幕間: 潜水空母、パナマ沖に奮戦す
私の名は栢原 保親。
海軍中佐であり、今は伊500潜の艦長を務めている。
この伊500型潜水艦とは、我が帝国海軍が生み出した”潜水空母”である。
その内に2機の攻撃機を搭載し、目標近くで浮上すると、その矢を撃ち放つのだ。
従来では考えもつかなかったような、すばらしい艦である。
まさか空母が海中に潜るとはな。
すでに伊400型という、飛行爆弾を運用する潜水艦があるので、全く不可能というわけでもない。
しかし有人の飛行機まで運用するとは、我が大日本帝国の技術力には、驚くばかりだ。
そしてその運用方法を聞くと、たしかに有用である。
それは敵の警戒が厳しい要地まで、潜水艦で攻撃機を運び、その鼻先で発進させるのだ。
飛行爆弾のように撃ちっ放しというわけでなく、確実に当てるべき目標であれば、有人でなければならぬ。
そしてその最有力候補こそが、パナマ運河だ。
それはアメリカの東海岸と西海岸をつなぐ、海上輸送の近道であり、アメリカ艦艇の通路でもある。
もしもこれを破壊できれば、その影響はとんでもないものになるだろう。
もっとも、アメリカはそれを半年から1年で直すというのだから、これまたとんでもない話であるが。
いずれにしろ我らは伊500潜の就役後、パナマ運河の攻撃を想定して、訓練を積み重ねた。
おかげでなんとか手応えを感じつつある頃、とうとう攻撃の命が下ったのだ。
「いよいよ出港か。長い旅になるな、先任」
「ええ、しかしやりがいのある仕事です。なんてったって、パナマ運河を破壊するんですからね」
「しかし命がけだぞ。生きて戻れんかもしれん」
「そんなことは今さらですよ。さあ、行きましょう」
「ああ、出港だ」
こうして俺たちは、ミッドウェー島の基地を出港した。
その後、途中で母艦とも別れ、我々はひたすらパナマ運河を目指す。
昼は主にシュノーケルを出して潜行し、夜は浮上航行だ。
「しかしこのシュノーケルというのは、便利なものですなぁ。潜行していてもエンジンを回せるし、空気も濁りにくい」
「ああ、そうだな。おまけに冷房も効いてるし、昔では考えられん快適さだ」
「昔は蒸し暑くて、往生しましたからなぁ」
「ああ、眠ってる時に、汗が耳に入った時の気持ち悪さときたら、ひどいもんだった」
「ハハハ、そんなこともありましたなぁ」
そんな話を笑ってできるほど、余裕があった。
なにしろこの伊500型潜水艦は、乗員の居住性向上に、大きな努力を払っているのだ。
冷房は効いているし、食料の備蓄量も豊富。
トイレだって水中で使えるし、何より空間が広くていい。
さらに艦の静粛性は高いし、聴音機や電探、逆探も高性能だ。
おかげで敵に見つかりにくいから、航海も順調である。
まさかこれほど上手くいくとはな。
そんな航海を半月ちょっと続けると、ようやくパナマ近海にたどりついた。
「艦長、もうじき目標地点です」
「よし、潜望鏡深度へ浮上。到達後、潜望鏡とアンテナを展開だ」
「了解。潜望鏡深度へ浮上~」
やがて潜望鏡深度に到達すると、各種機器を海上に出して、安全を確認した。
「逆探、電探ともに感なし」
「よし、周囲に艦影もなしっと。海面に浮上するぞ。”晴嵐”の発進を準備せよ」
「海面に浮上~。”晴嵐”発進準備~」
そのまま海面まで浮上すると、航海艦橋に上がって周囲を警戒する。
やがて水密格納筒の扉が開かれ、晴嵐が引き出されてきた。
「エンジン始動!」
「エンジンしど~う」
すかさず搭乗員が乗りこんで、エンジンに火を入れると、快調に回り出す。
これもあらかじめ艦内で油と水を温めて、エンジンに循環させていたおかげだ。
「主翼展開!」
「主翼てんか~い」
折りたたまれていた主翼を、作業員が広げて固定する。
これでもう、発進準備は完了だ。
「発進準備、完了!」
「よ~し、カタパルトよ~い……発進っ!」
晴嵐のエンジンがうなりを上げると同時に、油圧カタパルトが作動し、見事に晴嵐が飛び立った。
そのままグングンと高度を上げていき、旋回飛行に入る。
すぐに2号機が引き出されてきて、同じ作業が繰り返される。
ほんの数分で2機の晴嵐を打ち上げると、彼らは編隊を組んで、パナマ運河へと向かっていった。
作業員が帽子を振りながら、それを見送っている。
「みんな、よくやった。潜行するぞ」
「はっ、潜行準備~!」
慌ただしく艦内に引っこむと、ただちに潜行する。
深度30mに達すると、我々は晴嵐の回収地点へと向かった。
がんばれよ、晴嵐隊。
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「機長、ミラ・フローレス閘門が見えてきました」
「よし、爆弾倉を開け」
「爆弾倉、開きます」
晴嵐の腹が開いて、800kg爆弾の投下準備が完了する。
俺は晴嵐を閘門への爆撃コースに乗せた。
「機長、少し右へ。もうちょい。ヨーソロー」
後席の爆撃手の指示に従い、俺は晴嵐を操作する。
やがて閘門が目の前に迫る寸前。
「爆撃よ~い~、てっ!」
爆撃手の掛け声と共に、機体がフワリと浮き上がる。
すかさず操縦桿を操って、晴嵐を離脱コースへ乗せた。
やがて爆撃手が、大きな声を上げる。
「やりましたっ、機長! 目標に命中です!」
「ああ、良くやった。これで胸を張って帰れるな」
「はい、無事に帰れれば、ですが」
「そこは任せとけよ。飛ばすぞ」
「はい」
俺は針路を海側へ向けると、フルスロットルを掛けた。
なにしろこの晴嵐は、最高で時速560キロも出るシロモノだ。
重たい爆弾を降ろした今なら、下手な戦闘機に追いつかれることはないだろう。
その後、幸いにも大した追撃も受けず、母艦との会合地点へ向かう。
そろそろ会合地点かと思って速度を落とすと、後ろから声が掛かった。
「機長、母艦の電波を捉えました。このまま進んでください」
「了解、よろしく頼むぞ」
爆撃手の案内で進むと、やがて航跡が見えてきた。
母艦がシュノーケルを出して、潜行しているのだ。
やがてこちらの連絡を受けた母艦が、浮上してきた。
「よ~し、不時着するぞ。衝撃に備えろよ」
「はい、お手柔らかに頼みます」
「何回も練習してるから、大丈夫さ」
俺は練習したとおりに、海面への不時着を実行した。
無事に着水すると、すぐに母艦が近寄ってくる。
そして近くまで来ると、縄つきの浮き輪を放ってくれた。
そんな作業員に、俺は訊ねる。
「機体を回収する時間はあるのか?」
「いや、破棄しろとの命令だ」
「そうか……短い間だったが、世話になったな」
俺はそう言いながら、自沈装置のレバーを引く。
すると機体内の浮袋が破れ、早くも機体が沈みはじめた。
俺と爆撃手はそんな晴嵐に別れを告げつつ、母艦に帰還したのだ。
なんともぜいたくな作戦だったが、俺たちはそれを成功させた。
その価値は十分にあったと、思いたいものである。
栢原保親中佐(最終、少将)も有名な潜水艦長ですね。
9隻の商船を沈めた伊10潜の艦長として活躍しました。




