81話 新天地
何処までも広がる広大な田畑。遠くに見える秋の嶺から流れる清流が、優しく街を抱くように流れる。
ファリアの街は要塞都市ウィルフリードと違い、城壁などがなく見通しがいい。
人口は一万人に満たない程度と、ウィルフリードの半分以下であるため街もそれなりの大きさだ。
低い木製の塀で囲まれた外周の一部分が、小さな門となっており、その左右には物見櫓が建っていた。
当然バリスタのような防衛兵器も存在しない。
魔物やモンスターから街を守るための最小限の備えしかないようだ。
外からは中の様子を伺うことができ、門にはちゃんと兵士がついているのが分かる。
私はそこに馬を寄せる。
「───私はレオ=ウィルフリード!先日ここファリアの領主としての任を受けた!門を開けよ!」
私がそう叫ぶとすぐに門が開かれた。
「……身分を証明できるものはお持ちですか?」
門番は怪訝そうに私を見る。
確かに、いきなり「俺が領主だ!」だなんて奴が現れれば怪しいことこの上ないだろう。
「あぁ。これを───」
私はサドルバッグから、例の証書を取り出し彼に手渡した。
「…………こ、これは失礼しました!」
皇帝の印が施されたその書面を見ると、彼の態度も一変した。
「ん?君は皇都の兵士か」
「は!そうであります!」
鎧の胸元にあしらわれた紋章がファリアのものではなかったのですぐに気がついた。
「現在ファリアは皇都より派遣された鎮圧部隊の一部がそのまま在留し、暫定的に街の運営を行っております!」
「なるほど。では君の責任者に私が来たことを伝えてくれるかな?一々説明するのも面倒だ」
「は!すぐに行って参ります!」
「頼んだよ」
走り去る門番の背中を見送りながら私たちは馬から降り、彼が上官へ私たちの到着を伝えてくるのを待った。
その間することもなく、ぼけっと街を眺めていたが、異様なまでに人通りが少ない。
農業都市らしく、辺りの農村への人口が集中しているのだろうか。
程なくして門番の彼は、数名の人間を連れて戻ってきた。
「……こんにちはレオ=ウィルフリード様。私は一時的にこの街を預かっているケールと申します。大変恐縮ですが、もう一度直接私の目でその書状を確認させて頂けますか?」
「ああ」
「───これは!た、確かに!……ではこれで私たちの任務は終了とさせて頂きます!……あ、そうです!この街の基本的な情報を私たちの方でまとめておいたので、是非ご活用ください!」
「そうか。それは助かるな」
「この道を進んだ先にバルン=ファリアの屋敷があります。そこに担当の者も居るので詳しくはそちらから……。───よし!総員帰還準備だ!」
「は!」
「では、私どもはこれで……!」
「うむ。ありがとう」
バナンは忙しなく私たちの前を去っていった。
なんとも実感が湧かないが、今この瞬間、私がファリアの実質的な支配を握ったらしい。
「ま、行って見りゃ分かるぜ」
「そうだな」
私たちは馬の手網を引き、街の中心へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
異常なまでに人と出会わない以外は、特に問題なく街を歩けた。
てっきり戦死した兵士の遺族から罵声を浴びせられるぐらいの覚悟はして来ていたのだが……。
「ここがそうか」
「意外と大きいですね……」
「おいタリオ、別にお前が住む訳じゃねェぜ?」
歳三はニヤリと笑う。
実際、屋敷は新しい建物でとても綺麗だった。更には小さな庭まで付いていて、街の中で間違いなく一番豪華な建築物である。
「分かってますよっ……!」
「まぁまぁ。……タリオ、お前は後ろの兵士たちを兵舎まで連れて行け。多分あの建物がそうだろう。とりあえず皆休ませるんだ」
「了解です」
「歳三は私と一緒に来てくれ。護衛だ」
「おう」
こうして私たちは二手に別れた。
早急に対処すべきは住むところだ。兵舎に十分な空きがなければ、住居の建築等も考慮しなければならない。後から歩兵部隊も到着するのだから。
その意味も込めてタリオたちは一度兵舎へ送る。
そして私は私でできることを一つづつ進めていく。
屋敷の中は、ファリアの税収には見合わない程の装飾が散りばめられていた。
帝国の穀倉地帯としてそれなりに裕福ではある地域だろうが、それ以上にバルンの趣味が露呈している。
「───あ、貴方がレオ=ウィルフリード様ですか!?」
そんな風に私が屋敷の内装を眺めていると、眼鏡をかけた一人の若い男が出てきた。
歳三は体を傾け、相手から見えないようにそっと刀に手を掛ける。
「……ああ、そうだ。君は?」
「ケール隊長から指示を受けています!私は内務担当のサリーです!資料のご用意ができています!」
「君がそうか。……細かいことは孔明とシズネさんに任せる。確認だけさせて貰おう」
私が歳三に目配せをすると、刀から手を外しはせずに私のすぐ後ろに従った。
サリーに案内されるまま、私たちは小さな一室へ連れていかれた。
「ここは?」
「ここがファリアの政務室です……。お、おかしいですよね……」
この部屋に来るまでにいくつもの大きな部屋が見えた。中には骨董品の展示やらがあったが、バルンはここを博物館か何かと勘違いしていたのか?
屋敷とは領主の邸宅であると同時に、街の政治の中枢なのだ。それがこの体たらくとはなんとも情けない。
後であのゴミの山を片付けて、宝石より価値のあるこの情報の詰まった書類をあの部屋へ移そう。
「説明は夕刻に到着する予定のこちらの担当者にお願いしたい。他の兵士と違い君は帰るのが遅くなってしまうが構わないか?」
「貴族様のご命令に逆らうことはできません!」
「いや、まぁ、そうかもしれんが……。悪いな」
領主としての威厳的なものを醸し出すために、知らない内に私は少し鼻につく物言いをしてしまっているのかもしれない。
だが事実、一兵卒のことを無闇に気にかけても仕方が無いので、私は硬い木の椅子に腰掛け書類に目を通す。
何気なく手に取った一枚の紙が私の目を奪った。『人口6754』と書かれた上に、二重線が引かれ、『5271』と書かれている。
それが何を意味するか、すぐに分かった。
それは先の戦いによる戦死者分の人口の減少だ。
これから皇都への厳しい上納金の為に、鉱山開発などに勤しもうと考えていたが、これ程の労働力の喪失は私の計画に支障が及ぶのは明らかだった。
せめてもの救いは、相変わらずファリアでの果物やらの嗜好品的食料の生産額がそれなりにあったことだ。
「先が思いやられるな……」
私はため息を抑えることもできなかった。




