82話 釈明
私は引き続き内政状況の確認を。歳三は後ろの棚から見つけた軍事関係の書類を目に通していた。
その時、この狭苦しい部屋に入り切らないほどの人間が押し寄せてきた。
「あ、あなたがレオ=ウィルフリード様ですが……?」
「……そうだ、と言ったらどうする?」
私は咄嗟に剣の柄に手をかけた。
歳三も鍔を親指で押し開け、数センチ抜かれた刀が妖しく輝いていた。
「お話したいことがあるのです!どうか僅かばかりの時間を私どもに頂けませんか!」
「……良いだろう。ただ場所を変えようか。ここは手狭過ぎるのでな」
警戒を緩めず、私たちは応接間らしき場所へと移動した。
大した来客もないだろうに、無駄に凝った内装だ。
「それで、用件はなんだ?いや、そもそもお前たちは何者だ」
「わ、私はハンと申します!」
「私は───」
「名前を聞いているのではない。第一覚えきれるかこの人数。身分と用件を端的に伝えろ」
怯えた表情で、餌を待つ小鳥のようにワーワー騒がれては収集がつかない。
私は彼らを宥めつつ、ゆっくりと話す。
「申し訳ございません……。代表して私から、レオ様にお願いがあるのです」
どうやらハンと名乗った彼がこの集団のリーダーのようだ。
「続けろ」
「か、簡潔に申しますと、私はファリアの元兵士長でした」
「───ッ!離れろレオ!」
歳三は左手で私を抑え奥にやり、右手には抜き身の刀が握られていた。
相手が軍人なら、一瞬たりとも気は抜けない。
「あぁそんな!物騒な物はしまってください!私たちは武器など持っていません!」
「ふん、どうだかな……!」
不穏な空気が辺りを覆い、私の額にもじんわりと汗が浮かんできた。
「私たちは延命の懇願に来たのです!」
「延命だと……?」
「どうか腰を落ち着かせて話を聞いてくださいませんか……!」
「……ふぅ。歳三、私たちには対話が必要のようだ」
「チッ!魔法のあるこの世界では常に飛び道具の危険を考えねェといけねェ。できるだけ離れて座れ」
「仰せのままに……」
私が上座に座り、ハンはその対角線上に座った。他の人間は入口の辺りで立ってこちらを見ている。
「順序立てて話を進めよう。何故お前は兵士長という立場でありながら自由の身なのだ?それに見たところ怪我一つないが、本当にあの戦場にいたのか?」
バルン=ファリア一族郎党は即刻処刑された。
軍関係者も恐らくはそのほとんどが戦死。または捕虜として捕らえられているはずだ。
「はい。私はウィルフリードへ向かう軍には参加していません……。と言うのも、”元“兵士長になったのはあの戦いの前なのです」
「ん……?」
「ええと……、私は領主様のウィルフリード攻めに反対したのです。それで兵士長の任を解かれ地下牢に入れられていました……。そこを皇都からの派遣隊によって救い出されたのです」
「なるほど。事情は分かった。それで延命とは?」
「はい……。ここに居る者は、街の各部門での責任者です。……直接的な表現をするなら、先のウィルフリード侵攻の片棒を担いだ人間なのです。……しかし、民たち全員がそうであったのではありません!どうか我々の命に変えて、罪なき人々への処罰を取りやめては頂けませんか!」
ハンがドゴンと鈍い音を立てて頭を机に打ち付けた。それと同時に後ろの、各部門の責任者とやらも、全員が土下座をした。
「いや君たちの論理は分かったが───」
「何卒ッ!!!」
再びハンは頭を叩きつける。机にはじんわりと血の跡が広がる。
「いや……、あー、……私がいつ民衆を罰すると言った?」
「……は?」
「私ははなからそのようなことをするつもりはない。これから治めるべき民を、自らの手で殺してどうする」
「…………!」
額に血を滲ませたハンが顔を上げた。
「特にハン。君は戦いに反対したのだろう?そのような人を殺す道理はないだろう。……まったく、バルン=ファリアがどのような法形態で統治していたのか伺えるな……」
私はボソリと、ため息混じりに呟かずにはいられなかった。
責任者たちも立ち上がり、顔を見合わせている。
命を捨てる覚悟を決めていただけに、肩透かしをくらいポカンと間抜けな表情をしていた。
「ふふ……、君たちが街の人々を思う気持ち、しかと受け取ったよ。多少の調査の後で問題なければ、引き続き君たちにはある程度の役職に着いてもらおう。詳しくは孔明というこちらの担当者が到着してから彼と話してくれ」
「は、はい……!」
「用件はそれだけか?レオは忙しいんだ。用が済んだなら帰ってもらうぜ」
鬼の歳三もこれには憐れみの表情を向け、刀をしまっていた。
「明日の昼過ぎにまた集まってくれ。詳しくはそこで頼む」
「はいッ!了解しました!失礼します!」
ハンは机と額の血をハンカチで拭うと、皆を連れ部屋から出ていった。
「警備は流石にまだガバガバみたいだな。きちんと割り振りが決まるまでは、歳三、頼んだぞ」
「ああ勿論だ。……しっかし、あれが孔明の言っていた「仁義の政治」だとか「王道」ってやつか?」
歳三はいつものようにニヤリと笑いそう言う。
「そうだ。……と言いたいところだがな。実際は単純に人材不足であること。そして、彼らを殺せば彼らの部下や家族、友人から憎しみを買うことになり政治に悪影響だから。そんな打算の末の結論だよ……」
ある意味“帝国”とは、「逆らう者は殺せ」「欲しいものは奪え」というのが行動の基本原理なのだ。
そんな国で生まれ育てば、あのような思考の持ち主にもなるだろう。
しかし私は根は日本人。死はやはり忌み嫌うし、近代の価値観も持ち合わせている。
そして何より、最も合理的選択をすべき領主という立場なのだ。非論理的な考えは改善するべきだろう。
「ま、そうだとしても、何よりレオ自身がそう選んだってのが大切だぜ。流石はこの大陸の覇者になる男ってか?」
歳三はもはや笑う顔を隠そうともせず、クククと笑い声を漏らしながらを上げながらニタニタとこちらを見てきた。
「大陸どころか、この街の平和すら危うい所だがな……」




