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武器【緑鬼王の小刀】

「女みたいな名前で呼ばれやがって、悲しくねえのかよ」

「女々しいぜ……」

「ミューちゃん俺達と潜ろうぜ」


 はぁ。

 ソフィアノスのどこが悪いんだ。

 ソフィアと言えば確かに女性名だが、意味は素晴らしいじゃないか。

 それにこれをくれたのは女神様なんだぞ。

 俺は何と言われようとも気にしない。

 元から気にしない方だったけど。


 俺はミューを引き戻し、三人を睨み付ける。

 だが、完全に侮り、相手の力量を読めないこの三人は俺の眼光にも怯まない。

 まあ、俺の眼光がしょぼいのかもしれんが……。


 と、そこへ話を聞いていた冒険者達が話に加わり出し、呑めや騒げやのお祭り騒ぎとなった。


「いいぞ! 決闘しろ!」

「女の奪い合いか? 若いっていいなぁ!」

「決闘するんだったら賭けさせろ!」

「白髪の子は好みだわぁ~。ちょっとお姉さんと……」

「ベンダーはいねえのか! 面白いもんが見れるぞ」


 他人事だと思って騒ぎやがって。

 これじゃあ俺は決闘しないといけないじゃないか。

 どうしてくれんだ!


 そこへロードスが二階から現れた。


「お前達静かにしろ! 誰の決闘だ?」


 そう言ってきたロードスは受付の前でミューを庇っている俺を見て溜め息を吐いた。


 いやいや、俺が悪いわけじゃないよ?


「ソフィアノスか。一体何があった」

「この三人がミューを連れて行くなと騒ぐ。俺はミューに誘われているから一緒に行く。だが、そいつらはベンダーに言われた俺が一〇歳になるまでと言う約束を守らないんだ。ベンダーにもう一度言われていたようだが聞かない様で、俺に喧嘩を売って来た」

「そうか……。お前はつくづくベンダーに関わるといいことないな」


 ほっといてくれ!


「決闘するのか?」

「したくない……と言いたいが、既に周りがしないといけないような空気を出している」


 そう言ってロードスが辺りを見渡し、頷いた。

 三人はギルドマスターの登場に驚き、普通に話している俺を見てあたふためいている。

 ミューは俺の背中に寄り添っている。

 怖かったのだろう。


「じゃあ、するのか?」


 俺は目を閉じて眉を上げた。

 それを了承と取ったロードスは「訓練場に案内する」と一言いい、僕とミュー、三人を引き連れて向かって行く。

 その後ろからは食い物や飲み物を片手に頬を上気させた冒険者達が笑いながら付いてくる。


 訓練場とは文字から分かるように冒険者達が訓練をする場所だ。

 それは武器の訓練だけでなく、部屋には魔法も使えるようにされており、土人形や的などが設置されている。

 また、試合も組めるように広めの部屋が作られているのだ。


 三人はさっさと準備を始めやる気満々のようだ。


「大丈夫?」


 自分のせいでと思っているのか俺の服の裾を掴んで心配そうに眉を八の字にしている。

 俺は軽く微笑むとミューの頭を撫でてそっと服から手を離させる。

 それでもギュッとしてくるので少し不安になるが、別に命をかけるわけではないので大丈夫だろう。


「準備はいいか? ルールは試合と同じく急所攻撃と道具使用の禁止だ。ただ、決闘は何が起きても関与しない」


 魔法も気力も使っていいということか。

 あと、最後の言葉は大怪我を負っても知らない、最悪命を落としてもギルドはどうとも思わないということか。

 少し厳しいがそれがルールならば仕方がない。


 俺は隅に置いてある木剣の中から一番しっくりくるものを選び、三人と相対する。


「お前は一人か? 俺達も一人にしてやろう」

「いや、三人で構わない。どこまで出来るか試したいからな」

「な、何にをッ!?」


 言い方でも悪かったのか三人を怒らせてしまった。

 本当に試してみたかっただけなんだが……。

 別にお前達を侮っているわけじゃないんだぞ。


 と、そこへベンダーが冒険者の中から現れ、俺の元へ向かってきた。


「す、すま――」

「いや、いい。今回は仕方ない。お前の言うことを聞かないのだろう?」


 ベンダーが早々ミスを起こすとは思えない。

 恐らく言い聞かせたが、目を離した隙に、というやつだろう。

 まあ、後でしばくが。


「ちょっとお灸を据えてやる。怪我をしても許せよ」

「あ、ああ、殺さなければ自業自得なだけだ。あいつらもこれで大人しくなってくれると思うしな」


 何か安心しているがそれはちょっと違うぞ。


「何を言っている。お前が本当ならしないといけないんだぞ? リーダーならしっかり纏め上げろ。お前なら手っ取り早く力で大人しくさせろ」

「そ、そうだな。わりい」

「まあ、見ておけ。お前と一緒で怪我はさせないようにするから」


 自信はないが恐らく大丈夫だろう。

 熟練の冒険者の平均が八〇程度と聞いている。

 なら、こいつらがいくら強くともそれに近い数字を持っている俺よりは下だろう。

 先ほどステータスを見たから試してみたかったというのもある。


 だが、心配なものは心配だ。

 もし負けたらとか、強かったらとか、いろいろと考えてしまう。

 俺は本当に心配性だな。


「はぁ……」


 つい溜め息を目の前で吐いてしまった。


「おいおい、大丈夫なのか?」

「俺達は最高なんだぜ?」

「先日一五層まで足を踏み入れたからな」


 ほう、結構潜っているんだな。


 ベンダーも周りの冒険者に褒められ照れている。

 それなりの強さはあるということか。

 俺も不安がっている場合ではない。

 俺だって一人でそのぐらい潜っていたから大丈夫なはずだ。


「私語をやめろ。お互いにいいな?」

「ああ」

「おう!」


 相手はタンクの戦士が一人、スピード系の斥候が一人、魔法使いが一人だ。

 さてどう戦うか……。


「それでは……はじめ!」

「オラアアアッ」


 まずは戦士のガリアが突っ込んできた。

 ガリアの武器はバトルアックスだ。

 魔法使いのボトムは杖、斥候のパラスは短剣を二刀か。


 とりあえず俺は意識を戦闘に切り替え、いつもしているようにスローの世界へと突入する。

 先ほどまで突っ込んで来ていたガリアの足がゆっくり歩いているかのようになり。先ほどは気が付かなかったが後ろにパラスがくっ付いている。


「これで終わりだあああッ!」


 俺は迫り来る斧を半身になって躱す。

 そのまま勢い余って落ちてくる首元に木剣を叩き付け、すぐ横を二刀を顔の前に構えたパラスが突っ込んでくるのを横目で見る。


 振り上げられた右手の短剣を左脚を下げることで空振りさせ、左の横振りを到達する前に右手に持っている木剣で手首を外側へ押し出し留める。


「遅いぞ」


 俺は一言そういうと右脚で鳩尾を蹴り上げ、魔法の詠唱をしているボトムに向かって木剣を投げつける。


「――ッ!? あぶっ」

「終わりだ」


 投げた木剣は無暗に避けなければ当たらないように顔の側面を狙っているためボトムは詠唱を中断して避け、その間に俺は横を向いたボトムの所へ走り寄りこちらを見た瞬間に顔面に拳を突き付ける。


「勝者、ソフィアノス」


 ロードスの先に勝者宣言を準備していたかのような声が静かな訓練場へ響き、ボトムがへなへなと地面へへたり込む。


「ソフィア君! 大丈夫! 凄い!」

「あ、ああ、大丈夫だ。だから、落ち着け」

「あ、うん。か、かっこよかった!」

「そ、そうか。ありがとうな」


 思いっ切り抱き着いてきたミューに落ち着くよう言い、再び興奮したかのように俺に抱き付いてくる。

 俺は上気しかける頬を掻いて内心戸惑う。


 これはひょっとして思ってもいいのか?

 いやいやいや、それはダメだ。

 こんな可愛い子が女神様に続いて俺を好きになるはずがない!

 女神様にも悪い……。


「すげえええぇ! 何だあの動き! あれで新人かよッ!」

「最初はどうやって倒したんだ? 避けたところしかわからんかった」

「見た感じ避けたところに下がった首を木剣で叩き付けたんだろうな」

「いやいやいやいや、無理っしょ!」

「いや、あいつならやりかねん。アイツの反射能力と動体視力は目を見張るものがあるからな」

「そういやあお前、ソフィノスに一回ちょっかいかけて怒らせたんだよな。立ち上がろうとしてひっかけた酒を落ちる前に掬い、落ちるフォークを持って首元に突き付けられたもんな! 面白かったぜ?」

「あ、あれは……酔っぱらっていたからだ! 今度は不覚を取らん!」

「ガハハハハハ!」


 そんなことあった気がする。

 あの時はベンダーもいなくなっていたから暇な時間が出来てたんだったな。

 それで冒険者相手に情報取集していたらいきなり酔っ払いに絡まれたんだよ。

 俺はどうも前世の時から酒の臭いを不快に思っていたからつい過剰に反応してしまったんだ。

 あの時はすまなかったな。


 冒険者の歓声を浴びながら俺はミューと共にロードスの元へ向かった。

 三人は二人が気絶し、一人はへたり込んでいる。


「どうすればいい」

「そうだなぁ、何か取決めでもしてたか?」

「いや。冒険者の心得を教えてくれるんだと。なら、こいつらに教えてやってくれ」

「それでいいのか? 決闘なら相手の身包みを剥いだり、金をぶんどったりできるが」


 何それ、こわっ!

 俺は魔物だがそこまで落ちちゃあいねえよ。

 金は人から貰ったり奪ったりはいくら勝ったからと言って俺の信条が許さん!

 俺はそういうのが大っ嫌いなんだ。

 まあ、小心者なだけで、後から返せって脅されたくないだけなんだけどな。


 ヘ、ヘタレじゃなぁぁぁいッ!


「ああ、構わない。こいつらの懐が教育費になっていると思ってくれ。教えるのは相手の実力を読めるようにすることと連携が甘いことだな」


 俺は木剣を元の場所へ仕舞いながらそう言うが、ロードスはそれなりにできているように見えるようだ。

 まあ、この歳でならな。


「今ので連携が甘いというのか?」

「ああ。誰かが言ったように俺の動体視力は高い。だから、こいつらの連携が意味をなさない」

「そういうことか」


 ゆっくり見えるが上手く当てられるというのが完璧な連携だ。

 例えば、斥候のパラスは俺から見えていてはダメなのだ。さっきみたいに対処が最初からできる状態で戦士のガリアを倒せる。

 これが見えなければいくらゆっくり見えていたとしても気付くのがガリアを倒してからとなり、攻撃を受けていたかもしれない。

 魔法使いのボトムも同じく、斥候までが倒されると想像しておかなければならない。木剣も最小限で避け、詠唱を中断してはいけなかった。


 まあ、仲間を信用するなと言っているわけではないからいいのかもしれないがな。

 仲間を信用出来て初めていろいろなことを考えるのだ。


「そうだな。その辺りをそろそろ教えておくか。じゃないとボスは倒せないだろうからな」

「そんなに強いのか?」

「いや、Dランクだ。ただ素早い上に数が多いから連携を必要とする」

「俺達も気を付けるか」


 二人を医務室へ送り、ベンダーが俺とミューに軽く謝り二人の元へボトムと一緒に向かった。

 最後にボトムは茫然と俺を見て焦点を合わせると軽く悲鳴を漏らしやがった。

 なんて失礼な奴だ!


「ロードス。プレゼントをくれ」

「ああ、そう言えば今日だったな。その鎧は自前か?」


 ロードスは俺の鎧を小突きながら聞いてきた。


「ああ、貯めた金で作ってもらった。どうやってかは聞かないでくれ」

「ああ、聞かねえよ。無茶するなよ。――それとミューも良かったな。お揃いでな」

「うん! 嬉しい!」

「そうか。あいつを仕留めるのは難しいからまずは手放さないように頑張れ」

「うん!」


 二人で話していたのが聞こえたがお揃いというのは鎧のことだろう。

 それは俺も思っていた。

 ちょっと俺でミューに申し訳ない。

 あと、仕留めるのは素早いというボスのことだろうな。武器を手放さないようにするのも大切だ。




 決闘を終えた俺はミューを引き連れて剣を保管しているギルドマスター室まで来ていた。


「これがお前が倒したボスのドロップアイテム【緑鬼王の小刀】だ。今ならお前が勝てたのが分かる」

「そうか? 俺はまだあの時の恐怖と強さを覚えている。もっと強くなるまで戦いたくないな」


 俺は小刀――窓から差し込んだ太陽の光が反射し緑色の光を放つナイフを鞘から抜き、掲げながらそう言った。


 ナイフは刀身が七〇センチほどもあり、通常の剣よりもやや幅も太いため大剣の細いものに見える。

 まあ、筋力はあるので片手で振れるな。


「いつにもまして慎重だな。慎重に越したことはないが」

「ああ、あれで【ゴブリン】の上位種【ハイゴブリン】なんだろう? 迷宮のボスは一ランク上、出ても二ランク上だと本に書いてあったからな。あの強さなら【ゴブリンソルジャー】ぐらいか? ハンマー持ってたし」


 今思えばハンマーを持っていた時点で【ハイゴブリン】じゃなかったな。

 だって【ハイゴブリン】は棍棒だろうし。


 ミューがキラキラした目で俺を見る中うんうんと頷いているとロードスは俺の頭を叩いた。


 な、何すんだ!?

 ま、まだ、頭は叩かれたことがないのに……。


「馬鹿野郎! あれは【ボスゴブリン】だ! 【ゴブリン】が五つ進化したらあれになるんだよ! だから俺達は驚いていたんだ! 【ハイゴブリン】ぐらいだったらここまでの処置はしない。お前は一人でBランクの魔物を倒したんだぞ」


 …………。

 へ?

 何だって?

 あれが【ボスゴブリン】?

 【ハイゴブリン】でも【ゴブリンソルジャー】でもなく?


「【ボスゴブリン】? 大きくて、デブくて、臭くて、防具を身に付けて、ハンマーを持った【デブリン】?」

「そうだ。よく考えろ【ハイゴブリン】だとして、いきなりあんなに強くなるか? なら、Sランクの魔物はどんだけ強くなるんだ」


 そう言われればそうだが……。

 誰も教えてくれなかったし……。

 記憶がないって言っているんだからボスの名前ぐらい教えてくれてもいいじゃん。

 ギルドカードじゃあ魔物の名前まではわかんないんだよ!


 と、ちょっと怒ってみる。


「はぁ、まあいい。慎重にやるのは変わらないからな。目標のランクが変わっただけだ」

「そうか。その武器について一つ言っておくがその武器は能力がない代わりによく切れる。恐らくAランクとやり合えるほどの強度と切れ味を持っている。なかなか手に入らないものだから手入れもきちんとするんだぞ」

「ああ、分かっている」


 魔法でちょちょいのちょいだ。

 『クリーン』という魔法が、この魔法はミューにも覚えてもらいたい魔法の一つだ。


「では、行ってくる」

「ああ、今日からはお前も孤児院に住めなくなるから宿屋を取っておけよ。ギルドの貸家でもいいが早めに許可を取りに来い」

「ああ、金があるから【精霊の宿木】に泊まろうと思う」


 俺は剣を鞘に入れるとミューを伴い冒険者ギルドから出て行く。

 まずは剣を貰ったので爺さんの元へ行き剣のベルトと留める紐を貰った。

 爺さん曰くこの剣なら使えなくなった時に持って来てくれたら新しいものを買うときに値引きしてくれるそうだ。

 珍しい鉱石が使われているんだと。

 まあ、緑色の光を出すからな。


 その後は【精霊の宿木】に立ち寄りセリカと談笑し、宿を取った。

 勿論一人部屋を二つ取ろうとしたのだが、二人に「え?」と言われて「え?」と返すとミューが悲しそうな顔をするので仕方なく二人部屋を取った。


 お、落ち着くんだ俺!

 高々隣のベッドにかわいい子が寝ているだけだ!

 俺が何もしなければ何も起きない!

 そう、何もしなければいいんだ!


ソフィアノスは自分に対してはまだいいですが、女の子に対してはヘタレになります。

だ、だが、ここぞというときは……多分、やってくれるはず。

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