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セリカの恋

 【ホピュス】の街の冒険者ギルドは中心から少し離れたところにある。

 それはその辺りに迷宮が多く存在しているからだ。

 ソフィアノスが行く初級の迷宮然り、中級から上級の迷宮まで数多く存在している。

 その逆側に安全性を取った領主館があり、住宅街がある。

 その両端は商業ギルドなどがある商業区画、反対側は技術ギルドや鍛冶ギルドがある冒険区画となっている。


 現在商業区画の中央寄りの冒険者行きつけのお店で働いているセリカの元へ、ソフィアノスから指示を貰ったミューが人を避けながら向かっているのだった。


 目的地は【精霊の宿木】と呼ばれる宿屋兼食堂だ。




 いつものようにベンダーがソフィアノス君に勝負を挑んできた。

 でも、ソフィアノス君はあれから一度も勝負を受けていない。


 あの勝負は今でも鮮明に思い出せる。

 それほど衝撃的だった思い出は他には存在しない。


 あれはセリカちゃんとソフィア君が朝食の後片付けをしていた時。

 わたしはいつもソフィア君と一緒に後片付けしているセリカちゃんを羨ましい目で見ていた。


 私は無表情だけど優しくて、お願いを聞いてくれて、優しく撫でてくれるソフィア君が好き。

 いつから好きになったのかはわからない。

 だけど、白い髪から覗く赤い宝石の様な瞳は感情豊かで、皆は知らないみたいだけどすごく強い。

 私にしかわからないのは獣人だから?


 この前わたしが泣いた時セリカちゃんが間違えたことをソフィア君に謝ったら、やっぱりソフィア君は優しい目で許していた。

 私も安心してその瞳が自分に向けばいいなと思った。


 だけどそれを快く思わなかったのがベンダー。

 彼はセリカちゃんがソフィア君と一緒にいて謝っているのを見たら顔を真っ赤にして怒鳴り散らしてきた。


 分かりやすいけどみんな黙ってるから私も黙る。

 ベンダーがセリカちゃんのことが好きだってこと。


 その後はセリカちゃんとベンダーが喧嘩しちゃって、私はどうしたらいいのか分からなくてオロオロとするしかなかった。

 そこに現れたのがソフィア君で、一言で二人を黙らせちゃった。

 それからみんなソフィア君を見る目を変えた。

 だれにも渡さない。


 それでも二人はやめないからギルドの方から大きな人が来た。

 冒険者ギルドのギルドマスターであるロードスさん。


 ロードスさんはソフィア君と何か話し、目頭を押さえたりしている。

 そう思っていたらベンダーに近づいていきなり拳骨を落とした。


 その後少しお話ししていきなりソフィア君とベンダーが喧嘩をすることになった。

 私はソフィア君ならしないと思って安心していた。

 ソフィア君も嫌そうな目をしていたから。


 だけどロードスさんの一言でソフィア君もすることになっちゃった。

 よく分からなくなってソフィア君を見ていたらいつの間にか後ろまで来てて、つい話しかけた。


「だ、大丈夫?」


 そういうとちょっと失敗したと思った。

 だけど、ソフィア君は嬉しそうにして、何と笑ってくれたの!

 少しだけだけど口元が上がって、目も笑ってたの!

 少しぎこちなかったけどとても綺麗で嬉しそうな笑みだった。


 脳裏に焼き付いてる。


 その後は優しく声をかけてもらって頭まで撫ででもらった。

 だから応援してるって言ったら、短く返事をしてくれたの。

 かっこいい……。


 心配してみているとロードスさんが喧嘩の注意をした。

 よく訓練場というところで聞くものと同じだった。

 ただ、魔法と気力というのも禁止みたい。

 二人とも使えないのに。……多分。


 そこから凄かった。

 いきなりソフィア君の雰囲気が鋭いものになって、ベンダーを刺し殺すんじゃないかというような迫力があった。

 まるで物語の【ドラゴン】と【スライム】だった。


 そして、ロードスさんの声で二人の火蓋が落とされた。


 やけくそ気味に突っ込んでいくベンダーの拳をあの時見たようにいつの間にか手で取っていた。

 だけど今回はわたしの眼に捉えられて、その軌道が見えた。

 ベンダーも結構速いけど、それを事前に取るのは私には無理。

 多分、力負けするし、取るのをミスする。

 でも、ソフィア君は何事もなく取った。


 その瞬間ときめいた。


 そこからは何が起きたのかよくわからなかった。

 いつの間にかベンダーが地面に背中から叩き付けられてて、その上にソフィア君の膝が乗ってた。

 そして、無理やり起き上がろうとしたところに剣を突き付けるように右手を喉元に揃えて持っていった。

 そこで終了。


 どちらも怪我がなかったけど呆気なかった。

 もう少しかっこよく決めてほしかったけど、どちらも怪我なく終わったということはソフィア君がそれだけ強いということ。

 見えなかったもん。


 それからはベンダーも変わった。

 いつもと変わらないけど、どこか凛々しくなって強くなろうと頑張ってる。

 だから皆の見る目も変わった。

 邪魔者を見る目から鬱陶しいけど相手をしてやるか、みたいな。


 でも、相変わらずセリカちゃんにちょっかいを掛けてる。




 そして、私とソフィア君は七歳になった。

 私がソフィア君のことを好きなのも皆にばれてる。

 だけど、ソフィア君は気が付かないのか、気が付こうとしないのか、私が近くにいてもいつもと変わらない。

 でも、皆よりは優しくしてくれる。

 嫌われてはないみたい。


 七歳になって勉強が始まったけどセリカちゃんがソフィア君から学んだらいいと言って、ソフィア君も普通に頷いてくれたからソフィア君からいろいろと教わっている。

 記憶がないって聞いていたけど、今では誰よりもいろんなことを知っている。


 それは凄いことだって冒険者のおじさんもロードスさんも言っていた。


 いつも通り私はソフィア君からいろいろなことを教えてもらっていた。

 そこへベンダーが現れた。


 内容はまたか……、と思うものだった。

 だけど、なぜかいつもより焦っていた。

 どこか時間がないみたいに。


 だけどソフィア君は人と戦ったりするのが嫌いみたいで戦おうとしない。

 私も嫌いだからいい。

 でも、必要にかられれば頑張る。


 だって最近知ったのだけどソフィア君は夜中に何処かに出掛けてる。

 後を付けてもすぐにばれるみたいで、聞くにも嫌われるかもって思って聞けなかった。

 だけど帰ってきた時に風が吹いてその臭いでわかった。


 何か血のような生臭い匂いがするって。

 だけどその臭いはすぐになくなって、ソフィア君は部屋の中に入って来た。


 なんだったのかな?


 その間にソフィア君はベンダーと話していて、何かに気が付いたみたいだった。

 するとベンダーがいきなり叫んで、その内容に私は目が眩みそうになった。


 どうして?

 セリカちゃんがこの街を離れる?

 どうして?


 悲しくなっていたらソフィア君が私の耳元に顔を近づけて来た。

 私は好きな人の顔が近くにあることに震えてほんのりと顔が上気するのが分かった。


 でも、ソフィア君が言ったことはとても大切なことだった。

 それが本当かわからないけど、それならどうにかなりそうだった。


 私は真剣に頷きソフィア君から離れて、孤児院を出た。




 私は今孤児院を出て迷宮区画と呼ばれる冒険者ギルドがある場所を走っている。

 お昼ということもあって冒険者がたくさんいる。


 ここで気を付けないといけないのが人攫いと呼ばれる人達。

 ソフィア君からも聞いたけど、子供は高く売れるみたいで一人でいるとよく狙われるみたい。


 でもその対処法として捕まりそうになったら大声で叫ぶ、兎に角人がいるところへ向かう、お店に飛び込むだったはず。

 これはソフィア君に教えてもらったことで人攫いをする人は一人ではなく複数いる。

 だから、私達が知っている路地に入っても先回りされて攫われる。


 それを防ぐために動き難くなるけど人が多い方に進んでいく。

 そこまで来たら助けをくれるように大声で叫ぶ。

 最後の手段は手頃な店に飛び込んで助けを乞う。

 そうするとお店の人は子供なので叱ることはせず、人に追われたって言ったら助けてくれるって言っていた。

 本当かわからないけど常にそうするようにしている。


 一応ロードスさんからそれはいいことだから覚えておけって言われた。


 そう思っている内に商業区画入口まで来た。

 ここはちょっとごちゃっとしていてよく攫われたりする事件が起きているところ。

 だから気を付けていかないといけない。


 私はソフィア君に習って少し強くなろうとしている。

 獣人だから走って兎に角動きを早くする。

 次はソフィア君が近づいて来てもわかるように臭いを掴む。

 最後にソフィア君を驚かせるために気配を消す。


 この三つはソフィア君もしているから見本がある。

 ちょっとは出来るようになったと思う。

 むふぅ!


「――ッ!?」

「っと……チッ」


 威張っている場合じゃなかった。


 横の通路から一人のおじさんが転げ出て来た。

 やっぱり一人でいると私は攫われるのかもしれない。

 今度はソフィア君と一緒にいよう。


 そのおじさんは舌打ちをすると私が見ていることに気が付いて転がった瞬間にどこか打ったのか頭を押さえ始めた。


 だけどこれが演技だということを私は知っている。


 これもソフィア君から教えてもらった。

 大きな道でも横の脇道に気を付けた方がいい。

 そこからいきなり出てくる人がいたらその人は人攫いかわざとぶつかってお金をせびる人みたい。

 特に後者が多くいるみたいでミューなら臭いで気づいてほしいって言われた。


 私はだから臭いに関して練習していた。


「あ、いた……」

「キャアアアアアアアア」


 そして教わったように相手が何か言う前に大きく叫んで注目を向ける。

 そうすると恥ずかしい。


 だけど、皆が私とおじさんを囲むように近づいてきた。

 おじさんは慌てて立ち上がるけど近くにいた冒険者の人に腕を掴まれてしまった。


「セリカちゃん! 大丈夫だった!?」


 この女性は孤児院に野菜を卸してくれているお店の女将さん。

 私の身に何かあったのかと店を飛び出して来てくれたみたい。

 ここは女将さんのお店の近くだったみたい。


 私は落ち着いて頷いた。


「大丈夫」

「一体何があったんだ?」


 私の元に今度は肉屋のおじさんが近づいてきた。

 肉屋のおじさんは私に厳ついけど笑っている顔を向けて、さっきのおじさんに鋭い目を向けた。

 おじさんは元冒険者だって言っていた。

 今もよく外に狩りに行くみたい。


「私が歩いていたらそこのおじさんがいきなり飛び出してきた。だから、ぶつかる前に退いたら今度は蹲って頭を押さえ始めた」


 それを聞いて集まっていた住民が皆冒険者に掴まっているおじさんを見る。

 おじさんは疲れたように項垂れたけど、何か思うと喚き散らすように否定した。

 でも、それを見ていた人がいて、この人は前にもそうやって子供に難癖をつけていた人だったみたい。


 だから事情聴取のために連れて行かれた。

 私は話を聞いた後に冒険者の人が【精霊の宿木】まで送ってくれた。

 冒険者の人もそこで泊まっているみたいだった。




「ミュー!」


 お店の中に入ると同時にセリカちゃんが飛んできた。

 思いっ切り抱き着かれた。

 セリカちゃんをよく見ると私の耳元で泣いていた。

 私はどうしていいのか分からなくてソフィア君にしてもらったように頭を撫でた。

 するとセリカちゃんはわたしの両肩を持ってきつい口調で怒り始めた。


「どうして一人で来たの!? さっき騒ぎが起きてミューに似た子が居たって聞いて心配したのよ!」


 私はそれを聞いてしょんぼりしてしまう。

 やっぱり無理にでもソフィア君を連れてくるべきだったかも……。

 でも、ソフィア君に頼まれたから。


「ごめんなさい」

「ううん。大丈夫ならいいの。で、ミューは何をしに来たの? 一人で来るのだから重要なことがあるのよね?」


 許された私はまずテーブルに案内されて、目の前にジュースが置かれた。


「飲み。疲れてるだろ?」


 ここの女将さんがかっこいい。

 でもソフィア君の方がもっとかっこいい。


 それに口を付けるとセリカちゃんにソフィア君から言われたことを訊ねてみる。

 私達もなんとなく気が付いていたことだけど確証がなかったこと。


「えっと、セリカちゃん街からいなくなるの?」


 私はちょっと悲しくなって涙目になった。

 セリカちゃんはハッとして私の涙を拭き取ると気まずそうな顔になった。

 隣で女将さんも済まなさそうにしている。

 やっぱり出て行っちゃうの?

 ソフィア君はちょっと違うって言っていたけど。


「そうだけど……誰から聞いたの?」

「ベンダー」


 それを聞いたセリカちゃんは拳を握りしめて怒ったみたいだけど、どこか雰囲気が違う。


「それとちょっと聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」


 私はコクリと頷いてソフィア君に聞いて来てほしいと言われたことを聞く。


「セリカちゃん、ベンダーのこと好き?」


 私がそういうとソフィア君が言っていたように顔を赤くして否定する。

 普通ならいつものように怒っているように見えるけどソフィア君曰く、これは怒っているのではなく頬が恥かしくて上気しているらしい。

 慌てて否定するのは恥ずかしいから、どもって大きな声で否定するのは図星だから、身振り手振りもあるのはどうにか違うとわかってほしいから、最後に、


「「ベンダーのことなんて好きじゃないんだからねッ!」……え?」


 と言えば、これはベンダーのことが好きな証。

 『つんでれ』という女性によくある性格の一つで、好きな人の前やことでは素直になれない人を言うらしい。

 他にも突っかかったり、好きな人にだけ怒りっぽかったり、気丈だったり、偶に優しかったりする。


 うん、セリカちゃんにほとんど当てはまってる。

 ソフィア君もそっちの方が好きなのかな?


 目の前でセリカちゃんは驚いていて、顔は真っ赤になっている。

 周りのお客さんは何か騒いでいる。


「ソフィア君が言ってた。セリカちゃんはベンダーのことが好きだって」

「な、ななな、なーッ!」


 言葉になってないよセリカちゃん……。


「ヒュー、ヒュー。セリちゃんに恋人か?」

「俺の女神がぁ……」

「いや、俺の嫁がぁ……」

「どっちもちげえよ! 俺の娘がぁ……」


 周りでは好きかって言っているけどセリカちゃんのことを祝福しているのが分かる。

 いい人ばかりのようだ。


「セリカちゃん?」


 固まってしまったセリカちゃんに訊く。

 セリカちゃんはプルプルと震えて、テーブルに顔を伏せて肯定した。


「そうよ! そうなのよ! 何故か知らないけどベンダーのことが気になって仕方ないの! 最初は弟みたいなものだったけど、あの日から変わって男らしくなったじゃない? なら気になって仕方なかったのよぉ……」

「ソフィア君は?」


 どうしても知りたかった。


「ソフィア君は何ともないわ。もう少し活発な男の子の方が好きよ」

「そう」


 結構活発なのは黙っておく。

 私のソフィア君だから。


「じゃあ、どうしてここからいなくなる? 私寂しい」


 それを聞くとセリカちゃんはまた悲しそうな顔になった。


「そ、それはね、仕方ないのよ」


さあ、くっ付くのでしょうか。

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