幕間: 海中の放火犯
昭和15年(1940年)6月 ロサンゼルス沖 200キロ地点
私の名は木梨 鷹一。
伊400潜の艦長を務める、海軍少佐だ。
私は今、はるばるアメリカ近海まで来て、火付けをしていた。
「よ~し、潜望鏡深度へ浮上するぞ。到達しだい、アンテナと潜望鏡を展開」
「了解。潜望鏡深度へ浮上~!」
私の指示に従い、伊400潜が浮上を開始する。
潜望鏡深度に到達すると、すかさず電探・逆探のアンテナと、潜望鏡が海上に伸ばされる。
「逆探および、電探に感なし!」
「よし、周囲に艦影もないな。海面に浮上して、”桜花”をぶちかますぞ」
「了解。海面に浮上~。砲術班は配置に付け~!」
艦が海面に浮上すると、乗員たちが慌ただしく動きはじめる。
私もすかさず航海艦橋へ上がり、周囲の警戒に入った。
ちなみに時刻は真夜中で、周囲は満天の星空である。
やがて水密格納筒が開かれると、”桜花”が引き出されてきた。
この”桜花”とは、我が軍が実用化したばかりの新兵器である。
【零式飛行爆弾 ”桜花”】
長さx幅x高さ:7x5x1m
自重 :2.1トン
弾頭重量 :0.8トン
エンジン :空技廠製 ジェットエンジン
最大速度 :毎時650キロ
航続距離 :250km
それはなんと250kmも空を飛ぶ、無人の飛行爆弾だ。
ただし撃ったら制御も何もない、行ってこいな兵器であり、精密な攻撃には向かない。
当初は都市部に向けて撃ちこむ予定だったが、人道的にそれはまずいだろうという話が出てきた。
戦争をしているのに人道も何もないものだが、それならアメリカの山林や農地を、標的にすればいいとなった。
そこで爆薬を焼夷剤に変更した焼夷型が開発され、多数の伊400型潜水艦に積みこまれている。
そして我々はわざわざ太平洋を越えて、放火をしにきているわけだ。
「3号機、設置完了」
「よし、翼を伸ばして固定せよ」
「はっ」
桜花が射出カタパルトに載ると、折りたたまれていた翼を広げて固定する。
それを確認した砲術長が、次の指示を出した。
「翼展開よ~し。エンジン始動~!」
「エンジン始動!」
すぐさまエンジンに火が入り、甲高いジェット音が響きはじめる。
やがてエンジンの状態が安定したところで、発射の指示が出た。
「発射!」
「発射!」
油圧でカタパルトが作動すると、桜花がものすごい勢いで加速する。
そのまま桜花が飛び上がると、それを支えていた台車が分離して、海中に落ちた。
ちょっともったいないが、迅速に発射するには、使い捨てが一番だ。
桜花はグングンと高度を上げ、500mほどの高度に至ると、また砲術長が指示を出した。
「よし、水平飛行に移行!」
「はっ、水平飛行に移行」
作業員の無線操作で、桜花が上昇をやめ、水平飛行に入る。
これ以降はジャイロセンサで高度を維持し、まっすぐ飛ぶだけだ。
双眼鏡で桜花を見送ると、私は時計で発射に掛かった時間を確認した。
「よし、だいぶ早くなったな、砲術長」
「はっ、恐縮であります」
「うん、ご苦労。それでは敵さんが来る前に、とっとと退散することにしよう」
「はっ、潜行準備~!」
すぐに乗員が艦内に引っこむと、潜行を開始する。
深度30mまで潜ると、水平航行に移り、発射現場を脱出した。
「ふう、これでひと安心だな」
「ええ、砲術班もだいぶ手際が良くなってきたんで、安心して見てられますよ」
「最初は手間取って、危うく攻撃されかかったからな」
「あれはヤバかったですね。まあ、敵さんも必死なんでしょうが」
「そうだな。あちらからすれば、俺たちはにっくき放火犯だからな」
「しかし謀略をもって戦争を仕掛けてきたのは、あちらさんですからね。自業自得ですよ」
「そのとおりだ。さて、桜花も撃ち尽くしたことだし、母艦と合流しようか」
「了解です」
その後、敵の哨戒圏を抜けると、我が艦は浮上して母艦へと向かう。
新鮮な空気を吸えるのは、それだけで幸福と感じる。
やがて連絡のついた潜水母艦”迅鯨”と、洋上で合流した。
母艦がここまで出てきてくれるおかげで、我々はミッドウェー島まで戻らなくてすむ。
駆逐艦に守られているとはいえ、敵地の近くまで来てくれる母艦には感謝だ。
「お疲れさまです、木梨艦長」
「やあ、そっちこそ補給任務、ご苦労さん」
迅鯨と接舷した我が艦は、ただちに補給を開始する。
”桜花”や魚雷だけでなく、燃料や食料、日用品など、さまざまなものが艦内に飲みこまれていく。
それを行う乗員たちの顔は明るい。
なにせまた新鮮で美味しい料理が、食べられるのだから。
すると迅鯨の艦長が出てきたので、あいさつをする。
「やあ、佐藤艦長。いつもお世話になります」
「なに、最前線でがんばってる皆さんのためなら、火の中水の中ですよ」
「それは頼もしい。ところでアメリカの状況は、どうなってるか分かりますか?」
「木梨艦長たちのおかげで、大慌てだそうですよ。あちこち山火事になって、右往左往しているようですな」
「それは何よりの知らせです。今後も頑張れますよ」
「ええ、がんばってください。こちらもお呼びとあれば、いつでも駆けつけますから」
「はい、またお願いします」
どうやら我々の活動は、ちゃんと成果を挙げているようだ。
これなら辛い勤務にも、耐えられるというものである。
交替まであと1ヶ月、がんばろうではないか。
木梨鷹一少佐(最終、少将)といえば、空母ワスプを撃沈したことで有名な潜水艦長です。
残念ながら欧州からの帰路で戦死されてますが、本作では放火犯をやってもらいました。
ちなみに伊400型は魚雷も積んでるので、状況に応じて通商破壊もやっている設定です。




