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舞台裏の思惑

 今回はバスキア公視点です


・作者注


 本文に書ききれなかったのでここで設定を少し補足。

 ガルフブルグはもともと5大公がいたのですが、公家の一つが権力争いの末に国外の勢力と結んで内乱を起こしかけ、家を取り潰されています。なので今は4大公国となっています。


 4大公家はそれ以降、(建前上は)勢力争いをせず、それぞれの権限や領域に干渉しない、というのが不文律となっています。 

「今回の貴国の行動は断じて認めるわけにはいかない……」


 ヴァンパイアを倒してから10日後。

 ここはソヴェンスキとの国境近くに張られた巨大な天幕だ。明かり取りの隙間から太陽の光がやわらなく差し込んできている。

 結局ソヴェンスキとは直接的な戦闘にはならなかったが、両軍が国境近くに展開した以上は多少の折衝は必要になる。

 そして、こういう場はいつも悩みの種だ。 


 中央には長机が置かれて、向こう側にはソヴェンスキの使者とその秘書官らしき女、それに護衛の剣士が数名座っていた。

 こちらは俺と、我が『偉大なる』ガルフブルグ王、ガレフ3世。

 小競り合いの後始末に王の列席は異例だがあいつらが要求してきたからどうしようもなかった。俺としては王宮で側女と戯れていてほしかったが。

 そして。


「貴方たちは我が国の国境を脅かした。それについて申し開きをしていただく」


 抗議の言葉を述べているのはルノアール公家の当主、オーギュスト・ヴェルレイ・ルノアール。ガルフブルグの外交を司どるルノアール家の当主だ。

 長机の向こうに座ったソヴェンスキの使者に咎めるような調子で言う。


 ただ、言っていることは詰問ではあるが……毎度のことながら、口調がなんとも弱弱しい。

 旗下の騎士に命令をするときも、外交で意見を述べるときも、自信を持ち強い口調で言わなければ相手の心に自分の言葉を刺すことはできない。


 年は25歳を少し超えた程度。スロット能力がないということもあって戦場経験もない細身の体。

 長い茶色の髪と整っているが繊細な顔立ち、伸ばした髭がいまいち似合っていない。表情には怯えと言うか自信のなさが浮かんでいる。


 先代が早く亡くなってから母親が当主代理を務めていて、2年前から当主として外交の場に立っているが……いつまでたってもこの弱腰は変わらない。母親も似ていたからその影響もあるんだろうが。

 オーギュストは悪い奴ではない、愚か者でもない……だが、国を背負って外交交渉を担う胆力は無い。


「この行いが不当な侵犯であることは、それは明らか……」

「いえ、ルノアール公、それは誤解です」


「いや、しかし……」


 白い法衣に身を包んだ40過ぎくらいのソヴェンスキの使者が弱気な口調にかぶせるようにルノアールの言葉を遮った。


「あくまで我々は閲兵をしていたにすぎません。知っての通り、我々は平和と正義と公正を奉じています。貴国への侵攻など考えるはずもない」


 特使が大げさなしぐさで手を広げて、そのまま深々と慇懃なしぐさで頭を下げた。張り付いたような笑みが癇に障る。

 こちらの代表の言葉を遮るとはとてつもない無礼だが、外交の使者はこれくらい厚かましいくらいの方がいいともいえる。切り捨ててやりたくなる点を除けば、だが。


「誤解ですよ……ですが、国境の近くで行ったことについては軽率でした。偉大なるガレフ三世よ、賢明なるあなたにはご理解いただけるでしょうが……そこをお詫びいたしたく、お越しいただいた次第です」


 偉大なる、を強調して使者が言う。

 言葉を向けられたガルフブルグの王、というか俺の君主であるガレフ3世が鷹揚に頷いた。

 俺より少し年下の32歳。王の証たる金のコアクリスタルをあしらった冠をかぶっている。

 王の血筋の流れるような金髪と、戦士を思わせる精悍な顔立ちと体格だけは立派だが……その顔には緊張感のない表情を浮かべていた。

 

「ふむ、そうだな。失礼した、特使殿」


 お前がこの無礼に抗議しなくてどうする、と言いたいが……王はあっさりと使者の言葉を受け入れただけだった。


 ガルフブルグ建国の王、ガルフレア・クロヴェスは俺の祖先を含めた5大公を率いてかつての大国レムリアの圧政に立ち向かい、ガルフブルグを作った。

 歴代の王には優れた君主も凡人もいたというが……今のガレフ三世はどうしようもない。


 色々と問題はあるが、最大の悪癖は褒められたくて愛想を振りまく子供のように、ことさらに寛大さを示したがる態度だ。

 国内で民や家臣に向ける寛容さ寛大さは徳ともいえるが、他国への寛容さは害に他ならない。国外の連中にいい顔をする暇があれば、自国のことを考えろと言いたくなる。


 愚かな使者は手厚く遇し金貨一袋を与えよ、惜しむ勿れ、時を経て金貨百袋が戻る故に。という格言があるが。

 まさにその愚か者が自国にいるのはまったく笑えない。


「そして……むしろ我々の方にこそ看過できないことが有りますぞ、王よ」

「ふむ、なにかね?」


 王が黒茶……スミト達はコーヒーと言っていたが、黒く苦い茶に砂糖をたっぷりと注ぎながら聞き返す。


「聞いていますぞ。なんでもそちらの塔の廃墟なる遺跡で……ヴァンパイアが現れたとか」


 ヴァンパイアの話が出て、天幕の空気が少し引き締まった。

 ……まあこいつらは当然知っているだろう。むしろこっちが本題だろうな。


 スミトが見たという司教憲兵アフィツエルはソヴェンスキの教会直属の精鋭達だ。

 あまり姿を現さないから実態は闇の中だが、独特の武器を使うことだけは知られている。ジェラールは交戦経験があるから奴らのことが分かったが。当然あいつらから報告はいっているだろう。

 しかも、俺の近衛のラヴルードを切りやがった。八つ裂きにしても飽きたらない。


「これはとても大変なことです。よろしいですか?ヴァンパイアをそちらが制圧できたからよかったものの、下手をすればレブナントの群れが門の向こうから現れたのかもしれないのですぞ」


 そう言って大げさに使者が首を振る。

 

「貴国と国境を接する我々としては……そう、非常に平和への脅威を感じます。見逃すわけにはいきません」


 ソヴェンスキの連中が塔の廃墟に紛れ込んできていたのと、あいつらが閲兵と称して国境に兵を集めたのは明らかに連動している。 

 たまたまヴァンパイアが現れた時に、たまたまソヴェンスキの司教憲兵アフィツエルが塔の廃墟にいて、たまたま国境近くで『閲兵』するなんて偶然はあり得ない。


 攻め入る意図はなかったとしても、こっちの主力の騎士団を国境に張り付けてヴァンパイアへの対応を刺せないようにしたんだろう。

 何が平和だ。白々しいことを抜かしやがって。


「なぜ……知っている?」

「おや、バスキア大公。なにかありましたかな?」


「なぜヴァンパイアが倒されたことを知っている、と聞いているんだ、使者殿」

「貴国から来た旅の探索者が教えてくれたのですよ。我が国を守るためには情報を知らなければいけませんからね」


 ヴァンパイアが倒されてまだ10日ほどだし、今はオルドネス公が門の通行を制限しているはずだ。

 それに、その間に戦闘は起きていないものの、俺たちの騎士団が国境に展開していたから、平時のようにソヴェンスキに簡単に移動はできない。

 塔の廃墟の『デンワ』や『メェル』なるものはガルフブルグにもソヴェンスキにもないから、即座に情報が伝わるなんてこともあり得ない。

 お前等の手の者が情報を持って行ったんだろう……と言ってやりたいが。


「言いがかりは困りますな……我が国の者がそちらに居たとでもいいたいのですか?君、何か聞いているかね」


 使者の言葉に、金髪を後ろで束ねた秘書官らしき冷たい顔をした女がその言葉に首をふる。


「いえ、聞いておりません」


 ミハエルとやらもソヴェンスキの司教憲兵アフィツエルかそれに準ずる地位なんだろうが、完ぺきなまでに証拠は残していなかった。

 スミトが戦ったのは間違いないが、証言だけでは弱い。腹立たしいことだが……問い詰めるには証拠が足りない。


「困りましたな。ガルフブルグの偉大なる支配者、ガレフ3世よ。このような言動は我らとしては受け入れがたいですぞ」


 使者がこっちを見ずに王の方を向いた。


「アストレイ、控えよ。ソヴェンスキの使者殿に対し無礼であるぞ」


 鷹揚なしぐさで王が俺に手で頭を下げるように合図する。


「さすがは賢明なる王。公正であられます」

「……失礼しました、我が王よ」


 怒りを抑えて頭を下げた。

 見え透いた世辞に満足気に頷いている姿が想像できた……俺に向けるその態度をソヴェンスキの侵略者共に向けろ。

 ブルフレーニュのお嬢ちゃんがこいつの妻になってくれるなら、さっさと嫁入りしてこの甘ったれなガキそのままの根性を叩き直してもらいたい。


「それで、君たちは何が言いたいのかね?」

「……寛大な王よ、我々の願いは一つです。それは……」



 馬車のキャビンの中にガラガラと車輪の音がする。

 塔の廃墟の乗り物、鉄車の研究が進んで、馬車のキャビンを発条バネで支える技術はおおむね実用化できた。これのおかげで以前にくらべれば格段に乗り心地は良くなっている。


 車輪の音も塔の廃墟の黒い柔らかい素材をつかったものを参考にして色々と試行錯誤しているようだが、まだ二輪鉄馬くらいの重量ならともかく、馬車を支えるのは難しいようだ。

 まだまだ塔の廃墟の技術ははるか先に有るな。


 馬車の中は重い沈黙に包まれていた。

 秘書官のロランは俺の顔の顔色を伺っているのは分かっている。ジェラールはいつも通り静かに座っているだけだ。

 黙っていても仕方ない。イライラする気持ちを抑えて呼吸を整える 


「ジェラール」


 俺が口を開くと馬車内の空気が緩んだ。ロランが息を吐いて、ジェラールが俺を見る。


「はい、我が主よ」

「ソヴェンスキの連中がスズを攫おうとしたってのは本当か」


「確かです。スミトがいち早く察しなければ連れ去られていたかと思います」


 前後のいきさつは直接は聞けていないが、スミトからジェラールが聞いているから大まかな流れはつかんでいる。

 とりあえず阻止できたのは幸いだったな。


 しかし、相変わらず不思議な奴だ。甘さを感じさせるのに苦境に立った時に妙な強さと決断力を見せる。

 塔の廃墟の流儀と言うのか、敵討ちとはいえ自ら危険に飛び込むのは褒められたものじゃないが……瀬戸際で強さを発揮できる奴は戦場でも信頼がおけるのは確かだ。


「……ラヴルードは残念だった」


 ジェラールは何も答えなかった。


「あいつの両親は新市街で健在だったな」

「はい」


 ラヴルードは地方の探索者出身で準騎士を経て近衛になった。

 俺の近衛になった時に親を地方からパレアに呼んでいたはずだ。


「ロラン。十分な弔慰金を払え。俺の名において生活は保障する、いいな」

「御意」


 死者を蘇らせることはいかなるスロット持ちでもできない。

 あいつのことを思い出すと胸が痛まないわけじゃない。だが、俺にできることは、精々死んだ後に報いることくらいだ。嘆いているわけにはいかない。


「ところで……ロラン。あいつはどうした?」

「先日は領地の方に行くと言っておられましたが……なにせ一所におられない方なので」


「すぐにパレアに呼び戻せ」

「御意のままに」


「で、お前の目から見てどうだ、スミトやスズは俺の旗下に入りそうか?」


 俺の問いにジェラールが少し考え込む


「あくまで私の感触ですが……二人とも、権威や金に従うタイプではないと思われます。が、頑迷な愚か者ではない。道理を以て説くのが得策かと」


 そういう気骨は好ましい資質だが、今はそれが煩わしい。 

 ソヴェンスキの連中があいつ等を攫おうとしてきたんなら、サヴォア家のような没落貴族の準騎士のままにしておくわけにはいかない。

 サヴォア家の準騎士とバスキア家の準騎士では重みが違いすぎる。あの連中が二人を諦めることはないにしても、おいそれとは手を出すことはできなくなる。


 さっきまで繰り広げられていた会議を思い出すとまた怒りがこみあげてきた。

 弱腰な外交、その場の争いを避けることなかれの言動。ルノアールも王も戦場に出ていないからかもしれないが、それが巡り巡っていかに国を危うくするかを全く分かっていない。


 王は腑抜け、外交が弱腰。

 だが4大公家の不文律で外交に口が出せないなら、一刻も早く有能な人士を集め、しかるべき地位につけなくてはいけない。

 しかし、国のために働かない無能な人間が強権を握る今の状況にはほとほと嫌気がさす。

 くだらない4大公家の伝統なんてドゥーロン川に流してしまいたい。


「厄介なことになりそうですな」


 普段は動じないジェラールが重苦しい声でつぶやいた。

 ソヴェンスキの特使の言葉を改めて反芻する


 ― いえ、王よ。我々が案じているのはただ両国の民の安寧と平穏です。塔の廃墟は極めて危険な場所だ。 ―


 この一連の動きの中であいつらの思惑がなんなのか測りかねていた。ヴァンパイアの出現による混乱を狙っていたのかと思っていたが違った。

 ヴァンパイアが暴れて混乱が続けば侵攻すればよし。ヴァンパイアが倒されても弱気なルノアールを突けば目的は達成できる。

 スミト達を攫おうとしてきた意図が今は分かる。狙いはスミト達、というよりも……


― そちらだけでは手に負えないでしょう。ですから、我々が平和のために協力いたします ―



「塔の廃墟の共同管理だと……」

 ご存知の方も多いと思いますが、書籍版の1、2巻が講談社レジェンドノベルスさんより発売中です。

 先日、ラノベ好き書店員大賞という投票で単行本部門の3位を頂いたのでまた店頭で見る機会も増えるかもしれません。

 追加エピソードも含めてかなり加筆が入っているので、こちらもぜひよろしくお願いします。 


 これで6章は終わりです。

 今後はプロット構築をして7章に入ります。今のところ7章が最終章の予定です。幕間とか色々書きたいし、別の展開を思いついたらこの限りではないですが。


 今後ともよろしくお願いします。


 

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