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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第三章 百花繚乱、花の嵐は尽きることなく
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お話を聞いてみましょうっ。 1

 今日、ヴェルさんとの約束……もとい、お願いを破ろうと思います。

 以前風邪で寝込んでしまった時にヴェルさんと約束したアレです。『バレンさんには近寄らない』。はっきり言いますと、実は昨日ヴェルさんに涙ながらにお説教されるまで忘れていました。

 

 忘れてしまった事もこめて、約束を破る事を先に心の中で謝っておきます。

 すみません。

 ごめんなさい。



 あの約束を破るのは、ヴェルさんの涙ぐむ姿や子犬の様な幻影を見たいからではないです。

 子犬の幻影を纏うヴェルさんを見たくないかと問われれば、もちろん見たい方に心の天秤は傾くのですが。

 でも、決して悪戯心で約束を破るわけではないのです。


 私なりの覚悟なのです。

 ……ヴェルさんに聞いて、今でもフィルス君のお母様の事が好きなんだとか直に言われたら立ち直れません。

 せめて心の準備をする為に、バレンさんに話を聞きたいのです。

 話をするだけならば拡声器でも使えば離れて会話出来ますが、さすがに話の内容的にそれは不味いので近付いて話をする他ないのです。




****



「……話を聞きたいのは解ったんだけど、何でこの場所?」

「私なりにいろいろ考えた結果なのです。ここならバレンさんと二人という訳でもないですし、ヴェルさんも何も言わないでしょう」



 バレンさんと差し向かいで座っているのは、『うさぎ亭』の直ぐ裏にある鶏小屋前。

 鶏小屋の中には年配の飼育員さんとフィルス君が居ます。鶏と戯れながらの卵の収穫は、実に楽しそうです。今もフィルス君が小屋の中で鶏に追いかけられて楽しそうな悲鳴を上げていますが、飼育員さんが笑っているので大事はないでしょう。

 楽しそうな二人を尻目に私とバレンさんは向かい合って座り、手にジャガイモを持っています。反対の手にはもちろん皮むき様のナイフ。

 私とバレンさんの間にはこれでもかと入ったジャガイモの麻袋がでんと構えていますし、麻袋の分だけ近寄っていない事になります。

 昨日は涙ながらに、『バレンとは二人っきりにならないでくれ』と新たに頼まれてしまいました。

 それで昨夜考えたのです。

 二人きりにならずに、フィルス君と少しだけ離れる事が出来てバレンさんともある程度距離を置くにはどうしたらいいかと。

 それで無い頭をフル回転させて閃いたのが、この状況です。

 鶏小屋には飼育員さんも居るし、その前でマルスさんに貰った外でも出来るお手伝いをすればいい、と。

 我ながら名案ですね!



「……いや、兄さんの目の前に居ない場所で二人が顔を合わせてるとまた何か言われると思う。そういえば、服ってどうなった?」

「アレですか。……裂けたと思ったのですが、単に糸がほつれてて音を立てて外れただけでした。上の方は引っ張った影響で裂けていましたが。明日には直せそうです。ご迷惑をおかけしました」

「そうだよね、冷静に考えれば服なんてそう簡単に破れる訳ないし。あまりの剣幕だったから俺も破れたと思って、『女に襲われる』って思いこんじゃってた。あはは……はぁ、昨日は兄さんの説教長すぎで疲れたよ。待ち合わせ時間に間に合わなくて怒られるし、散々な日だった~」

「……すみません。私の所為で」



 ジャガイモの皮を剥きながら、バレンさんと昨日の反省会も兼ねてたわいもない事を話していました。

 いつ切り出そうかを迷っていましたが、バレンさんの方から切り出してくれました。



「昨日、俺に聞きたい事があるって言ったよね? それってやっぱりブレスレットの事だったりする?」

「……それもあるのですが、気付いてしまったのです。私って、ヴェルさんの事を何も知らないって」

「何も知らずに結婚したの? ……あれ? マルスの手紙には色んなのをすっ飛ばしての恋愛結婚って書いてあったけど?」

「私が気付いた時には、なぜか自分の結婚式の最中でしてたので……」

「…………あり得ねぇ。すっ飛ばし過ぎだろう、兄さん」




 バレンさんは驚愕してジャガイモを剥く手を止めた後、私の顔を見てどこか同情する目をしました。

 ハァと短い息を吐くと、再びバレンさんの武骨な手はナイフとジャガイモを操り始めました。

 するすると手際よく剥かれて行くジャガイモ。ヴェルさんとは違って、ごつごつとした手が小さなジャガイモを手早く処理していく様は、魔法を見ているみたいです。

 彼の手に魅入っていた私に向かい、バレンさんはあまり見ないでくれと居心地の悪そうな咳払いを一つしました。そして、俺もあまり詳しくは知らないけれど、と口を開きます。



「兄さんってあの容姿だから女に間違えられてたんだ。髪も長かったし。もうさ、ヒラヒラのドレスを着て化粧をしたら母さんそっくり。まあ、それでその容姿と兄さんの特技である地獄耳を生かして『夜会専門の情報屋』の仕事をした時期があったんだ。あのブレスレットは、その時の名残りかな」



 

 たしかに、過去のヴェルさんは麗人さながらでした。

 月の女神と言ってもいい位にキレイな麗人でしたっ。

 ……んんっ?!

 ……今、バレンさんはヒラヒラのドレスと言いませんでした?

 …………まさか。



「あ、あの。ヴェルさんがドレスを着てお化粧を……?」


 つまり、女装っ!?

 ドレスを着ていたのですかっ?!

 ヒラヒラと裾をなびかせて踊っていたのでしょうかっ?!

 ……どうしましょう。

 なんだかもの凄く見たくなりました。綺麗でしたからね、髪の長いヴェルさんも。

 スッピンでも綺麗なヴェルさんがお化粧をして、胸に詰め物をしたドレスを着て、髪もいじって、背後には薔薇を背負って……って女神降臨じゃないですかっ! 垂涎ものですね!

 ……ああ、いけません。変な妄想をしていては!

 バレンさんが不思議なものを見る顔をしているではないですかっ。

 

 

「……それでは、ヴェルさんは女性に変装してお仕事をしていたのですね。あのブレスレットを付けて。でも、あのブレスレットとカイト兄にはどういった関係が? 兄は夜会に出れるような身分では無いですよ。それに、ある意味有名と言っていましたし」

「それはね、世界一深い海溝よりも深~い理由があって……」

「どのような理由が……?」



 ジャガイモを握りながら小鼻を膨らませた私を前に、バレンさんは視線を泳がせると、辛うじて聞き取れる程の小声で呻くように答えてくれました。



「軍医が、惚れたんだ。……兄さんに」



 ほれた。

 ホレタ。

 掘れた。彫れた。惚れた……。

 惚れたぁっ!?

 カイト兄がヴェルさんにっ!?

 ……なんて事でしょうか。カイト兄がそっち方面の人間だったとはっ。

 三十過ぎても家庭を持とうとしないカイト兄が、そっち方面だったとは!

 でも、でもでもっ、そうすると、カイト兄と私は恋敵ですか?!

 一気に視界が暗くなってきました。

 さぁ、と血が頭からひいていく感じがします。



「―――違うって、惚れたのは、無理やり女装させられた方! 」

「……は? えっ?」



 倒れる寸前の私に向かって、慌ててバレンさんが叫びました。そして、夜会に縁が無いカイト兄がヴェルさん(女装バージョン)と出会った時の事をお話してくれました。



 ヴェルさんが女装したのは、初めての夜会専門の情報屋の仕事した時だそうです。

 本当はヴェルさんのお母様が出席する予定だったのですが、体調を崩してしまい仕事が出来なくて困っていたそうです。代役を立てようとしても似ている方が居なくて、そこで白羽の矢が立ったのがヴェルさんだったそうです。

 当時髪の長かったヴェルさんはお母様とそっくりで、彼本人が気付く前にあれよあれよという間に夜会に連れて行かれたそうです。見ていた方の話では、縄でぐるぐる巻きにされていて誘拐のようだったとか……。

 女装させられて、最初の内はショックで部屋に塞ぎこんでいたそうですが、その内に腹をくくって会場内をぐるぐる回って初仕事をこなしていたそうです。 

 そして、軍から派遣されていた警備の方が怪我をしたとかで治療をに来ていたカイト兄が、女装したヴェルさんを見て一目ぼれしたそうです。

 少し目を離した隙に姿が見えなくなって、脳裏に焼きついた少ない手がかりで探していたそうです。

 手掛かりは、整った容姿に負けない程の見事な金の髪と、腕に付けていた兎の彫こまれた白金のブレスレット。そして、調べていくうちに解ったのは、彼女は詮索できない程に上流のお方お抱えの情報屋だったという事。

 カイト兄はその方(女装のヴェルさん)が忘れられず、陰ながらずっと探していたそうです。でも、結局見つからず、最後の手段で白金の腕輪を絵にして秘密裏に軍に回したそうです。

 それで、ある意味有名になった、と……。

 


「確かに海溝よりも深い理由ですね。女装してたヴェルさんに一目ぼれだなんて。しかもずっと探してただなんて。ある意味有名だと言っていたのですが、……カイト兄本人が、ブレスレットをある意味有名にしたのですね」

「そう。軍医はブレスレットを有名にすれば、あの女性―――つまり兄さんが目の前に現れると踏んだんだ。情報屋って隠密稼業だからね。兄さんがその人だってばれたらとある人が困るし、兄さんも無理やり変装させられたんだけど女装してたのがばれて困る。だから隠さなきゃいけない」




 ……だから、カイト兄の前でバレンさんはブレスレットを貰ったのですね。そして、カイト兄がいない所で私に返したのもその様な理由だったのですね。

 納得です!


 

 

 




 

 

 






 




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