47.マーシャル・ロウ
昭和15年(1940年)9月 東京 ”国策検”
帝国海軍はパナマ運河の破壊に成功した後、ハワイや西海岸の通商破壊に勤しんでいた。
さらに伊400型潜水艦をパナマにも派遣し、嫌がらせのように桜花を撃ちこんで、復旧作業の遅延を図った。
しかしこちらは攻撃ポイントが絞られるため、敵の警戒が厳しく、思うような成果は上がっていない。
一方、太平洋側では出番の少ない陸軍であったが、大陸では大忙しだった。
3月から極東に攻め寄せてきたソ連軍を、必死に押し留めているのだ。
元々、ソ連赤軍は極東方面に、50万人を配置していた。
この極東方面軍が中心となって、正統ロシアに侵攻してきたので、極東同盟は緊急動員をかけた。
正統ロシアが20万人でなんとか耐えている間に、日韓から30万人が送られたのだ。
(清国は共産モンゴルとの国境紛争で動けず)
正統ロシアが耐えられたのは、97式中戦車をライセンス生産し、大量に配備していたからだ。
その他の兵器も日本から技術供与されており、装備的にはソ連より優れていた。
それらの優れた装備と、長年そなえてきた防衛戦の準備で、なんとか対抗できたわけだ。
そこに同盟軍が駆けつけてくれたということで、今度は反攻に出ようとしたのだが、そうは問屋がおろさない。
ソ連側も戦力を増強してきたため、またまた不利な状況に陥った。
おかげで今、日本はさらなる動員を掛け、その穴を埋めるために女性や老人が駆り出されている。
まさに総力戦態勢だ。
「陸軍の動員状況は?」
「なんとか20万人に目処がついたところです。引き続き、動員を掛けて最終的に100万を目指します」
「100万人か……国民には負担を掛けるな」
「それでも人口の、1.3%程度です。まだまだ余裕はありますよ。女性や老人も、がんばってくれてますし」
「ああ、私の周りでも、張りきっている人がいるよ」
首相と川島が、そんな話をしている。
実際、人口の1%ちょっとという比率は、それほど高いものでもない。
なにしろ史実の太平洋戦争では初期ですら4%弱、末期には11%を超えていたのだ。
それに比べれば、まだまだかわいいものである。
それでも数十万人の男手が、急に奪われたのだ。
あちこちで不足する労働力として、女性や老人が駆り出されていた。
そのための支援策として、国は以下のようなことをやっている。
1.非熟練者でも働けるよう、製品設計や生産工程を見直す
2.女性が工場で働きやすいよう、オシャレなもんぺを開発して普及
3.冷蔵庫や電気炊飯器の普及、託児所の設置などによる家事負担の軽減
4.安全かつ24時間運行の公共交通機関の整備
基本的に史実のアメリカがやったことのマネだが、なかなか有効に機能していた。
おかげで多少の混乱はあるものの、日本はさほど生産力を落とさずにすんでいる。
これらの施策のいくつかは、清国や正統ロシア、韓国でも採用され、その動員率を高めている。
おかげで3国合計で、100万人以上を絞り出せそうな状況だ。
しかし相手は、畑で兵士が取れると言われるソ連だ。
さらなる増強があると見て、長期戦に備えねばならないだろう。
「ふう……アメリカが早く、講和に応じてくれればいいのだがな」
「相変わらず、音沙汰なしですか?」
「うむ、あれだけ負けておいて、なぜあんなに強気なのだろうな?」
「なまじ、国力が大きすぎるから、引くに引けないんでしょう。実際にあの国の生産力は、凄まじいですからね」
「そうなのだよな。しかし11月には大統領選だ。ルーズベルトはかなり不利だというから、何か変わるかもしれんな」
「ええ、ぜひ変わってほしいですね」
しかしその願いは、思わぬ方向に実現する。
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昭和15年(1940年)11月中旬 東京 ”国策検”
「アメリカで戒厳令が発動されました。大統領選で不正があったとの理由です」
「なんだと?! 本当に不正があったのか?」
「いえ、至極順当な結果だと思いますが」
「ということは、ルーズベルトが?」
「ええ、不正があったことにして、ひっくり返したいのでしょう」
アメリカでは11月5日に、大統領選が実施された。
民主党がルーズベルトを、共和党はウェンデル・ウィルキーを、それぞれ候補に立てて選挙が行われた。
しかし日本に戦争を仕掛けておいて、負けっぱなしのルーズベルトに、人気があるわけがない。
対するウィルキーは、アメリカは日本と講和して、欧州戦線に力を注ぐべきだと主張した。
この主張は西海岸で熱烈に支持され、その他の地域でも多くの支持を得た。
その結果、地滑り的な選挙結果となり、ウィルキーが勝利したのだ。
これでアメリカと講和できるだろうと、喜んだのも束の間。
なんとルーズベルトは、戒厳令を敷いて軍を出動させたのだ。
そして”不正”があった州の投票を調査し、ルーズベルトの票を”新たに見つけ出す”か、”敵の票を無効化する”のだろう。
そのうえでルーズベルトが再選を宣言し、大統領の地位に留まる。
そんなシナリオが透けて見えた。
「それではアメリカは、まだ交渉の席に座らないと?」
「ええ、来年には艦艇が続々と就役しますし、パナマ運河もいずれ復旧されるでしょう」
「どれぐらいの艦艇ができてくるのかね?」
首相に問われ、俺は持っている情報を開陳する。
「おそらく年内に正規空母が1隻。さらに若干小型の軽空母が、来年の半ばまでに6隻。そして巡洋艦や駆逐艦が50隻ほど、就役すると見ています」
「はあ? 空母が7隻? 呆れた生産力だな」
「ええ、そう言うほかありませんね」
正規空母はホーネットで、軽空母はインディペンデンス級だ。
インディペンデンス級は巡洋艦の船体を流用した空母で、搭載機数は50機程度だが、建造期間は短くてすむ。
そんなアメリカの生産力を肯定する俺に、首相が確認してくる。
「しかし負けるつもりはないのだろう?」
「もちろんです。我が軍も空母が増えますし、航空機も新型と入れ替え中ですから」
「ふむ、それならば大敗はしないだろうな。しかし消耗戦に持ちこまれると、こちらはつらいな」
苦しそうな顔をする首相に、川島が提案を持ちかける。
「それですが、陸軍から提案があります」
「それはなんだね?」
「今回の戒厳令は、ルーズベルトの続投を招きますが、それと同時に彼への反発も引き起こしているでしょう」
「うむ、アメリカ人の多くが、不満を抱いているだろうな」
「ええ、そこでかねてから潜ませている諜報員に、内乱を起こさせます」
「内乱だと? そう簡単にできるものかね?」
「決して簡単ではありませんが、以前よりは可能性が出てきました。さらに海軍にも動いてもらうことで、それを促進させたいと思います」
そう言って俺を見る川島に、うなずきを返す。
「参謀総長からの提案は承知しており、こんなこともあろうかと、すでに準備も進んでおります」
「具体的に、どんなことをやるのかね」
「それは――」
その後、俺と川島の提案は受け入れられ、さらなる作戦が決定した。
これが上手くいけば、アメリカを交渉の席に着かせられるかもしれない。
俺たちはなんとしても成功させるため、決行指示を下したのだ。




