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ベンダー

 俺の名前はベンダー!

 この街【ホピュス】で一の冒険者になる男だッ!


 今は力を付けるために【ホピュス孤児院】で英気を養い、孤児院に援助をしてくれている冒険者ギルドの冒険者達とよく話している。


 俺は既に八歳で、もう一人前に戦えるというのに周りの大人達は危ないからダメだ、子供なんだから遊べ、力を過信するな等と言って俺を戦わせようとしないッ!


 どうせ俺の才気溢れる実力を知って抜かれるのが怖いんだろう。


 俺の実力は同年代の子供達の中でダントツに高い。

 一歳年上にも負けねえ、実際に俺は戦って勝ったからな!

 そいつは【ホピュスのガキ大将】と呼ばれていたこの辺りの子供のボスで、そいつに勝ったことで俺に勝てるものは存在しなくなり、俺は一年ほど前にこの【ホピュス】の大将となったのだ!


 孤児院では可愛い後輩達が育ち、常に俺のような男になると意気込み付いて来てくれる。

 これが冒険者のおっさんから聞いたリーダーの貫録と気持ちなんだろう。


 そして、孤児院には当然女もいる。

 女は男の後を黙ってついて来ればいいのに、俺のいる孤児院にはそんな女はいねえ。

 特にセリカというやつは入った時から気が強くて、頑固で、度胸があって、人の話を聞きゃあしねえ。

 俺は何もしてねえのに俺のせいになることが良くある。

 ちょっとぶつかってこけただけじゃねえか。

 そのぐらいで泣く方も泣く方だぜ。


 だが、まあ意外に優しいところもあって、面倒見は良いし、料理はうめえし、意外に強い。

 ゴリラか! って言えるほど強いんだよ!


 あ、いや、うん、俺の方が強いがな。

 ちょっと前に喧嘩して殴られた後の記憶がねえが、あの後謝られたから俺が勝ったのだろう。

 負けた方が謝るのは当たり前だ。


 それに最近はちょっと女らしくなったじぇねえか。

 チラッと見たんだがよ、膨れてた。

 それを子分達に言ってやったら大はしゃぎでよぉ、その後何故か顔を真っ赤にしたセリカに怒られたぜ。

 あれは死ぬかと思った。


 だが、負けたままだと気に食わねえから俺もちょっと本気を出してセリカに戦いを挑んだ。

 だが、相手は守るべき女だ。

 だから、殴り合いじゃなく、駆けっこで勝負した。

 結果は俺の勝ちだ。


 最初の半分まではセリカが勝っていたんだが、そこで力尽きたのか急にペースが落ちてぎりぎりで俺が勝ったんだ。

 あー、いや、ダントツで勝った。

 ペース配分を間違えるからそうなるんだ。


 それからちょくちょくセリカが気になって子分たちと一緒にちょっかいをかけている。


 それがまあ楽しくて毎日の日課だったわけだが、最近孤児院に入って来た白と紫髪のガキに邪魔されてできなくなってるんだ。


 あいつが初めてマリアーヌさんに連れて来られた時は一瞬女かと思った。


 ああ、マリアーヌさんは俺の母親的存在だ。

 呼び捨てすると背後に鬼が見えるから仕方ない。

 男は黙って女の尻に敷かれるものだ。だが、ここぞというところで守るのが真の男というものだ、と冒険者のおっさんが言っていた。

 隣で違うおっさんが頷いていたので確かだろう。


 でだ、そのガキの名前はソフィアノスとか言って見た目と違って男だったようだ。

 声も高く女みたいな奴で体も細くてよわっちく、髪も長くて綺麗で女どもはお人形さんと陰で呼んでいる。

 女からソフィアと女のように呼ばれているのに怒らねえ。

 ちょ、ちょっと男らしいじゃねえか。


 そいつは名前を言うと黙りこくった。

 だが、そいつは記憶がないみたいだから仕方ねえ。


 俺はそう思って子分にしてやろうと思って言ったら、あいつは表情を変えることなく俺の眼を見ると鼻で笑ってどっか行きやがった!

 こんな屈辱を味わったのは初めてだッ!

 絶対に目にものを見せてやる!


 それだけならよかったが、そいつは俺の日課であったセリカ弄りを阻止しようと常に一緒にいやがる。

 食事、片付け、昼間、勉強、就寝全てが一緒だ。


 しかもあいつは冒険者ギルドの資料室で勉強してやがる。

 冒険者のおっさんたちはあいつのことを褒めていたが、俺はそんながり勉野郎を褒める意味が分からん!

 勉強よりも実力がねえと生きれねえんだよ、冒険者はな!


 しかも、あいつの元にセリカが向かいやがった。

 そっと覗けば何やらセリカも勉強してやがる。

 俺もくわ……いやいや、勉強は軟弱者がすることだ。

 だいたい、文字読めねえし……。


 俺は胸に痛みを感じた。

 もやもやとして、あいつがセリカの隣にいるとイラつき、あいつと比べられるたびに怒りが込み上げる。

 絶対あいつが何かしたんだ!


 だから俺は子分を引き連れてあいつに忠告をしてやった。

 セリカに近づくなってな。


 そしたら、あいつは初めて目を細め、低い声で脅すように言ってきた。


「お前、何が言いたい。用件を言え」


 ってな。

 雰囲気も柔らかく近寄りがたいものから、とげとげしく圧倒するような圧力が出ていた。

 まるで冒険者のおっさんたちに睨まれたときのようだった。


 そこでひるん……いや、何でもない。


 その後、こいつは意外にやる! と冒険者の勘が働き殴りかかった。

 いや、実際は胸元を取ろうとしただけだが……。


 だが、あいつは目にも見えない速さで俺の手を握り止め、俺に何を見つめているのか分からない無表情な怒りを感じる目で貫いてきた。


 思わず悲鳴を漏らしてしまったが、不覚だった。


 その後鬱陶しそうな雰囲気に変わり、逃げて行こうとするので俺は止めに入り、仕方ないので要件を言ってやった。


 勉強しているのに何でわからないんだ。

 やっぱり俺の方が賢いじゃねえか。

 何があいつの方が賢いだ。

 文字が読めるからそう見えるだけだつぅのッ!


 俺の実力を読み取ったのかいつもの柔らかい雰囲気に戻ると俺が言ったことに了承してくれた。

 意外にいい奴じゃねえか。

 今度もう一度子分になるか聞いてやろう。


 そう思ったのは間違いだった。


 その後外に出たんだが、丁度先ほどいた廊下の隣を駆けていこうとしたらあいつが何かしているのを見た。

 ドアの方へゆっくりと近づいて行く姿は歴戦の冒険者がしてくれた『隠形』とか『隠密』とか『隠術』と呼ばれる奴だった。

 だが、冒険者がこそこそしてどうすんだ。

 男は黙って正面からぶつかるもんだ!


 その後隠れて見ていたらドアの端にあいつは隠れた。

 その後はセリカといつも一緒にいるミューが隠れながら出て来た。

 そのために隠れたのだとわかったが、ミューの前で隠れ遂せようなんざ無理な話だ。


 鼻で笑ってやろうと待っていたらその予想は外れ、ミューが逆に驚かされていた。

 俺は驚愕した。

 ミューの可愛い悲鳴にもだが、あいつは意外に強いということにだ。


 これは冒険者のおっさんが言っていた。

 ある程度強いやつは気配を消せるってな。


 その後はセリカに怒られざまあと思ったが、内心イラついていた。


 これでわかった。

 あいつは嘘つきで、悪者で、人の話を聞かず、軟弱者なんだ。

 実力があると思ったのは冒険者のおっさんに言われたからだ。

 長年培った俺の眼からするとあいつは俺の半分も実力がねえ。

 まあ、カードのステータスを視れないのが悔しいぜ!


 あいつは約束を破ったから今度懲らしめてやる。

 それが男の約束だからな!




 俺の目の前にはベンダーと言う子供とその取り巻き達がニヤついて立っている。

 その傍にはセリカが顔を赤くしながら怒っている。

 その真ん中でオロオロとしているのがミューだ。

 俺はそれを庭で見ている。


 何をしているのかと言うとベンダーが約束を破ったからどうのこうの言い始め、言うことを聞かないわるものは懲らしめてやる!

 と、俺に言ってきた。


 その時俺はセリカと片づけをしており、先日間違って怒られた件を謝ってきたのだ。

 ああいうときは俺は自分が悪いと考えるため、セリカに謝られたときは驚いた。

 だが、否定するのもおかしく、真剣に悪いと思っているのが伝わってくるので受け入れる。


 すると野に咲くひまわりのように輝かしい笑みを浮かべてお礼を言ってきた。

 女の子に謝られたのは初めてで謝らせてしまったと少し罪悪感を感じ、女の子と普通に会話できていることに驚いた。


 女の子と話すとこんな気持ちになるんだな。


 そこへベンダー達が来て懲らしめるとか言い、セリカはそれを見て何を想像したのか怒り始め、仕方ないので片づけを終わらせて話を聞くために外へ出たのだ。


「ベンダー! あんたは何を考えているの!」

「何って、約束を破った奴を懲らしめてやるんだよ」

「約束って何! どうせくだらない約束をしたんでしょ!」

「くだらない……ッ!? 俺はお前を……」

「私!? 何を言っているの! あんたの方が迷惑よ!」


 その一言が癇に障ったのかまだマシだったベンダーも頭に血が上り始め、言い合いから乱闘になるんじゃないかと思えるようになってきた。

 ミューは今にも泣きそうなほどオロオロとしている。

 取り巻き達も同様だ。


 俺は関わりたくなかったのだが仕方ないと溜め息を吐き、二人の間に割って入る。


「おい、ベンダー。俺に何のようだ? 約束とは何だ?」


 すると二人はキッと睨んできたが、俺が半分不機嫌になっていることに気が付いたのかびくりと体を震わせた。


 俺は少し怯んでいるベンダーに向けて問い詰める様な視線を向けた。

 だが、二人は黙りこくって何も話そうとしない。

 このままでは無駄な時間だけが流れていくと感じ、俺は目を閉じて踵を返そうとするとこの庭と隣接しているギルドの方から声が聞こえた。


「何をしている。お前達自分の仕事は終わったのか?」


 出て来たのはまだ直接会ったことがなかったが、この冒険者ギルドのギルドマスターをしているロードスというおっさんだった。

 俺はそちらに目を向けるとコクリと頷き、背後から終わったという声が上がるがどうだか。


「じゃあ何の騒ぎだ。少し煩かったぞ」


 そう言ってベンダーを見たのでベンダーは常習犯なのだろう。

 その後に俺を見たのはどうしてだ?


「お、俺は何もしてない! 約束を破ったそいつを懲らしめてやろうと思っただけだ! なのに、セリカがいきなり怒り始めたんだ!」

「は? 何言ってるのよ! あんたが嘘を付くからいけないんでしょ! また、意味の分からない約束でもしたんでしょうが!」


 二人は再びヒートアップして掴み掛ろうとする。

 ロードスは溜め息を吐いて、俺にどういうことなのかという目で見て来た。

 俺からすると二人が嘘をついているようには見えないので、恐らく俺が何かしらの約束をしたのだろう。

 ベンダーと会話をしたのは……あの時だから……ああ、あれね。

 適当に返事をしてたから忘れてたな。


「俺がセリカに近づきすぎているらしい」


 俺がそういうとロードスは意味が分からん、と言う顔をして詳しく言えと言う。

 仕方ないので先日起きたことを詳しく話した。


「はぁ~、下らん」


 目頭を押さえながら腰に手を当てて上を向くとほんとに下らないと言っている。

 確かに下らないが、この歳の子はこういうもんだろう。


「あれか、好きな奴の傍に違う男がいるからイラついているからか?」

「そうだ。だが、気が付いていないぞ」

「そうか。お前は何と返事をしたんだ」

「面倒だったからとりあえず、分かったと」


 俺の返事を聞いて少し呆れるが、「ま、そうだな」と呟いてベンダーに拳骨を落とした。

 ベンダーは突然のことに防御することも出来ず脳天に岩のような拳を振り下ろされ、痛みに涙を浮かべながらロードスを睨み付けるが気圧され俯く。


「お前は何様のつもりだ! 誰が一緒にいようがいいだろうが! 何の権利があってお前は指示を出しているんだ!」

「お、俺は街で一番強い……。だから、俺が命令を出せる」

「はあ? 何を言っている。年下でもお前より強い奴はごまんといる。街で強いとかいうな。お前は冒険者になりたいのだろう? 力を笠に着ている間はずっと半人前、殻の付いたヒヨコだ」


 確かに何を言っているのか分からん。

 それにベンダーが一番強いと言うのは本当なのだろうか?

 まさか、一人に対して皆で戦ったとか言わないよな?


「大体、強いからってなぜ命令できる? 強いのなら仲間を庇え、守れ、絆を確かめ率いろ。命令していいのは自分勝手じゃあない時だ。お前が言っていることは自分の思いをぶつけているだけだ」


 私利私欲で仲間に命令するなと言いたいんだな。

 まあ、そうなれば崩壊するよな、簡単に。


「それでも気に食わないのならソフィアノスと戦え! 強い奴の言うことなら聞けるんだろうが」


 ちょっと待て!

 なぜそうなる?


 俺は慌ててロードスに異を唱える。


「ちょっと待ってくれ。俺は戦わないぞ?」

「ちょっとくらいいいじゃねえか。たかが子供の喧嘩だぞ? お前ももう少し活発に遊べ」


 心配してくれているのは嬉しいが喧嘩を推奨するのはどうかと思うぞ。


「俺のメリットは?」

「そりゃあ、強さを証明できる。もう争い事がなくなる。勝者は敗者に言うことを聞かせられるからな」


 ほほう……。

 それはいいことを聞いたぞ。

 だが、喧嘩とかしたことないし、人を殴るのはちょっと戸惑うな。

 稽古とかならまだいいんだけど……喧嘩はなぁ。


「そう渋るな。お前ならお互いに怪我することなく倒せると思うぞ。ベンダーならあの迷宮を一階層で苦戦する」

「……本当か? 嘘ついていないだろうな」

「ああ、本当だ。お前がしたことの方が信じられん」


 そう言ってロードスは笑った。


 あれ?

 あの迷宮ってそんなに難しかったのか?

 確かにボスはあり得ないほど強かった。

 だけど、雑魚キャラはしっかり見極めれば倒せたぞ?

 初心者であり、混乱していた俺が。


 等と考えているとそれを了承と取ったのかロードスは庭に広さを取らせると俺とベンダーを中心に囲んだ。


 仕方ないと中央まで歩くと背後からミューが話しかけて来た。


「だ、大丈夫?」


 なんだか心配そうだ。

 ああ、あの後のこともあるから自分も関係していると思っているのか。

 可愛い子だな。

 全部俺のせいにしておけばいいのに。


 俺は耳に触らないように頭の前の方を撫で、久しぶりににっこりと微笑んで安心させる。

 まあ。それでも少し目じりが下がり、口角が上がるだけなんだが。


「大丈夫。負けはしない」


 俺がそういうと優しく声を掛けられたことに驚いたのか目を見開いてほんのりと頬を染めた。

 勘違いしてしまうからやめてほしい。


「わかった。応援してる」

「ああ」


 そう言ってミューはセリカの元へ戻った。


「準備はいいか? 目潰し、金的などの急所攻撃はなし。道具の使用禁止。素手で戦うこと。俺が止めるか参ったというまで続ける。いいな?」

「良いぞ!」


 仕方ないとコクリと頷く。

 気力も魔法も使えないのか。

 仕方ないか。


 俺はベンダーに対して徒手空拳の構えを取り、魔物と相対するかのように気迫を込めた。

 するとベンダーはなぜか怯み、ロードスは目を瞬かせた。


 このぐらいこの世界の人なら出来るだろう?

 魔物と一度でも戦えばこのぐらいの気迫になる。

 じゃないと死ぬからな。


「そ、それじゃあ始める。――はじめ!」


 ロードスの声にベンダーが雄叫びを上げながら突っ込んできた。

 俺はそれに対して――。


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