革命の嵐 その二
パリの町ではバリケードが張られ、王党派に対する攻撃も始まろうとしていた。
「だが殺しは愚かな行為だろう」
と、かの文豪ゲーテ男爵も言うように、革命を反対する人物もまた多かった。
だがそれは、貴族に限ってなのであって、国民軍はみな正義をかざし、また死してなお意志を貫こうと互いに誓い合うのだった。
ゲーテのように革命を鼻で笑うものもいた。
だが、不満が不満を呼び、不条理な制度が招いた結果だった。
「聖職者など、なにもわかってはいない!」
と言う怒りの声ですら、貴族は誰も聞く耳を持たなかったのである。
実際には、王党派と違い、貧しい庶民には銃剣もたりず、今のように防弾チョッキもない当時、犠牲者は増え続けた。
激しく乱射する町の中で、できあがったものがカタコンブであり、それは見るものが想うことは、たったひとつ、おぞましいと言える光景であった。
マリユスはカタコンブの中をのぞき込んで、
「ああ、俺もこの中に入るんだろうか・・・・・・」
とガックリ肩を落とす。
墓におさめるにはとてもじゃないが、(犠牲者の数は)多すぎたのだ。
カタコンブはマンホール(防空壕?)のような穴を掘り、その中へ死体を放り込んでいき、現在では壁がすべてが遺骨でできているという。
――俺は、いやだ。死ぬなんてイヤだ。でも国の方針だけは、なんとしても変えてやる!
革命派をめざすものの多くは、共和制と呼ばれ、信念を貫く熱意のある若者が多かった。
「共和制など、撲滅してしまえ」
王党派の代表者、ピエロ=モンスィユは共和制嫌いだった。
「ふん、どうせクズどもじゃないか。武器もろくにないし、わざわざ死にたいといっている自殺者も同然」
脂ぎった肌、肥え太ったその身体を見れば一目瞭然、ピエロがどんな生活をしているかわかるだろう。
税金を巻き上げ、アンシャンレジームをありがたがる、ピエロたち役人。
「今のままこの生活が続いてくれたら、ありがたいのだがねぇ」
今日も役人どもの高笑いが、役所内で響く。
ところで、マリユスには恋人があった。
ロロット、とその娘は言った。
ロロットは献身的にマリユスを愛し、結婚すら誓っていたのに、運悪くピエロに見初められてしまった。
というのも、一年前、ピエロのスカーフを拾って渡してしまったことが敗因であった。
ピエロはそれから、幾度となくロロットに会い、マリユスの存在に気づくと、即座に彼を消したがった。
「あいつを殺すいい方法はないか」
ピエロが言うと、秘書が、
「あいつは共和制です。先生、運命の女神はこちらに微笑んでいるかと」
「なるほど」
ふん、とピエロは悪巧みを思いつく。
「いやだ、あのおっさん、また来てる」
ロロットはマリユスの間借りしている屋根裏部屋で、朝を迎えていた。
窓から覗くと、霜の降りた路上でピエロがアパートの前を右往左往しているのが見える。
「あいつ、どうやってつきとめたんだ?」
マリユスは眉間にしわを寄せた。
「追い払ってやる」
マリユスが服を身につけて外へでようとするのを、ロロットが拒んだ。
「だめ。あいつ、お役人なの。今あなたがでていけば、殺されるわ」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ。黙って泣き寝入りして、もしかしたら幸せになれそうだってのに、捨てろと言うのかい!?」
「そうは言ってないけど・・・・・・。あなたが共和制だってコト、なぜかあいつ知っていたわ」
「なんだと?」
マリユスはなおいっそう険しい表情をする。
ロロットはひらめいたようにこういった。
「ねえ私に任せて。あなたを殺したくないの」
「ロロット・・・・・・」
ロロットはマリユスに抱きついて、唇を重ねた。
「待ってて。すぐ戻るから」
けれども、ロロットはピエロに拉致されたまま戻らず、そればかりか、ピエロはロロットが自害したと言って、死骸をマリユスに送りつけてきた。
そして悲しみ、復讐を誓い、銃剣を握ってなぐり込んできたマリユスのことを、ピエロはようやく殺すチャンスがめぐってきたとほくそ笑んだ。
「ロロットに何をしたんだ! さあ言え!」
「おやおや。それは誤解ですねえ。でもね、ワシはあんたを待っていたんだよ。あんた・・・・・・共和制だね」
「それがどうした! 俺たち国民は、貴様らのようなブタになんぞ、負けやしねえぞ!」
マリユスは銃口をピエロに向けた。
抵抗する意志もなくあざ笑うピエロ。
「ほっほほ。さようですか。・・・・・・ブタね。――消えろ!」
ピエロが命じると、部屋に隠れていた数人の銃をもった男どもが、一斉射撃を繰り出し、マリユスはあっけなく蜂の巣になって、鮮血を吹き出し倒れた。
「バカな小僧だ、たかが娘ひとり犯したくらいで。共和制などひねりつぶす。貴様らクズなど木っ端みじんで吹き飛ばすわ!」
ピエロはマリユスの死骸に足を乗せ、蹴り飛ばす。
マリユスは死んでも死にきれないと、死してなおピエロに対する復讐を誓った。
「そうか。あいつをどうにかしたいか」
と言う声に反応し、マリユスの魂は振り返った。
そこにはジンが微笑みながら立っていた。
「俺はジン。ピエロね。あいつはやっかいだな。俺が力を貸してやるから、もっと探ってみないか」
と、ジンが言った。
「探るって何を?」
「これさ・・・・・・」
ジンは例のパズルをマリユスに覗かせ、さらに過去へさかのぼっていく・・・・・・。
さらに過去へ――。
次の時代はどこでしょう・・・・・・。




