68話 領主として
「あァ!焦れってェな!レオ、平和とやらを知るお前は、お前だけしかできねェことがある。……安心して背中を預けろ。俺も孔明もいる。大抵の事は何とかしてやる。お前はお前がやりたいことだけ考えればいい!」
「と、歳三……」
「そうですレオ。貴方が思い描く平和な世界とやら、それはどんな困難があろうと、自分自身が上に立ち、ひたすらに突き進まなければならない茨の道。皇帝陛下が与えて下さったこの機を逃すようであれば、レオ、貴方は有象無象の小人と同じく歴史に埋もれ死にゆくだけでしょう。目指すものがあるなら、君子たる重圧を背負い戦わければなりません。……レオ、最後に決めるのは自分です」
「孔明……」
遥か強大な力を手にした魏に、それでも戦いを挑み蜀の天下を作ろうと進言した『出師の表』にも似たその孔明の進言。私は選ばなければならなかった。その過酷な運命を。
「レオ、俺のことは気にしなくていい。……我が息子よ、お前ならどんなことも為せると信じているぞ……」
「父上……」
「さあ!どうするレオ=ウィルフリード!選べ!」
ふっと息を吐く。
今更皇帝の凄みに気圧される私ではなかった。そこにあったのはこの不条理な世界を変えてやろうという一人の英雄の姿だ。
「───陛下!不肖レオ=ウィルフリード、皇帝陛下よりファリア領土を賜りたく存じます!」
「……フッ!良いだろう!今!この時を持って、レオ=ウィルフリードをファリア領主に任命する!」
外から差し込む光が一層眩しく感じる。
さっきまでの私とはもう違うのだ。今の私は『ファリア領主レオ=ウィルフリード』。
統治権も統帥権も、その土地に関わる全てを持つ領主なのだ。
私は心の中で「領主」という言葉を反芻していた。
長年見てきた、あまりに大きすぎる父の背中。そこに一歩だけ、近づけたような気がした。
それは同時に、超えなければならない壁でもあった。
「もちろんだが、十年の後には通常通りの税率に戻そう。そして父の死後はウィルフリードの土地も引き継げ。……まぁ、帝国の英雄にそう簡単に死なれても困るがな!」
ハハハと、陛下は初めて私たちの前で笑って見せた。
楽しそうな陛下とは裏腹に第二皇子は不服そうに私を睨みつけている。皇后陛下は相変わらず顔は見えないが、第一皇子と皇女殿下は満足そうに顔を見合わせていた。
「後のことはファルテンらと話すが良い。話は通っている」
「……え?」
「さぁ!早く戻るが良い!……本当に大変なのはここからだぞ、レオ=ウィルフリード!」
「……は、はい!」
私は改めて陛下に敬礼をした。
「それでは失礼致します。……帝国に栄光あれ!」
父も立ち上がる。
魔王領遠征の褒賞が入った箱を持ち上げようとしたが、兵士二人がかりで運んできたその箱は、流石の父でも一人では持てなかったようだ。歳三と二人でやっと運べた。
「───ウルツ。……良い息子を持ったな」
「……もったいなきお言葉でございます…………」
「そういえば、マリーは元気か?」
「はい。……今度お連れしましょうか?」
「いや、あいつは会いたがらないだろうからな……」
父は皇帝と少しだけ世間話を交わした。
皇帝と共通の知り合いである「マリー」とやらの存在も気になるが、何より父が皇帝とも話せる話題があることの方が驚いた。
やはりこの人は、私が想像しているよりもずっと偉大だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
かくしてこの国の皇帝との謁見は終わった。
父は北方平定の功績が認められ、私はファリア領土を獲得した。結果としては大変満足である。
謁見の間を出ると、廊下ではファルテンが私たちを待っていた。
「お待ちしておりました。ウルツ様、そちらはまた兵士に運ばせましょう。レオ様とご一緒に少しお時間を頂きたく思います」
「じゃあ俺がこの箱のお守りをしとくぜ」
「そうか。では頼んだ」
「私も歳三と一緒に先に行っていますね。少し策の構想を練り直すので」
「分かった。孔明、その秘策とやら、楽しみにしてる」
「ふふふ……、お任せあれ」
こうして私たちはファルテンに連れられた私と父、兵士と箱を運ぶ歳三と孔明の二手に別れた。
「こちらへおかけください」
私と父は皇城内のとある一室に招かれた。
廊下では何やら関係者が騒ぎながらドタバタしている。
「まずは、レオ様。ファリア領主就任おめでとうございます」
「えっと……、何故それを?」
さっきの陛下の口ぶりもおかしかった。
あの時ファルテンと陛下が話すタイミングはなかったはずなのに、何故話が通っているのだろうか。
「あれ?ファリアについては初めからレオ様に、との事で話が決まっていたのですが……」
「えぇ!?」
「……なるほどな」
父だけは大きく頭を縦に降って腕を組んだ。
「…………?謁見の間で何があったのかお教え願えますかな?」
私は事細かに陛下と私のやり取りを説明した。
「───それはそれは!陛下も遊び心が過ぎますなぁ……」
ファルテンは私の話を聞くとクスクス笑い始めた。
ファルテンからも話を聞いてみると、どうやら裏で団長が働いてくれていたらしい。
終戦後に私たちの屋敷で話したことを覚えてくれていたようだ。涙が出そうな思いでいっぱいになった。
「第二皇子ボーゼン様とヴァルターの機嫌が悪かったのもそのせいですよ。……まぁ、陛下は貴方のことを試したかったのかもしれませんね」
「ど、どうしてそんなこと……」
「うーん。なんてったって、陛下は戦争の歴史である帝国の歴史上、初めて王国との長年の戦争に休止符を打ったお方ですからね。私ども凡人にはそのお考えを察するに余りありますよ」
チャンスはくれてやる。後は自分で掴み取れ。
陛下はそういうタイプらしい。
だが、おかげで私は心の底から決意することができた
「レオ、私が以前陛下から今のウィルフリード領を賜った時の話をしたのは覚えているか?」
父がにやけ顔で私の方を見てそう言う。
私は幼い頃寝る前によく聞かされた父の武勇伝を思い返していた。
「えっと、はい……。って、もしかして……」
「十中八九レオが考えている通りだ。私が王国との戦争でそれなりに活躍した時、陛下は様々な褒美をくださった。それこそ皇族との結婚話まで持ち上がったな!」
それは初耳だ。
「まあ、私にはルイースがいたので断ったが。それでも陛下は強引だったな……」
なんとなく想像できた。
父という最高戦力を手離したくない陛下は何としても強く帝国と結びつけておきたかったのだろう。
「他にも宝剣やらなんやら頂いたが、一番はやはりあの領土だ。一介の騎士に貴族の位を与え、さらに領地を持たせるとは誰も考えていなかっただろうな」
「そして今度はそのご子息であるレオ様が戦で活躍した。陛下はこのことを聞くと喜んでおられましたよ。「帝国には二人目の英雄が生まれた!」とね」
ファリアはウィルフリードから見れば小さな領土かもしれない。だが、そこには陛下からの「父のようになれ」とのメッセージが込められているとはっきり伝わる。
「まったく!相も変わらず食えないお方だ!」
父がそう言いながら笑うので、つられて私たちも思わず笑い声を漏らした。
「貴様、よもや我に五つの星すら献する事が出来ぬと申すまいな?……そうだ、それで良い。褒美を授けよう」───皇帝カイゼル=フォン=プロメリトス




