度教えるからしっかり覚えてくれ」

「わかった」


 斥候が状態異常の攻撃が出来るだけで結構戦闘の疲労度と作戦の多さが決まってくる。


 闇魔法の状態異常は毒の『ポイズン』、麻痺の『パラライズ』、睡眠の『スリープ』、封印の『シール』が基本的に存在し、その上級と恐怖の『パニック』、魅了の『チャーム』等がある。

 光魔法にその魔法を打ち消す魔法が存在する。


 では、毒魔法とは何かという話になるが、毒魔法は毒に関わるすべてのことが出来る。

 例えば同じような『ポイズン』でも通常の『ポイズン』は血液に毒を入れることになるのだが、毒魔法は神経、呼吸等があり、遅延毒、食中毒、麻痺毒、幻覚毒などいろいろと出来る。ただ、眠らせたりとかは出来ない。あくまでも毒のため相手の体力を奪ってしまう。

 またその逆にそれを回復させる解毒魔法も使える。

 はっきり言えば即死級の毒でない限り回復可能だ。


 まあ、即死の毒でも人が完全に死ぬまでに時間があるためすぐに毒を消し、人工呼吸などを施せば生き返る可能性がある。


 その後何回か短剣を作って投げるということを繰り返し、最後に俺が状態付与の付いた短剣を投げつけて見せて終了とした。


 ミューが褒めてくれるのでつい毎回少しだけやり過ぎてしまう。

 少し自重した方がいいな。




 その後は一旦地上へ戻り交換屋で手に入った物を交換して宿屋へ帰った。


 明日はいよいよ五層のボス戦だ。


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