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僕たちにできること

 朝食時の穏やかな天幕の中の空気が硬くなった。テントの中にざわめきが走る。


「……誤報ではないのか?」


 ナポリオ公が聞くけど、兵士が首を振った。

 全く下がらず同じように攻撃してくるのはこういうことだったのか


「……あの狂信者どもと手を組むとは。イーレルギアの連中、正気なのか?」


 バスキア公が吐き捨てるように言って、その兵士の方を見る。 


「防衛線はどうなっている?」

「守備隊が崩れかけましたが……ブルフレーニュ家のダナエティア姫と直属の準騎士が兵を引き連れて加勢してくださった、とのことです」


 伝令が一瞬口ごもってから言う。

 たしか軍事の権限はバスキア家のもので他は干渉してはいけないんだっけか。


「いい、続けろ」

「ですが、数が違いすぎます……妾が数日は持たせよう。勝手は後で詫びる故に、速やかな援護を要請する、と仰せだということです」


 あの人の戦い方はヴァンパイアと戦った時に見た。

 頑丈なレブナントの群れを易々と切り裂くとんでもない攻撃力だから、戦闘になればそうは負けないだろう。


 でも、本人が話してくれたことがあるけど。

 あの人の剣聖の戦列(レヴァンテインは操作にかなり集中力を要するから、ヴァンパイアとの決戦のようなのならともかく、長期戦には向かないらしい。 


「食事中に失礼します!申し上げます」


 バスキア公が考え込んだ時に、もう一人、テントの中に入ってきた。

 テントの中の硬い雰囲気に気付いたのか、口を閉ざした。


「なんだ?いい報せか?」

「いえ……」


 その人がこわばった顔で首を振った。

 伝令の兵士じゃなくて魔法使い風のゆったりした衣装を着ている人だ。

 というか、塔の廃墟で顔だけ見た覚えがある。多分管理者アドミニストレーター使いだった気がする。


「なんだ、手短に言え」

「ラポルテ村が……司教憲兵アフィツィエルと思しき集団に襲撃されました」



「……なんだと?」

「つい先ほどです。ラポルテ村から通信機で連絡が」


 一体どうやってと思ったけど……ありえない話じゃない。

 ヴェロニカのように侵入してきていた司教憲兵アフィツィエルがいたってことだろう。


「まったく、用意周到な連中だな」


 そう言えばミハエルも探索者のような顔をして入り込んでいたけど、ソヴェンスキの兵士だった。

 顔認証や厳重な国境線がある世界じゃない。僕等も偽装して入国したし、コンテッサさんも森を抜けて国境を越えて戻ってきた。

 やろうと思えばこっそり人員を送り込むくらいはできるってことか。


 全員の視線がバスキア公に集まった。

 バスキア公が立ち上がって長机に座っている人を順に視線を流す。


「第一師団と探索者の連中は俺と近衛と共にここに待機だ……ナポリオ公!」


 名前を呼ばれたナポリオ公が立ち上がった。


「二、三、四師団の指揮をお前に任せる。今すぐ北へ迎え。イーレルギアはお前が止めろ。いいな」


 一瞬彼の顔に、不安げな表情が浮かんだ。

 それは多分、そんな戦力を預けていいのかってことだろう。兵力の3/4だけど。


「返事が聞こえないな……私の命令は聞こえなかったのか?ナポリオ公」


 素のラフな口調じゃなくて、威厳ある貴族の命令って感じの口調で返事を促す。

 ナポリオ公が姿勢を正して頭を下げた。


「……期待に背くことはありません。必ずや成し遂げましょう」

 

 そう言ってナポリオ公とテーブルを囲んでいた何人かの将兵が天幕を出ていった。

 バスキア公が頷いて、ジェラールさん達の近衛の人や残った騎士たちを見る。


「ここの防衛線を抜かれれば相手が勢いづく。民にも被害が出る。俺が指揮を執る。いいな。ここで止めるぞ。

ジェラール、お前たちにも前線に出てもらう。準備しろ」


 そう言うと、ジェラールさんやヴァラハドさんの近衛の面々が立ち上がって一礼した。

 そのまま天幕を出ていく。天幕の中にはバスキア公と僕等だけになった。


「……あなたは総大将でしょ?下がって指揮した方がいいんじゃないですか?」


 都笠さんが真剣な口調でバスキア公に言うけど、バカなことを言うなって感じでバスキア公が首を振った。


「俺が四大公家としてふんぞり返って入れるのはな、こういう時に民と国のために戦うからだ。真っ先に逃げ出す腑抜けの命令で命を捧げる奴がいるか。

敗軍の将に再起の余地はあるが、真っ先に逃げた奴に再起の道はねぇ」


 バスキア公がきっぱりと言う。

 最高指揮官が倒されたらヤバいだろと思うし、此処で下がるのは逃げるのとは違うと思うんだけど。

 でもこういう価値観なんだろうな。古めかしく思えるけど、理解できる。


 指揮官には指揮官の心持が必要なんだろう。

 人は結局は地位じゃなくその人に従う。そして、誰かのために戦うからこそ、その人に人は従うのかもしれない。

 籐司朗さんが言っていたな。能力は補えるけど人の上に立つ資質は補えない。


「で、塔の廃墟だが……」

「行けっていうんでしょ、分かってますよ」


 塔の廃墟というか、東京での戦いなら僕は役に立てるはずだ。

 ラポルテ村なら兎も角、渋谷で戦闘になるなら……僕や都笠さんの方がいいだろう。

 バスキア公が嬉しそうな少し困ったような複雑な表情を浮かべた。


「お前らに行かせるのは気は進まねぇんだが、此処の兵力は薄いから万が一を考えると俺の近衛は使えねぇ。

北をイーレルギアに抜かれるとヤベェから、あっちにこれ以上は兵力も裂けねぇ」

「ただ、多分そんな数は多くないでしょ?何するつもりなのかしら」


 都笠さんが言う。

 確かにそうだ。こっそり精鋭を送り込むにしても数に限りはあるだろうし、軍勢に取り囲まれたら多勢に無勢で簡単につぶされてしまうと思うけど。


「恐らくだが、塔の廃墟というより狙いはオルドネス公だ。

あいつの能力は俺も正確には知らねぇが、あいつを抑えれば塔の廃墟への門を閉じることができるだろう……いずれは、塔の廃墟への門を他に付け替えれるかもしれねえ。ソヴェンスキの領内とかにな」


 そう言う事なら納得がいく。

 塔の廃墟に籠城するつもりか。 


「危険だが……頼めるか?」

「ヴァンサンに言われたんですよ。お前はこの国をどう思うかって。もう長くいましたからね、他人事じゃないです」


 それに、この状況で何処かに隠れてろとか言われるのは流石にいい気持ちはしない。

 皆が戦っている時に安全なところで見ていてというのは親切じゃない、というのは都笠さんに言われたな。


「セリエ。こういうことだから」

「いえ……とても勇敢です。ご主人様」


 嫌がるかと思ったけど……そう言って、セリエが息がかかるほど近くに立って僕を見つめた


「いかなる危険からも。必ずやお守りします」


「ユーカ。頼むよ」

「うん、勿論だよ、お兄ちゃん」


 ユーカが頷くけど、セリエが心配そうな目でユーカを見た。

 セリエにとってユーカも僕も主で守るべき相手なんだろうけど、なんとなく方向性が違うんだろうな。

 

「恐らくスパイを放っているから、少しでも早い方が良いね」

「ええ」


 都笠さんが頷いた。

 僕等だけなら……あいつらが思いもしない方法で移動できる。

 防御態勢を整えられる前に一気に攻めよう。


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