79話 巣立ち
結局昨日の夜はヘクセルたちの歓迎と私の領主就任の祝いで小さなパーティを開いた。
だが、こうして改まった場を開かれる度に、ここを旅立つ時が来たのだと実感させられ胸が詰まる。
そして今日は、私がファリアへ向かう準備をしている。明日の朝一番でファリアへ向かうことになったのだ。
ファリアはここから単騎で半日、荷馬車では丸一日かかる。
そこでまず私と歳三、及び数名の護衛のみでファリアへ赴き、後から荷物を運んでもらうことにした。
孔明は馬に乗れないので荷物と一緒に運ばれる。
───私はもう乗れるぞ!
「おいレオ、これはどうするんだ?」
「ああ、そこに入れといてくれ。そっちの箱にまとめてる」
朝からこうして、歳三が荷造りを手伝いに屋敷に来てくれている。
と言うのも、歳三は兵舎で暮らしていて、刀以外にこれといった持ち物もないからだ。
……女関係も持ち越さないでくれると助かるが。
「レオ様!兵士の選抜完了しました!いやぁ、ファリア戦でレオ様の指揮の下戦った兵は皆レオ様と共に行きたいと意気込んでおりましたよ!」
「そ、そうか……。それは頼もしいな」
かつて殺しあった仲だというのにそれでいいのだろうか……。
いや、この殺伐とした世界。自分で言うのもなんだが、より良い君主に出会うというのは何もよりも有難いことなのだ。
それはファリアという暴走した狂気を相手にした彼らが一番分かっているのだろう。
ファリアの兵士はただ上官の命令に従ったに過ぎない。そしてその上官も領主であるバルンの命令で動いただけだ。
結果として彼らは逆賊として骨を埋めることになったのだが。
「それでは、この決定をウルツ様まで届けてまいります!」
「頼んだ。……タリオ、お前も来てくれるよな?」
「もちろんです!!!」
タリオが部屋を飛び出ると、今度は入れ替わりで孔明がやってきた。
「それでは私はできるだけの知識を頭に叩き込んで参ります」
「うん。あっちにも書籍ぐらいあると思うが、ここまでの蔵書量は中々ないだろうからな。どうしても読み切れないものがあれば母上に相談してくれ」
「かしこまりました」
孔明もまだこちらに来たばかりで、持ち物もほとんどない。ファリアではヘクセルらの研究室と同じく、孔明の為の庵も作ってやろうと思っている。
「───っと、よし!昼飯を食ってまた午後からにしようぜ。俺ももうヘトヘトだ!」
「そうだな」
食堂に行くと、ちょうどマリエッタらが料理の配膳を行っていた。
「お疲れ様ですレオ様。ヘクセル様らは何やら入り用のものがあると、街の方へお出かけになりました」
「うん、分かったよ」
私は早速席につき、料理を前にした。
と、その時だった。
「……レオ様、あちらに行かれても、頑張って下さい」
「どうしたマリエッタそんな急に!……マリエッタ?」
普段私情を挟まないマリエッタの言葉に困惑し、咄嗟に彼女の顔を振り返る。
彼女は涙ぐんでいるように見えた。
「あちらでは知らない人ばかりでしょう。反感を買い危険な目に合わないよう……。領主となれば忙しくなるでしょう、でも夜更かしはせず、健康を第一に考え……、好き嫌いはせず、時には外出も……」
「ありがとうマリエッタ。分かっているよ」
私は立ち上がり、マリエッタを強く抱きしめた。
彼女は私の幼少期に教育係だった。それ故に、政務で忙しい母よりマリエッタと関わることの方が多かった。
言わば母代わり。このウィルフリードで一番長い時間を共に過ごした人物かもしれない。
「…………取り乱してしまい申し訳ありません。……どうぞお召し上がりください」
彼女は数度肩を震わせると、すぐに私の元を離れ、眼鏡をクイッと上げるといつものマリエッタに戻っていた。
「今度は私が、君に何かあげられたらいいな」
私は遠い記憶を思い出していた。
お堅いマリエッタが、長時間の勉強に疲れきった私に珍しく、自らの手作りで焼き菓子を作ってくれたことがあった。
「……楽しみにお待ちしております」
彼女にとってそれは些細なことで、私の言葉の、意味することが分からなかったかもしれない。だが私にとってそのようなことも、この世界に来たばかりで心が折れそうな時、強く励まされたのだ。
「さ、飯が冷めねェうちに食おうぜ」
「ああ。……いただきます」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そうして、私の荷造りも完了し、出発の日を迎えた。
「そんじゃあなウルツ。次は戦場で会おう」
「うむ!つまらぬ事で死ぬんじゃないぞ!」
私たちは屋敷の前で、最後の別れの言葉を交わす。
永遠の別れではないにしろ、何が起こるか分からないこの世界。自然と人と人の繋がりは強くなる。
「レオ君!」
「シズネさん!今までお世話になりました!どうかお元気で!」
シズネは白く毛並みの整った耳をピクリとさせ、ふさふさの尻尾は上下に波打っている。
残念ながらシズネともここでお別れだ。流石に領主になってからは勉強という訳にもいかないだろう。むしろこれから実戦の場に赴くのだから。
しかし、彼女の、妖狐族の大陸や魔法に関する知識は政治にも役立つだろう。
……などと、どうしても彼女と離れ離れにならない方法ばかり考えてしまう。
「レオ様……」
「アルド!来てくれたのか!……私のファリア就任も全てお前のおかげだよ。なんと礼を言えばいいのか」
「いえ、それはレオ様が掴んだ勝利です。私は僅かな後押しをしたまで。……影ながら見守っています」
アルドの微笑には、優しさと温かさを感じた。
「タリオ、思えばお前には父親らしいことなどしてやれんかったな。私の、平民でありながら準貴族の地位を与えられていることも、お前には重圧になってしまっただろう」
アルガーがこうしてタリオと父子で話すのを私が見るのはいつぶりなのだろうか。
「……だがファリアとの戦いでお前の活躍を聞いた時、私はお前を心から誇らしく思った。きっとレオ様を守り抜きなさい」
「は!」
タリオは一人前の兵士らしく、立派な敬礼でもってアルガーの言葉に応えた。
「アルガー、私からも礼を言わせてくれ。お前と、そしてタリオには何度も助けられた。……あと、父上のこと頼んだ」
「ははは!俺も息子に心配される日が来るとは!」
「ご安心下さいレオ様。レオ様の身に万が一のことがあれば、ウルツ様の首根っこ掴んですぐに参上します」
「ふふ、頼もしいな」
いつか私とタリオで、父とアルガーを超える、などと少々因果めいたことを思いついたりもした。
「父上、母上、あまりの急なことで、何と言えばいいのか分からないです……」
昨晩はほとんど眠れなかった。
平穏なウィルフリードから眺める星空も、ひとまずはこれで最後なのだ。そう考えると寝付けなかった。
「レオ。皇都でも何度も言ったが、お前は俺の自慢の息子だ。何も心配することはない。頑張ってこい!」
「いつもレオの独創的な発想に助けられたわ。あなたのその力はきっと別の場所でも活躍できる。……たまに手紙でも書いてくれたら嬉しいわ!」
そうして私たちは、家族三人で抱き合った。
父の力強い手のひらも、母の優しい温もりも、しばらくお預けになると思うと、目頭に込み上げるものがあった。
それでも私は進まなければならない。誰に言われた訳でもない、自分自身のために。
今この場にいるような、私が愛する人たちを守るため。この異世界に平和をもたらすために。
「……行ってきます!!!」
「ありがとう、ウィルフリード」───レオ=ウィルフリード




