星騎士に求められる資質 ⑥
数奇な運命に導かれ──奇妙な蛙と出逢ったレイスとパトリシアの2人。
風貌からして人間ではないと思っていたが、人の言葉を話し、器用に表情まで作っている。身に纏う衣服はどれも高級そうな装飾が施され、特権階級である中央貴族にも見劣りをしない程の豪華な格好をしていた。
「パ、パティを……パティを離せっ!」
「ああ、すまない。ほら」
「レイスっ! 蛙だ、蛙だよ? 喋る蛙!」
優しく地面にパトリシアを下すと、慌てた様にレイスの影へとパタパタと駆け寄り、スッと身を隠したパトリシアに困惑の表情を浮かべた蛙。パトリシアも興味津々に蛙を見つめながら、レイスの袖を怖いのか、ギュッと握り締めたまま離さない。
「驚かせてすまなかった。俺はランドール・L・アルヴェルト。訳あって旅をしているただの放浪者だ。見た目はこんなんだが、歴とした人間さ」
「…………」
((怪しい……))
2人してランドールを凝視するその瞳には、紛うことなき疑いしかない。レイスは咄嗟に渡航証明書を提示して、ランドールにもう片方の手を差し出した。
「これ、僕のIDです。貴方のIDの提示を求めます!」
「求めます!」
レイスの真似をしてランドールに両手を差し出すパトリシア。2人の威圧に困惑したランドールは渋々、懐から銀製の渡航証明書を取り出してレイスに手渡した。
『ランドール・L・アルヴェルト=キンブリー/住所:不定・年齢:不詳・国籍:不明』
「名前以外、何も分からないじゃないですか!? 何なんですかこの渡航証明書?」
「正直、記憶喪失なんだよ……目を覚ましたらこんな姿になってて、格好的には貴族だったんだろうけれど、自分の名前以外は何も思い出せないんだ。それで、教団に2ヵ月間拘束された挙句に親戚も家族も分からないまま、不法入国者として国外追放を言い渡されたんだけれど……渡航証明書だけは発効してやるから、この国から出て行けって……」
話を聞く限り、怪しさが増す一方でレイスはパトリシアをかばう様に少し距離をとる。
「おいおい、そんな警戒しないでくれよ。俺だってどうしたらいいのか……街に行けばこの姿に誰もが気味悪がって碌に話も聞いちゃくれないんだ。この国を出るにも金は要るし、そもそも何処へ行けばいいのやら……そうだ! 君のその連れている子……」
「パティ! 私はパトリシア=ディンプシーよ! ちゃんとした名前があるの!」
「この子が何?」
「いや、見慣れない姿だなって……もしかしたら、君なら俺を受け入れてくれるんじゃないかと……少し、期待しただけさ。俺1人じゃこの先どうしたらいいのか、君は……確かレイスって言ったよね?」
「期待している所、悪いんだけど僕はパティを守るので精一杯なんだ。キャンドルだかランドリングだか知らないけどさぁ、人を頼るなら相手を選びなよ。どう見たってアンタみたいな貴族様に関わり合うつもりはもうとうないの! こっちだって慈善事業で人助けをしている訳じゃないんだから、少しは自分でどうにかしなよ。その高そうな衣服でも売って航空費に充てるとかやり方は色々とあるでしょう? それじゃ、僕らは先を急ぐんで!」
「急ぐんで!」
足早にその場を立ち去った2人の後をランドールは、何故か一定の距離を保ち、ずっと着いてくる。どこまでも、どこまでも2人の後を追かけ続けるランドールに、苛々しだしたレイスが咄嗟にパトリシアを担ぎ、霊素を纏って走り出した。
突然の猛スピードに慌てて追いかけるランドールであったが、ついにレイス達の姿を見失ってしまう。そして、途方に暮れたランドールは仕方なく、王都を目指して城壁の方角へと向かうのだった。
「あの人、良かったの? 何だか可哀想だったよ?」
レイスの肩を叩き、愛らしくもランドールの心配をしていたパトリシアに促され、その足を止めた。
「そうだね……ちょっと意地悪し過ぎたかな。見た目がただ、蛙ってだけだもんね。悪い事したよね……よし! 仕方ないなぁ、助けてやるかっ!」
「やるかっ!」
そしてランドールの影を追ったレイス達もまた、ランドールが向かったであろう壁外周辺のネオン街、霧の都:アシュクトゥールへと赴くのであった。
* * * * *
【霧の都:アシュクトゥール】
霧に覆われた貧民街──そこはネオンの明かりに照らされて、怪しく夜が賑わう街。
壁の中と外では雰囲気もガラリと変わり、暮らす人々の顔つきや身なりは言うまでもない。貧困に喘ぎ、裏路地に横たわる大人達は怪しげな薬をキメ込み、抜け殻の様に蒸気を吸う。
この街の大人達はやつれ果て、飢えに苦しむ者も多い故に家を持っているというだけでその格差は埋められない程、広がっているのが現実である。そして、子供達の多くがこの世界を憎み、犯罪に手を染めている。
アレクやカフラスもこの貧民街の出身であり、不良少年達とは孤児院に入ってからも、交流が続いていたらしい。
「お客さん、ここらじゃ見慣れない格好しているけど、どこのお偉いさん? 政府の御役人さんかな?」
酒場の店主がフードを被ったランドールに話しかける。
「いや……ただの旅人です」
「困るなぁ……ウチは貴族様が来るような小綺麗なお店じゃないんですよ。他のお客様の目もありますし、今日の所は帰って頂けませんかね?」
周辺を見渡すと、ランドールを睨みつけている大人達が渋そうに酒を飲んでいた。フードの下からチラチラと見えている豪華な衣服に、誰も口には出さないが、雰囲気は今にも喧嘩になりそうな程に殺伐としているのだ。
「──あっ! ジーバさん、すみません! この人、僕の連れです。1杯飲んだら直ぐに連れ出しますんで、ここは穏便にお願いしますよ」
丁度そこへ、後を追いかけてきたレイスが慌てて顔を出す。
「レイスじゃねぇか! 何だ、お前の連れか? もしかして教団の試験に合格したのか? じゃあ、こちらの方は……星騎士様か!? こりゃあ、失礼しました!」
「ジーバさん、迷惑かけさせてごめんね。ほら、行きますよ! 隊長!」
「レイスも立派になったなぁ……」
お店を出た2人は直ぐに森の方へと引き返す。そこにパトリシアが待っていて、合流したとたんレイスが怒鳴り出した。それも、当たり前かのように。
「何を考えているんですか! 貴方は本当に何も知らないんですか? そんな格好で酒場になんていたら、身ぐるみ剥がされて殺されても、文句はいえませんよ! 僕が助けなかったら今頃……」
「ありがとう。追いかけてきてくれたんだね? どうしたらいいのか分からなくて……」
ランドールは涙を流しながら、レイスの手を握る。助けてくれたと言う事よりも、自分を気にかけて探してくれた事に胸を打たれている様子だった。
「し、仕方ないから……僕の家で匿ってあげるけど、本当は貴族なんかと一切、関わり合いたくはないんだよ。アイツらは自分達のエゴの為に規律や階級を作り、人すらも簡単に殺す連中なんだ! 貴方も同じ……だけど、困っているみたいだし、1つだけ言っておくと助けてはあげる……ただ、やっぱり貴方も貴族なんだって僕が思ったら、その時は……」
「パティも貴族は嫌い! 星騎士はもっと嫌い!」
威圧するようにランドールに詰め寄る2人は、ランドールが縦に首を振ると、少し不機嫌そうに孤児院へと向かう事にした。
* * * * *
そして、孤児院の近くまでやってくると突然── 森の奥から歯車の回る音や、蒸気が噴き出しているポンプの稼働音に導かれ、あの頃の思い出が鮮明に蘇ってきた。
孤児院には明かりが灯っており、今にも皆が飛び出してきそうな雰囲気である。
逸る気持ちを抑え、誰も居るはずのない孤児院に1ミリの期待を寄せながら、その扉を勢いよく開いた。
「──ただいま! みんな……」
しかし、孤児院の中はあの日の惨劇のままで、まるで時が制止しているかの様に何もかもが、そのままだった。
玄関に飾られた集合写真にふと目が向き、唐突に涙ぐむレイス。その様子を察したランドールとパトリシアは少し、外から様子を眺め、写真を抱き締めて崩れ落ちるレイスを物陰から静かに見守っていた。
亡くした家族。
エミリア、オルティス、ニフロ、カフラス、ダン。
行方不明になった家族。
ザック、ナルバ、ジュリア、そして……修道女アマンダ。
ただ……また、逢いたいと想わずにはいられない。ギュッと胸を締め付けられる切なさに心を抉られて、止まらない涙を懸命に拭い続ける。
教団に帰らず、心配をしているであろう4人にも……また逢える日がくるのだろうかという不安。
そしてまた、皆であの頃のように騒がしくも、温かい食事を囲んだ思い出に浸る。
「また、皆で楽しく食べたいなぁ……」
レイスは大事な写真を抱き締めながら、涙は止めどなく溢れ出し──空虚な孤児院にそっと呟く。
誰にも聞こえないだろう言葉を……それでも、もう一度ちゃんと言いたかったから……。
レイスは小さな声で──心で語った。
「──みんな……ただいま」
第01章──星十字騎士教団入団試験編 完。




