41.ソ連の参戦
昭和15年(1940年)3月下旬 東京 ”国策検”
マリアナ沖海戦の終了後、日本はグアムを占領し、フィリピンも主要都市を制圧した。
アメリカ軍と一部のフィリピン軍は、予想どおりにコレヒドール要塞に籠城し、抵抗を続けている。
しかし帝国軍は無理に攻めず、敵軍をコレヒドールに押しこめたままで、マニラに親日政権を樹立した。
そして親日政権に協力する形で、徐々にフィリピンの支配地域を拡大している。
元々、陸軍の謀略課が、フィリピン各地に反米勢力を育てていたため、その勢力は日増しに成長している状況だ。
一方、海軍はウェーク島とミッドウェー島に艦隊を派遣し、両島も制圧していた。
さらに潜水艦部隊を展開し、周辺の通商破壊作戦を始めている。
それから日本海、東シナ海、南シナ海に通じる海峡への、機雷堰敷設も完了していた。
さらにバシー海峡を監視することで、3つの海はほぼ内海化され、アメリカ潜水艦の侵入を阻んでいる。
これに定期的なパトロールや護送船団を組み合わせれば、日本への資源輸送経路は確保され、少々の長期戦にも対応できるだろう。
そんな長期戦の準備が整う一方で、大陸側にもまた動きがあった。
「ソ連が侵攻してきたというのは、本当かね?」
「はい、ソ連赤軍が正統ロシアに侵攻すると同時に、共産モンゴル軍も清の西部に攻撃を仕掛けました。その数およそ50万人と見られます」
「50万か……戦況はどうなのかね?」
「元々、イルクーツクへの兵力増強はつかんでいたので、正統ロシア軍だけで対抗できています。ウラン・ウデは取られましたが、それも作戦のうちです」
「そうか」
春の訪れに先立って、とうとうソ連が極東の地に攻めてきたのだ。
マリアナ沖海戦の後、おそらくアメリカとソ連の間で、密約が成立したのだろう。
にわかにイルクーツクの兵力が増強され始め、侵攻は時間の問題だった。
そしてとうとうソ連軍がイルクーツクから押し出してきて、ウラン・ウデを制圧してしまう。
しかしそれも事前の想定どおりで、正統ロシア軍はチタの守りを固めていた。
一方の共産モンゴル軍も、清国北部に押し寄せ、国境付近で戦闘が始まっていた。
ただしこちらはそれほど数が多くないので、大きく国境を越えることはないようだ。
この事態を受けて、清国、正統ロシア大公国と防衛同盟を結ぶ日本と韓国は、ただちに参戦を表明。
日本はとりあえず10個師団を送るのと並行して、国内で大規模動員と新たな師団編成が進んでいる。
そんな状況について、臨時で開かれた”国策検”で、首相が川島の説明を受けていた。
やがて廣田首相が、懸念を示す。
「大陸方面は支えきれるかな? なにしろソ連軍は、1千万人を動員可能というじゃないか」
「我が国だけでは困難でしょうが、日韓清露で力を合わせれば、十分に可能と信じます。この日のために、さんざん準備はしていますし」
「本当にそうなら、いいのだがな」
ちなみに極東同盟とソ連の人口を比較すると、こんな感じになる。
日本 : 7600万人
清国 : 4000万人
正統ロシア: 1600万人
大韓帝国 : 2300万人
同盟合計 :1億5500万人
ソ連 :1億5400万人
一見すると人口は拮抗しているようだが、同盟側は国内の状況を考えると、それほど多くは動員できない。
むしろ人権が極度に軽いソ連の方が、はるかに多く動員できるだろう。
実際に史実の第2次大戦では、1500万から2千万人を動員したという。
この世界では正統ロシアが分かれ、いまだに人口流出が続いているとしても、その動員力は脅威なのだ。
(ちなみに中華民国から清国へも、人口流出は続いている)
首相が今度は、俺に問いかける。
「アメリカ軍の動きはどうだね?」
「は、太平洋艦隊は、パールハーバーに引っこんだままです。その代わりに潜水艦が日本近海に進出してきていますが、すでに拠点は潰していますので、被害は抑えられています」
「ふうむ、しかしこのまま、大人しくしてはいないだろう。ルーズベルトやアメリカ海軍は、ずいぶんと批判されてるそうじゃないか」
「ええ、国内向けの人気取りとして、何か仕掛けてくる可能性はありますね」
前のマリアナ沖海戦で、アメリカは5隻の空母に5隻の巡洋艦、そして20隻の駆逐艦を撃沈された。
(アメリカ軍が自沈させたものも含む)
そして戦場で救助作業をしていた3隻の巡洋艦と、10隻の駆逐艦を拿捕している。
さらにグアム攻略を含めた戦闘の結果、アメリカ将兵は約2万人が死亡し、1万人を超える生存者が捕虜となった。
つまりアメリカは、いきなり3万人以上の将兵を失ったわけで、政府は大顰蹙をかっていた。
ただしアメリカ政府は、公式にはその半分程度の被害しか公表せず、さらに日本海軍にも大きな被害を与えたと言い張っている。
しかし日本の公式発表と、陸軍の諜報網からのリークで、アメリカ国民はそれを疑っているのが実情だ。
なのでアメリカ海軍が、なんらかの成果を欲しているのは間違いないだろう。
「どんな攻撃が考えられるかね?」
「そうですね。もしも空母が残っていれば、決死隊による日本本土への爆撃が考えられますが、空母は全滅しました。後は潜水艦や巡洋艦による、日本領土への攻撃ですが、要地には警戒網を張り巡らしているので、これも困難でしょう」
「なるほど。しかしマーシャルなどは、危ないのではないかね?」
「それは仕方ありません。絶対国防圏より南は、とても手が回りませんから」
今世でも日本は、マリアナ、ヤップ、パラオ以北を絶対国防圏に設定していた。
そしてそれ以南のトラック島やマーシャル諸島には、最低限の偵察部隊のみを置き、現地人も避難させている。
仮にアメリカ軍が攻めてきても、偵察部隊にはさっさと撤退するよう、指示していた。
「いずれにしろ、警戒は怠りません。そして大和、武蔵、天鶴、仙鶴の訓練が終了した時点で、我々はハワイへ侵攻します」
「うむ、ハワイを潰したうえで、西海岸に圧力を掛けるのだな。上手くいくといいのだが……」
「その辺は、我々にお任せください。首相と外相は引き続き、停戦交渉の糸口を探ってください」
「ああ、もちろんだ。しかし当面は、なんともなりそうにないがね」
「それでも呼びかけはお願いします」
実際問題、日米の戦争はまだ始まったばかりなのだ。
アメリカに音を上げさせるには、さらなる行動が必要だった。




