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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第三章 百花繚乱、花の嵐は尽きることなく
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お父さんの襲来ですっ!

 女神様―――お義母さまがこの『うさぎ亭』を後にして暫くしてから、建物を震わせる程の大音声が響きました。

 大音声と言えばマルスさんですが、この声はどうやら違うようです。


「たのもぉぉぉぉーっ! 貧弱野郎はどこだぁ!」



 道場破りの様な掛け声は、けたたましい足音を立てながら建物を走っています。どどど、と重い足音は猪だろうかと思わせる様な音だと思えます。

 それを止めようとしているのか、数人の声が悲鳴混じりにこの建物中に響いて、今や閑静な『うさぎ亭』は騒がしい動物園のよう。


 

「どこだぁぁっ?! 隠れても無駄だぞっ! おとなしく出て来んかぁ!!」

「―――――××××っ!」

「××××!!」



 誰かが、その騒ぎの主を止めようとしているのでしょうか。

 大音声の声を塞ぐように、叫びともとれる声が聞こえてきます。

 その声と足音は、数人の止める人間を連れて次第にこの部屋に近付いて来ました。

 私のすぐ隣でお茶を飲んでいたヴェルさんは、不意に顔をあげると、珍しくも引き攣った笑みを浮かべて私を見ました。 


「……なんだか、凄く嫌な予感がするんだけど」


 呟くように私に話しかけると、持っていたカップを机に置いてさっと立ち上がり、先ほどお義母さまが合いカギで開けた扉に再び鍵をかけました。



「……無駄な気がするけど、無いよりはマシかな」

「誰が来ているのでしょうか……? どこか聞き覚えがあるような声なのですが」

「……うん。俺もかなり聞き覚えがあるよ」



 この部屋の外で響いている怒号に不安がこみあげます。それに加え、ヴェルさんの表情もなんだか固いです。

 鍵を掛けて、お互いに緊張した面持ちで扉を見つめます。

 木でできた、少しの彫り物がある以外は、なんの変哲もない扉です。普段ならば、扉をこんなに注意深く見つめる事なんて無いでしょう。

 声はかなり近くまで来ています。

 ヴェルさんは、ゴクリと唾を飲み込むと、鍵が壊されても開かないようにか、扉のノブを掴んで押さえました。


「――――この距離だと、あと四部屋くらいだ」


 かなり警戒しているのか、低い声で「あと二部屋」とカウントしていきます。

 ノブを押さえる手には力が入っているのか、指先が白くなっています。ヴェルさんが身体全体を使って扉を押さえたその瞬間―――、

 部屋の直ぐ外に、複数の声を引き連れたこの騒ぎの主が現れました。

 ノブがまわらない扉を前にして、その主は扉を蹴破らんばかりに叩いています。もしかしたら、蹴飛ばしているのかもしれないと言えるほど、扉はけたたましい音を立てています。


「ここかぁっ!! ……カイトから話は聞いたぞ! ココットを出せ! いや、その前に軟弱野郎! 一発殴らせろぉぉ!!」

「――――――えっ?! この声は……お父さんっ?!」



 この騒ぎの主はお父さんだったのですか?!

 カイト兄から話を聞いたって、もしかして、勘違いしていた私の話ですか?!

 昨日の今日ですから、その話を訂正なんてしてません。しかも昨日は疲れて、お店を無断欠勤してしまいましたから、お父さんにも会ってすらいません。

 ……つまり、ヴェルさんが他の方を想っていると、間違った話が伝わったのかもしれません!

 ―――なんて事でしょうかっ!



 私は、全身を覆う筋肉痛を忘るほどに慌てて立ち上がると、ヴェルさんに扉を開けてもらえるように頼みました。しかし、ヴェルさんは、渋ってなかなか開けてくれません。

 私がヴェルさんに頼んでいる間も、扉は音を立てて叩かれています。このままでは、扉が破壊されると思えるほどの力で。



「お父さんの筋肉は飾りではないのです。本物の筋肉なのです。本気で力を出せば、この扉なんて破壊してしまえるのです。筋肉自慢の頂点は伊達ではないのです! ……お父さんがここに来た理由は、多分ですが、私がカイト兄に言った言葉にあると思うのです。だから、開けてください」


 半ば叫ぶように口を開きながら、扉のノブを握るヴェルさんを突き飛ばすと、私は鍵を開けました。

 私の声を聞いたのでしょう、扉の外は、ついさっきまでの騒がしさが無くなっています。

 ガチャリ、と音を立ててノブが回されると、直ぐに勢いよく扉が開け放たれました。

 扉の外には、妙に汗をかいたお父さんが、腕にはアンナさんを腰にはマルスさんをくっつけながら、危機迫る表情をしていました。

 ……もしかして、二人を引きずってきたのでしょうか……?

 二人も妙に汗をかいています。アンナさんは、いつも綺麗に纏めている髪をボサボサにして荒い息を吐き、マルスさんなんて、丸太の様な腕には血管が浮き出てかなり力が入っていると窺えるのに、膝から下が地面に付いている状態です。

 ……やっぱり、引きずったのですね……。

 あっけにとられた私を前に、お父さんは、縋りつく二人を払いのけようと身を振りました。

 二人はかなり消耗していたのでしょう。ポロリと簡単にお父さんの身からはがれおちてしまいました。



「……すまん。止めようと思ったが、敵わなかった」

「……ごめん、リウヴェル。……まあ、元々は彼女を誤解させたアンタも悪いんだし、一発くらいは殴られてもいいんじゃない? 人間、諦めが肝心な時もあるって言うし」



 ……アンナさんっ。今までお父さんを止めてたのに、その発言は、売り渡している様な感じがしますよ?! 諦めが早すぎませんかっ?!

 お父さんに本気で殴られたら、細身のヴェルさんはきっと吹き飛んでしまいますよ!

 現に私が突き飛ばしただけで、よろめいてしまったのですからっ!

 ……ど、どうしましょうか。私が身を呈してヴェルさんを守るべきでしょうか?

 元々は私の言葉が原因ですし……。


 お父さんは、扉前であわあわする私を抱きしめると、無精ひげで覆われた顎を私に擦りつけて「待ってろ、今すぐに浮気者を退治してやるからな!」と恐ろしい言葉を落として私を解放すると、直ぐ傍に居たヴェルさんの胸倉を掴みました。



「軟弱野郎が、覚悟しろっ! ココットを泣かせた分、歯ァ食いしばれっ!」



 そして、唾をヴェルさんの顔に飛ばしながら、腕を振り上げました。

 ヴェルさんは、何故か身動きせずに、お父さんの拳を受けるつもりの様です。

 ―――なぜっ?

 でも、考えている暇なんてありませんっ!



「お父さんっ! やめてっ!! ヴェルさんは何も悪くないの! 私が勝手に勘違いして、回りを巻き込んでしまったんです~~~~っ!!」



 お父さんの振り上げた腕に体重をかけて縋りつくと、お父さんは困惑しながら振り上げた腕を下げて、「どういうことだ?」と説明を求めるように、私とヴェルさんを交互に見ました。

 

「説明は俺が」

「いいえ、私がします!」


 説明をしようとしたヴェルさんの声を遮る様に、私は口を開いて、自分が勘違いしていた詳細をお父さんに伝えることにしました。

「……あの、ですね―――……」

 

 

***



 最初のフィルス君の話をした辺りでは、お父さんの顔は険しくなって、再び拳を振り上げる構えを見せましたが、フィルス君が弟だったと話すと、何故だか眉を下げました。

 そして、私がモヤモヤと悩んで、フィルス君がいる事を理由に、ヴェルさんと二人にならないようにしていた辺りでは、お父さんはヴェルさんに同情的な視線を送り、更に私が二階の窓から逃げ出した話をした時には、涙を浮かべてヴェルさんを見た後に、私の頭を小突きました。

 話を終わった後、何故かヴェルさんまで「やっぱり意図的に避けてたんだ」と涙を浮かべていました。

 ……ご、ごめんなさいっ。




「……悪かったな。カイトの話を鵜呑みにして、ろくに確かめずに門破りみたいな事してよ」

「いえ。彼女に説明しなかった俺が悪かったんです。結果的に、滅多に聞く事の出来ない言葉が聞けたし、俺にとってはいい出来事でしたよ。……そうだよね?」



 ヴェルさんは、薄く整った唇に自らの指を当てて、眩しいとも言える笑顔を浮かべて私を見ました。

 ……結果的に良かった、とは、もしかしてアレですか?

 私からの告白とか、その後の、ヴェルさん所望の、ちゃんとした口づけとか……。

 今思い出しても恥ずかしいです。いくら気分が高揚していたからと言って、外であんな……貪るようなキスをしてしまうなんて! しかも、一度では終わらず、何度もなんて……!

 ああっ! 思い出したら顔が熱くなってきました。

 ……ヴェルさん、なんでそんなに嬉しそうな顔をして私を見るんですかっ! しかも、私に同意を求めないでください……!

 ……お、お父さん、そんなにジッと見ないでください。恥ずかしくて埋まりたくなります。

 とりあえず、ヴェルさんの言葉に返事をした方がよさそうですね……。ヴェルさんは期待に満ち満ちた顔をしていますし。



「……そうですね。結果的には」

 


 


 


 

 


 

 

この第三章で出したかった部分を、やっと出せました。

第二章で出そうとしたけど出せなかった部分^_^;


筋肉親父が唾を飛ばしながら、亭主様を殴ろうとする場面と、それを止めるココットです(笑)


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