43.ハワイ攻撃作戦
昭和15年(1940年)4月下旬 東京 大本営
ミッドウェイ近海に集結していた我が連合艦隊が、とうとうハワイへ侵攻した。
それは太平洋への進出拠点となる基地を無力化すると同時に、アメリカ艦隊の残存勢力を撃滅するのが目的だった。
第1から第3艦隊までの艨艟たちが、続々と東進していく。
【第1機動艦隊】
司令官:三川軍一中将
戦艦:大和、武蔵、土佐、加賀
空母:鳳翔、祥鳳、瑞鳳、龍鳳(艦戦188、偵察12 計200機)
重巡2隻、軽巡4隻、駆逐艦16隻
【第2機動艦隊】
司令官:角田覚治中将
戦艦:長門、陸奥、榛名
空母:翔鶴、天鶴、蒼龍、(艦戦150、艦攻105機、偵察15 計270機)
重巡2隻、軽巡4隻、駆逐艦16隻
【第3機動艦隊】
司令官:山口多聞中将
戦艦:金剛、比叡、霧島
空母:瑞鶴、仙鶴、飛龍(艦戦150、艦攻105機、偵察15 計270機)
重巡2隻、軽巡4隻、駆逐艦16隻
まず三川中将が直卒する第1艦隊は、ハワイへの最短路を堂々と進み、敵の注意を引きつける役割だ。
連合艦隊の司令長官みずからが囮になることは、海軍内でも問題視された。
しかし司令長官が指揮するからこそ、本隊に見られやすいという理由で、三川中将が押し切った。
実に勇敢な決断である。
第2、第3艦隊はそれから少し遅れ、最短航路を迂回してひっそりとハワイへ近づく。
そして全艦隊による攻撃隊が、ハワイを空襲するのだ。
おそらくその過程で、第1艦隊はアメリカ軍に位置を知られ、攻撃を受けるだろう。
しかしそれをあえて受け、弱体化したと思わせることで、敵艦隊を釣り出すのだ。
そのために第1艦隊の護衛戦力は最も厚くし、第2、第3からも戦闘機を差し向ける。
もちろん第1艦隊が手ひどくやられる恐れはあるが、試す価値はあると見ていた。
まさに肉を切らせて骨を断つ、そんな戦法だ。
はたしてどこまで上手くいくだろうか?
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結果的に、作戦はおおむね成功した。
しかしその引き換えに、日本も大きな犠牲を払うこととなる。
まず連合艦隊は、ハワイの北西400kmの位置から、攻撃隊を放った。
それは艦戦400機、鑑偵10機から成る、大部隊である。
まずは制空権を得るため、戦闘機を送り出したのだが、敵の数も尋常でなかった。
なんと500機近い戦闘機が、ハワイ上空で待ち受けていたのだ。
それはF2A、F4F、P34、P40など、97艦戦には劣る機体だったが、数の優位は侮れない。
そのうえアメリカ軍は、ハワイ各地に強力なレーダー網を敷いており、早くから襲撃は察知されていた。
それに加えて無線機で指示が出され、組織的な迎撃態勢も整っていた。
この辺、アメリカの学習能力というのは、大したものである。
結果として日本は、敵戦闘機の大部分を無力化したものの、100機以上が墜落もしくは帰投後破棄となった。
それだけでなく、アメリカも反撃をしてきた。
すでにおおよその位置がばれつつあった第1艦隊に、アメリカ軍はありったけの爆撃機を繰り出したのだ。
一体、どこに隠していたのかと思うほどの、B17やTBD、SBDが、戦闘機と共に飛来する。
それを迎え撃つのは、4隻の戦艦を基幹とする護衛艦艇と、多数の97艦戦だった。
中にはハワイから帰投し、補給を終えたばかりの機体もいる。
そのうえで大和を始めとする護衛艦と、直掩隊は死力を尽くした。
しかし300機を超える敵編隊の攻撃は、さすがに防ぎきれなかった。
いかに味方がレーダー連動の近接信管を使っていても、全てを討ち取ることなどできない話だ。
さらに五月雨式に飛来する敵機が、ちょっとした迎撃の隙をついて、空母に爆弾や魚雷を叩きつけてくる。
その結果、防御の脆弱な改装空母の祥鳳、瑞鳳、龍鳳が沈没し、鳳翔も大破してしまう。
戦艦や補助艦艇にも、それなりの被害が出ていた。
ここに第1艦隊は、その航空戦力を喪失したのだ。
ある程度、覚悟していたとはいえ、これは痛かった。
しかしこれには、人命を優先した弊害もあったのだ。
まだ頑張れば救えたかもしれないのに、早めに退艦命令が出ていたからだ。
元々、避難の手はずを整えていたのもあって、空母と運命を共にした将兵は、その被害の割に少ない。
しかし結果的にそれは艦を早く見捨てることとなり、3空母喪失という結果になってしまう。
もう少し粘っていれば、救えたかもしれないという声は、後々まで残ることとなった。
一方、第1艦隊の空母をほぼ全滅させた、アメリカ攻撃隊の生き残りは、意気揚々と帰っていった。
その多くが傷ついていたとはいえ、初めて日本艦隊に痛撃を与えたのだ。
その情報はただちにハワイへもたらされ、アメリカ軍人たちを大喜びさせた。
そして日本の空母部隊が大打撃を受けたとみなした米海軍は、ハワイ近海にいた戦艦群を送り出す。
それはモンタナ級やサウスダコタ級のみならず、ハワイに残っていた旧型戦艦を含むほぼ全ての艦だった。
戦艦だけで15隻にもなる艦隊は、唯一の空母ワスプを伴い、日本艦隊に迫る。
そしていまだに救助作業に勤しんでいた第1艦隊に、襲いかかろうとしたのだが、その前に予想外の攻撃を受けた。
第2、第3艦隊から放たれた攻撃隊が、襲来したのだ。
それは艦戦200機、艦攻210機、艦偵10機からなる大部隊であり、艦戦の半分は爆装している。
そんな彼らが、アメリカ太平洋艦隊に襲いかかった。
すかさずワスプから飛び立ったF4Fが迎撃に当たったものの、すぐに97艦戦に叩き落されてしまう。
次に出てきたのは、誘導魚雷を抱える流星だった。
彼らはそれぞれに狙いを定め、誘導魚雷を放っていく。
それは多少の重複はあったものの、多くの米艦艇のスクリューを破壊した。
そこで行き足の鈍った艦艇には、97艦戦が60kg爆弾を投下する。
さらに艦戦による銃撃もたっぷりと浴び、アメリカ艦艇は上部構造物に少なくない損傷をこうむった。
特に念入りに魚雷を叩き込まれたワスプは、早々に航行能力を失い、炎上していた。
航空部隊はこれで立ち去ったが、アメリカ艦隊の悲劇はこれで終わらない。
第1から第3までの艦隊から切り離された戦艦、巡洋艦、駆逐艦の群れが、襲いかかったのだ。
すでにアメリカの戦艦群は、空襲によって大なり小なりの損傷を受けている。
おまけにほとんどの戦艦は艦尾に魚雷を受けており、最大速度が半分以下になっていた。
そこに30ノット以上を誇る日本艦隊が、牙をむく。
ここに日米戦艦部隊による、初めての殴り合いが発生した。
これにアメリカ艦隊が、やられてはならじと必死で反撃する。
モンタナ級の18インチ砲が、サウスダコタ級とコロラド級の16インチ砲が、そしてその他の14インチ砲がそれぞれ火を噴いた。
一方、大和、武蔵を先頭にした日本艦隊は、16インチ砲のみで統制された射撃で対抗する。
その結果、すでに航空攻撃で損傷していたアメリカ戦艦は、短時間のうちに集中打を受け、次々と脱落していった。
さらに接近してきた巡洋艦と駆逐艦から、魚雷が放たれ、被害はさらに拡大する。
事ここに至って、アメリカ海軍の司令官は降伏を決断し、ハワイ沖海戦は終了した。
帝国軍も大きな犠牲を払ったが、アメリカ太平洋艦隊はここに壊滅したのである。




