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ベンダーの恋

 俺はとうとう七歳になった。

 誕生日は分かっていないので拾われた日、即ち迷宮で死にかけ攻略して女神様に告白された記念日が誕生日になっている。

 何と言う……いろいろな意味で苦労と喜びのある日だ。


 最近の日課は疲れて眠くなるまで起きているが、夜中は孤児院から出て魔物を狩りに行っている。


 街にはいくつか迷宮への入り口があり、孤児院の近くに初級の迷宮があるのだ。

 その迷宮は冒険者ギルドの裏手にあり、ギルドが管理している迷宮なのだ。


 夜中も入れるため大丈夫だが、入るために管理している職員と警備をしている兵士を欺かなければならない。

 職員は何とか欺けるのだが、警備の兵士は偶に歴戦の冒険者の場合があり、多少の違和感を感じ辺りを見渡すのだ。

 一度見つかりそうになって現在隠れることの出来る魔法を開発中だ。


 今のところどのように欺いているかというとこの迷宮は換金や武具の手入れ、購入等がすぐに出来るように建物が外側に作られ、人が多いのだ。

 迷宮に入るには免許など何もいらないが、一人一人点検されるのだ。

 それは武具が足りているか、人数が足りているか、準備が出来ているか、階層によっては注意事項を伝え、何かしらのアクシデントが起きた時は通行を止めるためだ。


 なら、どうやって入っているのかと言うと警備は二人おり、パーティーで来ている場合は二人掛かりで点検するのだ。

 その間に地魔法で天井に張り付き、トカゲのように移動しながら隙を突いて入るのだ。


 ここが土の壁で良かった。


 手に入れた魔石やアイテムは非合法ではないがグレーであるスラム街の近くにある裏町で売りさばいている。

 買い叩かれるが金なんぞ数でどうにでもしてしまえ。

 魔物は永遠に出てくるのだからな。


 とりあえず、十歳になるまでに幾分かの生活費と防具を買えればいい。

 武器に関してはギルドが預かっているからな。

 本当かどうか見せてもらえないため安心できないので一応武器の分まで貯め込んではいる。


 生活費がどのくらいいるのか知らないが、市場を一年間ほど調べ尽くしてある程度は計算できるようになった。

 一カ月の収入は金貨三〇枚から四〇枚。

 と言うことは、俺は一カ月金貨二〇枚あれば確実に暮らせることになる。

 食費がほとんどいらないのが救いだな。

 宿に関しては休まなくてもいいかもしれないが怪しまれるかもしれないので仕方ない。

 実際は使う金なのだから。


 武具に関しては調べること自体が出来ず、冒険者ギルドで優しそうな冒険者に質問しながら調べた。

 一般的な鉄の剣が金貨一〇枚、皮の鎧が金貨七枚、金属の鎧が金貨十二枚だ。

 武器全てが金属のため少々高いそうだ。


「ほら、Fランクの魔石三八個でサービスして銀貨二枚とアイテムが【糸】と【ゴブリンの牙】と【ブランチ】が全部で銀貨一枚だ」


 目の前の片目が潰れた小汚いおっさんから銀貨三枚を放り投げられる。

 そこへ群がってくるのが店の背後で待ち構えていたコソ泥やゴロツキどもだ。

 しかもこのおっさんは態々大きく投げつけ、ばらけるように毎回しやがる。

 まあ、俺には止まって見えるから全て空中でキャッチできるがな。


 Fランクの魔石一個が銅貨五枚(五〇円)とかぼり過ぎだろ!

 それにあのアイテムが全部で銀貨一枚とかあり得ん!

 まあ、ことを荒げるつもりはないのでこのままで行くが……。


「ひっひっひっ、また御贔屓に。【常闇の黒】さん」

「ああ、また頼む」


 今の俺は迷宮の宝箱で手に入れた黒いぼろのコートとバンダナをしている。

 コートは口まで覆い、バンダナは目まで下げている。

 俺の素性を出来る限り秘匿するためだ。

 孤児院に迷惑をかけるわけにはいかないからな。


 【常闇の黒】と言うのは闇に紛れる全身黒塗りと素性もわからない子供と言うところからきている。

 これを知っているのはこのおっさんの関係者のみだ。


 俺を中二病だと思うやつがいるかもしれん。

 だが、俺はどんなに恥ずかしい二つ名でもどうでもいい。

 その辺のことに目くじらを掛けることはない。

 そんな名前なんだ、ふーん、ぐらいにしか思っていない。

 というか思えない。

 たかが名前だからな。


 一応信用できるのはこのおっさんと取引しているからだ。

 そちらの言うとおりに魔石とアイテムを売る代わりに詮索はしないというようにな。

 まあ、俺は信用できないので他にもいろいろと手を打っているから大丈夫だ。


 俺は手を上げて不気味に引き攣った笑いを上げるおっさんに挨拶をし、店の入り口で待ち構えているゴロツキ達に気が付かない振りをして店の外へ出て行く。

 するとゴロツキ達は待ち構えていたかのように俺に襲い掛かってくる。


「金を渡せぇー!」

「死ねぇー!」

「身包み置いてけぇー!」


 その場から後ろへ飛んで店の中へ再び入ると俺がいた場所に先ほどのゴロツキが出てきているので、全身に気力を施し立ち上がった瞬間に顎に一撃を当て昏倒させる。


「いやー、お見事。ひっひっひっ、すんませんねぇ」


 背後からおっさんが下卑た笑みを浮かべて嬉しそうに話しかけて来た。

 何を褒め、何を謝っているのかと言うと、俺のしたことを褒め、自分だけが臨時収入を得て喜んでいるのだ。


 最初の頃は嫌だったが、自分がするわけではないので割り切り、俺は関係ないとばかりに全ての罪をこのおっさんに被ってもらうのだ。

 その代りの子ゴロツキの処理はおっさんに任せている。

 これも取引の一つだ。


「じゃあ、これで失礼する」


 俺はその場から気配を消し、『魔力感知』で辺りに付いてきている者がいないか調べて夜中の街から出て行く。


 孤児院まで何事もなく戻ると時間を月を見ることで確認し、時間帯によっては簡単な訓練をして部屋の中へ戻る。


 これが最近のサイクルだ。




 あの決闘からベンダーは誰にも突っかからなくなった。

 いや、性格的には変わっていないが強くなろうと人の話を聞き、訓練をするようになった。

 また、あの時負けたのが悔しかったのか何度も俺に勝負を挑んでくるが、俺はもうやる気がないので無視している。


「おい! 今日こそ俺と戦え!」


 そう言ってきたのがベンダーだ。

 決めていた赤い髪は短く切り揃え、冒険者に必要なことを理解し始めたのかふんいきがガキ大将からやんちゃ坊主に変わって来た。

 いや、あんまり変わってないか……。


 俺は現在ミューと一緒に勉強中だ。

 どうしてこうなっているかというとセリカはもう九歳ということで昼間は仕事に言っているのだ。

 ミューは一人になったので俺が面倒を見るように言われたので仕方ない。

 ミューもなぜか知らないが俺に懐いているようだし。

 同い年だからかな?

 まあ、俺は頼まれたことはきちんとする。


 ビシッと指を差してきたベンダーにミューは勉強を邪魔されたからかムスッとして不機嫌そうに睨み付けるが、セリカ以外に女の子には鈍感なのか全く気が付いていない。


 ベンダーも九歳となりあと一年しかこの孤児院にいられない。

 一〇歳になるとこの孤児院を出て冒険者となるか働かなければならないのだ。

 だから、それまでに俺に勝ちたいのだろう。


「今、勉強中だから後にしてくれ」


 俺は再び書いている板に向かって目線を落とす。

 だが今回だけはベンダーは引き下がらない。


「それは何百回も聞いた!」

「なら今回も聞いとけ」

「ああ、もう! いいから俺と戦え!」


 何やら焦っているように感じる。

 はて?

 何を焦っているのだ?

 まだ誕生日は先だろうに。


「何を焦っている? 誕生日までは時間があるだろう?」


 俺はそう訊いたがベンダーは何を言っているんだ? と言う目で俺を見て来た。

 あれ? 違った?


 予想が外れるとは珍しい。


「違う! いや、違わないけど、お前とは冒険者になっても戦える! だけどもう時間がないんだ!」


 足をバタバタと動かし慌てるように焦る。

 埃が立つからやめい!


 俺は溜め息を一つ付いて、ミューに断りを入れるとベンダーを問い質す。


「何の時間がない? この街から離れるのか? 拾い手でも見つかったか?」


 考えられる可能性を言うとベンダーはビクリと震えて暴れるのをやめた。

 なるほど、ベンダーはこの街からいなくなるから暴れていたのか。

 それほど好きな奴じゃあなかったがいなくなると思うと寂しいな。


「そうか……。ベンダー、寂しくなるな。だが、元気でいろよ」

「違ああああうッ! 俺じゃなくてセリカがいなくなるんだ! もう一週間もないんだよぉぉ……」


 それを聞いた俺とミューは初耳なのでとても驚き、顔を見合わせて何度も目を瞬かせた。


 セリカには何度となく世話になっているから挨拶をせねば。

 ミューは悲しそうだからあとで連れて行ってやろう。

 確か商店街にある宿屋の従業員をしているんだったな。


 だが、俺はまだしもミューに黙っていなくなるか?


「ミュー、聞いてないのか?」


 そう訊くと悲しそうに頷いた。

 これはもしかすると……。


「ベンダー、お前はなぜ知っている?」


 そう訊くと目尻に涙を……そんなに悲しいのか!

 そりゃあ地球と違って会いに行くのは困難だが、会いに行く方法は簡単だぞ。

 まあ、場所によるが……。


「うぅ、セリカは隣街の【レイザ】まで働きに行くって俺の子分が伝えて来た」

「いつ?」

「昨日の夜だ」

「確認したのか?」

「してない! 出来るわけないだろう! あいつは孤児院に帰ってこないし、今は忙しいから無理って言われてんだから……」


 ベンダーは膨らんだ風船がしぼむように語尾が小さくなり、体もへなへなと萎びる。


 俺は違うと思うんだが、これはちょっと使えるかもしれん。


 俺はミューに耳元に顔を近づけ、ミューにセリカに確認を取ってもらいたいことを伝えた。

 ミューは俺が近づいたことにビクリと震えたが顔を赤らめて聞き、真剣な目で頷いた。

 多分俺が怖くて、口の息がくすぐったかったのだろう。


「わかった。セリカちゃんに聞く」

「俺はベンダーを相手する。ミューはセリカの元に行き聞いて来てくれ」


 俺達は頷き合うとすぐさま行動に移った。


 勉強は良いのかと思うだろうが、ミューはある程度勉強ができるのでいいだろう。

 後は自分で精進するだけだ。


 ミューはさすが獣人と言うか身軽なので一人で向かっても大丈夫だろう。

 それに今の時刻はお昼と言うこともあり人が多く、声を上げれば誰でも気付くはずだ。


 俺は立ち上がると泣きべそを掻いているベンダーを蹴飛ばす。


「っつ!? 何すんだ!」


 食って掛かってくるが俺はベンダーの首を問答無用と取り、引き摺って勉強をしていた台に座らせる。

 暴れるが毎日以上に訓練をしている俺の力はあれから相当上がっているようでビクともしない。

 逆に首を持っている手が締まっていく。


「く、くるじぃ……はぁ、はぁ。……何すんだ! 死ぬところだったじゃないかッ!」

「悪かったが落ち着け。話が出来ん」


 俺は冷静に再び立とうとするベンダーを睨み付ける。


「……ったく、話って何だ? 時間がないんだ! 戦ってくれるのならすぐに戦え」


 お前はどこぞの民族か!

 少し考えが短絡過ぎるぞ。

 大体戦って何になるというのだ。

 俺は無用な争い程嫌なものはない。


「本当にセリカは【レイザ】まで働きに行くって言ったんだな?」

「ああ、子分がそう言ってきた」

「どんなふうに? 悲しんでか? 楽しんでか?」

「そりゃあわかんねえが、言い方からして落ち込んではなかったはずだ」


 俺は腕を組んで考える。

 ますます俺の考える通りだと思うな。


「確認はとってないんだったな?」

「ああ、仕事中はいかないようにしているし、忙しいみたいだからな。俺は邪魔をしたくない」


 思いも完璧じゃないか。

 最初のころに比べれば大分育ってきたぞ。


「で、なんで俺はお前と戦わないといけないんだ? 俺をボコボコにしたって報告するのか?」

「そ、そんなわけないだろう。いや、違わないが……」


 ベンダーは何やらいい難そうにしているが……。

 はっきりしてほしいものだ。


「はぁ。まさか、俺に勝ち強くなったというんじゃないだろうな?」

「い、いや、まあ、その、まあ、そうだな」


 ベンダーは頬を掻く。

 こいつまだ気が付いてなかったのか……。


 俺はジト目になってベンダーを見る。

 その目が怖いのかびくりと体を震わせて気まずそうになっている。


「お前、まだ気が付いていないのか?」

「何に」


 本気かこいつ……。

 俺とミューは気が付いていたし、孤児院のほとんどが知っている。

 マリアーヌもロードスもこの街を拠点にしている冒険者も知っているんだぞ。


 お前がセリカのことを好きなことを。


 中にはくっ付くか賭けをしている奴もいるというのに……。

 知らぬは亭主ばかりなり、と言うがまさにその通りだな。

 仕方ない自分で気づいてほしいがこういうのはなかなか気づけないものだからな、俺もそうだし。


 俺はベンダーの両肩に手を置き真剣な表情で言う。


「お前、セリカのことが好きなんだろ?」


 ベンダーに時が止まり、思いっきり空気と唾を吐き出してきた。その瞬間肩を横へずらして回避する。

 もちろん読んでいたから肩を持っていたのだ。

 こいつは漫画のようなやつだからな。


「お、おおお、おま、お前ッ……!?」


 ベンダーは耳まで真っ赤に染め上げて抗議の声を上げようとするが声にならない。

 それが何よりも物語っているというのに。

 それじゃあ、不倫をした時やへそくりの場所とかばれるぞ?


「そんなことしなくていいから。で、好きなんだろ?」

「バッ! お、お前!」

「正直になれ。セリカが去ってもいいのか?」


 その言葉にベンダーが固まり、赤くなっていた顔が漂白されるかのように元に戻っていった。

 真剣な目になると俺を見て少し頬を染め、頷いた。

 それはちょっとやめい。

 外から見たら俺に告白しているようだろうが!


「俺は……セリカのことが好きだ」


子供の恋は初々しく、強烈ですよねぇ。

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