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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第09話◆
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兄妹の絆 ⑥

 ザックとナルバが駆け付けた時には既にアレクの容態は最悪で、瀕死の重症を負っていた。


 突然の出来事にランドールも藁に縋る様な思いで、2人の手を握り締める。その手はアレクの血に塗れ、初対面の2人であっても奇妙なこの蛙がレイスとアレクの事を大事に思っているであろう事は、容易に察する事が出来た。


「き、君達なら……アレクを……アレクを助けられるのか?」

「お願い……アレクを助けて……」

「…………」


 まだ幼いその兄妹に治癒する事が出来るのかさえ分からないけれど、それでも縋らずにはいられない。目の前で死にゆく者の燈火を繋ぎとめられるのならきっと、悪魔にだって縋るだろう。


「ナルバ……出来るか?」

「アレクの為なら……頑張る!」


 そう言うと兄のザックが徐にメスを取り出した。施設から逃げ出した際に持ち出した物で、恐らくは妹のナルバの能力に起因するのだろう。その鋭い刃をナルバの腕に当てて、ゆっくりと切り裂いてゆく。


「おい!? 何やってんだよ?」


 驚いたランドールが止めようとするも、兄妹は至って真剣そのものであった。


「……ッ……んッ、痛っ……」

「ナルバ、オレの手を握ってろ」


 ナルバの無垢な肌からは赤い雫が滴り落ち、それを直ぐにアレクの口へと垂れ流す。自身の血液を媒体に他人の治療が出来ると言うのだろうかと疑問に思っていると、次第にアレクの顔色が良くなっていくのが見てわかる程だった。メルティでさえ、そんな治療術を見るのは初めてで、それが彼女の固有能力でない限り、不可能に限りなく近い。


 しかし、余りにも不可解な能力にナルバや兄のザックにさえ恐怖を感じるメルティ。


「星域を侵しているとしか思えない……まさか、君達は施設の子か? しかし、あの実験は……6年前に……」

「何の話だ? それよりも、アレクは大丈夫なのか?」

「体温が戻って来たよ! 傷口も塞がってる!」


 その驚異的な治癒能力はその身を代償にして成り立っていた。最初にザックが切った腕の傷など、可愛く見える程の大きな反動。アレクの背中にあった筈の傷が何故かナルバの背中に現れ、その痛みに悶え苦しむ。


「う゛うああぁああッ……グッ……にぃ……」

「大丈夫だ、しっかりしろ! オレがついてる! 直ぐに良くなるさ」


「そんな……傷が……」

「だ、大丈夫なの?」


 一瞬の安堵が不意に不安へと変わる。アレクを助ける為にその身を犠牲にするとは思いもしなかったランドールとパトリシアは呆気に取られていた。まるで、それが普通である様に振る舞う兄妹を見つめ、助けてくれた事への感謝と、申し訳ないと言う複雑な気持ちが入り混じる。


「妹のナルバはその身を代償に、他人の怪我や病を肩代わりする事が出来るんだ。基本的には触れた相手を癒し、その血肉を与えれば更に効果は高い。そして、オレの能力はナルバ……ただ1人だけを癒せる能力」


 そう言うと、兄のザックは妹の手を握り、瀕死の重傷である筈の傷をいとも簡単に治して見せた。


 所謂、限定能力と謂われる類の固有能力だ。


 対象を限定する事で代償をなくし、更に1人に絞る事で更なる力を得ているのであろう。しかし、この兄妹の年で固有能力が扱える者など、類を見ない。恐らくはメルティが言っていた“星域”に関わるのだろうか。


「何だかよく分かんなかったけど、お陰で助かったよ。一時はどうなる事かと思ったが、気が抜けたらドッと疲れた気がするよ」

「パティも……安心したらお腹空いてきた」

「ホント……君ら2人は能天気だね。何故、レイスが君達みたいな変わり者と一緒に行動をしているのか、疑問ではあったんだが正直、気持ちは分からないでもないよ。僕の兄妹も気まぐれで、能天気で、お気楽な連中ばかりだ。レイスは案外、僕と似ているのかもね」


 メルティも心なしか安心した様に普段は見せない穏やかな笑みを浮かべていた。それは、仲間意識からくる優しさなのか、はたまたそれすらも彼女の仮面であるのかは誰にも分からない。


「ところで何でこんな所にレイスとアレクが居たんだ? もしかして、オレ達を探しに来たのか?」

「ユア姉もいたよ……そう言えば、レジ兄は? それにフロドやカフラス、ダンやエミリア達は? 知らない?」


 何も知らない兄妹はランドールから孤児院の話を聞かされた。それは、レイス達に聞いた話に過ぎなかったが、それでも2人にとってあの後の事を知らされたのは余りにも残酷であった。


「そ、そうか……死んだんだ……カフラスも、ダンも、エミリアはオレ達を逃す為に……態々、囮になってくれたのに……何でなんだよ! レジ兄が任せろって言ったのに……生き残った家族も今じゃ、バラバラなのかよ……ふざけんなっ! バカ兄貴共! それで、さっきのあれはメファリスの姉ちゃんを閉じ込めた代償って訳か……レイスに全部背負わせて、レジ兄は教団に入ったのか!? 何で……よりにもよってレイスなんだよ。何で、テメェは何も……」

「にぃ……レイス達が目覚めたらアマンダとジュリアの話をしよう。レイスとアレクなら、きっと力になってくれるよ。今はレジ兄とユア姉の事は忘れてさ」


 憧れや尊敬は期待に変わり、やがてその屈折した感情が他者の印象さえ変えてしまうのだろう。面倒くさがりであまり目立ちたがらなかったあのレイスが、自分達を助けに来てくれたにも関わらず、来てくれると思っていたレジナルドは教団に属し、レイスを追っていると知った。


 浅はかな願望であったのだろう。英雄だと思っていた人物は、単に英雄ではなかったというだけの事だ。


「そうだな……2人が目を覚ますまで身を潜めよう。ここら辺はオレ達が逃げ出した事もあって、警備が厳重になっている」

「分かった。それにあの黒騎士、部下を先回りさせたって言っていたし、星騎士にも出会す可能性があるからな……メルティ、ここは一旦退却するぞ。施設外なら、積極的に協力するんだよな?」

「あぁ……メファリスは大事だしね。君達、兄妹にも少々興味があるんだ。事は移動してゆっくりと聞くとしよう。先ずは誰にも見つからない場所へ移動しようか」



* * * * * *



 小さな洞窟の奥に身を隠した一行は、メルティの怪蟲に周囲を見晴らせて、レイスとアレクが目覚めるのを静かに待っていた。


 そして、レイスは悪意から解放され、穏やかに眠る中で──朧げな記憶を見る。


『また、こんな所に居るのかい? そんな所に隠れていると、君の父上に怒られてしまうよ?』

「でも……あそこに何か居るんだ……」


『あぁ……アレは無害な連中さ。いいかい? 君が怖がるから、彼らも君を揶揄うんだよ?』

「どうして?」


『幽霊という奴は、子供にしかちょっかいを出さないのさ。特に君みたいな怖がりさんにしか手を出さない。それは君が恐れているからであって、君が彼らを恐れなければ何もしてきやしないのさ。そうだ! 君に勇気の出る方法を教えてあげるよ。君の名前をね……こう、並べ替えて。これは良いぞ! アナグラムは君に勇気を与えてくれる。こうすると君の名前はレイスって読めるだろ? 偶然にも幽霊って意味だ! これで君は彼らと仲間になれるよ」

「仲間? それになると怖くないの?」


『仲間は怖くないよ。家族……みたいなものさ。今日から怖い時や寂しいと感じるときは、この名を名乗ると良い。きっと多くの仲間が君を助けてくれる。それに、今日は特別だ──君にこの子を託すよ。可愛がってくれよ』


 そう言うと、優しい声の男は徐に小さな白蛇を取り出した。


 白蛇はレイスの小さな腕に巻きつき、落ち着くように頬を添える。


「可愛い……この子も仲間?」

『そうだよ。君を守ってくれる。でもね、仲間ってのは時に守ってあげなくちゃいけないんだ。君を守ってくれるように、君も仲間を大切にしなくちゃいけない。何があっても仲間だけは大切にしなきゃいけないんだよ』


「分かった! おじさんも僕の仲間だね!」

『はははっ! おじさんは、君の……』


 そして、レイスは目を覚ました──遠い過去の記憶。その中で見た男の影はどこか暖かく、どこか懐かしささえ感じていた。それが誰で、いつの事だったのか、それすらも曖昧であったが、それでもこれだけはハッキリと理解できた。


 あの当時の事で唯一思い出せるのは、母を殺した──黒騎士への殺意だけである。

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