幕間: 伊500潜、大西洋へ進出す
【伊500潜、栢原保親】
無事にパナマ運河攻撃作戦が終了し、安堵していたら、今度は大西洋へ行けときた。
それなりに休暇は取らせてもらったが、軍令部も人使いが荒い。
しかし今回の任務は、高性能な伊500潜にしかできないことだ。
お国のため、もうひと息がんばろうではないか。
「艦長、艦隊司令から出港命令が下されました」
「お、そうか。我が艦の補給は万全だよな?」
「もちろんです」
「ハハハ、先任に対して、愚問だったな。よし、出港しよう」
「了解です。出港準備~」
こうしてミッドウェーから、はるばる南米大陸を回って、アメリカ東海岸を目指す旅が始まった。
なにしろここから南米の南端まででも、1万4千キロあるのだ。
さらに東海岸の北部までも、同じくらいある。
ひと昔前では、考えられんような長距離航海だ。
しかしこの伊500型潜水艦なら、それも不可能ではない。
なにしろ燃料だけなら、2万海里(約3万7千km)分ぐらい積めるからな。
(ちなみに史実の伊400型潜水艦は、37500海里もあった)
おまけに今回は秘密裏に、イギリスから燃料や食料の補給を受けられるのだ。
時間は掛かるが、なんとかなるだろう。
せいぜい敵に見つからんよう、気をつけんとな。
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南米への航海は、順調だった。
もちろん、荒天やちょっとした故障など、トラブルはあった。
しかし荒天は潜ってやり過ごせばいいし、本艦は整備性も良い。
何より居住性に優れる本艦は、乗員たちの士気を保つのも、さほど難しくない。
おかげで大した問題もなく、南米の南端を回りこんで、フォークランド諸島へ到達した。
そこのイギリス基地で補給と休養をすませた我が艦隊は、米東海岸を目指して航海を再開する。
まずはブラジルを回りこんで、さらにアメリカ北部へ向かった。
それは無限に続くかに思われたが、やがてそれも終わる。
とうとうニューヨーク沖へ到達したのだ。
ここまで来ると、さすがに航空機や艦艇による哨戒活動が行われている。
我々はそれに引っかからないよう、息を潜めて散開し、攻撃の時を待った。
やがてアメリカ時間の深夜0時となり、行動を起こす。
「潜望鏡深度へ浮上。到達しだい、潜望鏡とアンテナを展開せよ」
「潜望鏡深度へ浮上~。潜望鏡とアンテナの展開準備~」
目標深度へ到達すると、すぐに潜望鏡と各種アンテナを展開する。
「逆探、電探に感なし」
それを聞いて私も潜望鏡を巡らせ、周囲に艦影がないことを確認した。
「周囲に艦影なし。海面に浮上するぞ。砲術班はすぐに取り掛かれるよう、待機」
「海面に浮上~。砲術班は待機~」
すみやかに海面に浮上すると、私は航海艦橋へ上がる。
新鮮な空気を楽しみながら、周囲の警戒を始めた。
そのうちに本艦の水密格納筒の扉が開かれ、作業員の声が聞こえてくる。
「引き出し、急げ! もたもたしてると、敵さんが来るぞ~!」
すぐに桜花が引き出されてきて、カタパルトにセットされる。
さらに作業員が取りついて、桜花の翼を展開して固定していた。
「翼の固定、完了しました!」
「よし。エンジン点火!」
「エンジン点火!」
すぐさまエンジンに火が入り、ジェットエンジンの甲高い音が響きはじめる。
やがて作業員が避難すると、”桜花、発射”の号令が掛かった。
次の瞬間にカタパルトが作動して、桜花がすごい勢いで撃ち出される。
それはグングンと高度を上げていき、やがて”水平飛行”の号令が掛かる。
すると桜花が水平飛行に移行し、陸地に向けて飛んでいった。
一応、人気のない場所に照準を合わせてはいるが、はたしてどうなるか。
我が艦隊はそれぞれが数十kmの間隔で展開し、デラウェア、ニュージャージー、ニューヨーク州の陸地に向けて桜花を放っていた。
弾頭には焼夷剤が詰めこまれているので、落下地点は火の海になるだろう。
その被害は一体、どれほどのものになるのか?
同時に我が国からは、アメリカ東海岸の攻撃声明が出されることになっている。
遠からず、アメリカ人は東海岸も安全でないことを、思い知るのだろう。
そのうえでどのような反応が起きるのか?
我々は各艦に桜花を、まだ7機も持っている。
当面はアメリカの様子をうかがいながら、桜花を陸地に撃ちこんでいく予定だ。
さっさとアメリカが停戦交渉に応じてくれればよいのだが、そう上手くはいかんだろうなぁ。
我々が日本へ帰り着くのは、いつになることやら。




