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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第三章 百花繚乱、花の嵐は尽きることなく
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亭主様は、幼児に遊ばれています。

ここでまさかの亭主様視点。

9月16日、中盤部分を訂正。内容は変わっていませんが、思う所があってフィルスの口調をマイルドにしました。

 平気で兄の愛妻に手を出すとかないだろう。普通の神経の持ち主なら。

 弟は天然のタラシだと思う。

 俺が何年も想い続けてやっと叶った恋が、たったの一週間の同居で弟に奪われるとかないだろう。

 勘弁してほしい。

 いや、これは白昼夢だ。うん、そうだ。そうに違いない。

 そうでなければいけない。

 


 居間の扉を開けて、まず思ったのはそれだった。

 荒い息の二人を見た時には、頭が真っ白になった。

 愛妻と間男の情事を垣間見た夫の心境を味わった気分だ。なんていたたまれないんだろう。

 ……いっそのこと、気絶してしまいたい。

 けれど、直ぐになんだか違う事に気付いた。

 二人とも息は荒い。そして服を脱いでいるバレン。でもなぜかバレンは涙目で怯えている。対するココットは、ソファの背によじ登って真っ赤な顔をしている。心なしか目が怖い。



 あれ?

 これはどんな状況だ?

 

 


 俺がそう思っていると、不意に舌っ足らずの声が聞こえた。

 フィルスだ。

 パッと見た感じ三才児の弟は、バレンが服を脱いだと言った。

 もう少し詳しく説明してくれと思ったが、仕方がない。多分、三才児だ。言葉が足りない分想像で補えばいい。

 俺は、フィルスの言葉を頭の中で反芻した。

『ええとね、おにいちゃん、ふくをぬいでたよ』

 ああ、そうだな。確かにバレンは服を脱いでいる。そして、その服は今、ココットが持っている。

 普通は襲う側が服を渡すなんてありえない。

 つまり、彼女が服を脱げと言ったという事か……?

 もしくは脱がした……?!



「………………。」




 視線だけで彼女を見てみると、青ざめた顔で「誤解ですからぁっ!」と泣きそうだ。

 ……いや、俺の方が泣きそうだから。

 対するバレンは、もっと顔が青い。お前は本当に忍びこんだのがばれた間男かと言いたくなるほどに青い。

 なんだろう、本当にこの状況。

 しかし、この部屋に入ってきた時の二人の状況を思い出すと、やはり襲っていたのは血走っていた目をしたココットで半泣きで怯えているバレンが被害者となる。

 


 ココット……。

 義弟に走るほど、俺に満足しなかったとか……?

 確かにここ最近はフィルスが一緒の寝台で寝ているせいで、仲良くできなかったけれど……。

 未だにフィルスの誤解を解いていない事で、二人になるとぎこちなくなって逃げられてたけど。

 もしかして鬱憤が溜まって、バレンを……?!

 いやいや、でもココットは今泣きそうな顔で誤解だと言っているじゃないか。馬鹿力の超人がどうのって。

 そもそも超人って何だ?

 超人が現れてバレンの服を剥いてココットに渡したのか?!

 男の服を剥いて何がいいのだろうか。……変態か?! 変態超人なのかっ?! 

 だとしたらその変態超人はどこに行った??

 ……馬鹿力の変態超人と、今の状況とどう繋がるのかは、混乱している今の俺の頭では到底理解できそうもない。



 …………とりあえず、泣いてもいいかな。




 半分魂を飛ばしつつ、ほろりとした俺に向かって、ココット達が破れた服を見せながら涙ながらに誤解を解こうとしたのは言うまでもないだろう。

 とりあえず、変態超人が現れたんじゃなくてよかった。

 でも、今の状況に納得すると腹が立ってきた。

 二人を床に座らせてみっちり説教だ。もちろん床に正座だ。

 服を引っ張ったら破れただなんて、なんて紛らわしい。

 ココットもバレンの服を引っ張るほど近くに寄るんじゃない。少し前に頼んだはずだろう? バレンには近づかないでくれって。

 バレンもバレンだ。そんな簡単に破れる服を着るんじゃない。

 よもや破って欲しかったとか言わないだろうな。そうだったらお前の名前は今日から『変態』だ!



 昼過ぎから説教を始めて、終わったのが日が暮れた後だった。こんなに長時間怒ったのは初めてかもしれないな。お陰で喉が痛い。

 ……もうこんな思いをするのは嫌だ。

 なるべく早いうちにバレンに出て行ってもらおう。

 ――――――いや、追い出そう。妙な事になる前に!





****




 ココットとフィルスが規則正しい寝息をしているのを確認した深夜。俺は、彼女が眠る前に渡してくれたブレスレットを手に取った。

 雨上がりの夜空に浮かんだ月にそれをかざす。

 白金で出来た細身の輪が光に照らされて白く輝く。それには小さな装飾が付いており、小さな兎のマークの瞳に紅い石が嵌められている。まるで白い兎を模しているようだと見る度に思う。

 これは、マルスと揃いのものだ。何年か前に夜会専門の情報屋として働いた時に、とある人物から贈られた。

 いや、マルスだけではなくて、これと同じものがこの世にあと二つある。それらも全てとある人物が贈ったものだ。

 貴族達が集まる夜会。俺はもうそこには行くつもりが無い。というか、結婚したんだから行ったら不味いだろう。

 ……行けと言われても行くつもりは無いが。




「―――それ、もう要らないんだよね。僕が貰ってもいいよね?」




 突然聞こえてきた声に驚いて、手にしていたブレスレットを落としてしまった。

 カシャンと小さな金属音を響かせて落ちたそれは、ころりと転がって寝台の脚にぶつかり止まった。

 カーテンの隙間から入る月の光が、ブレスレットを拾う小さな手とその人間を照らし出す。

 月明かりに輝くのは、自分と同じ髪色をした子供。ついさっきココットの隣で寝ているのを確認した子供だ。

 髪の隙間から覗く翡翠の瞳が、おかしさを湛えてこちらを見ている。

 

 


「……フィルス?!」

「何? その変な顔。僕さ、ママから頼まれてこれを貰いに来たんだよね。あーあ、ずっと猫被ってたから疲れちゃったぁ」



 寝台の脇で腕を伸ばすフィルス。その顔は、実に無邪気だ。無邪気な子供そのものだと思う。

 けれど、違和感がある。

 こんな夜中に起きている事か……?

 いや。

 話し方だ。いつもの舌っ足らずの話し方では無かった。確実に三才児の話し方では無いと言える。 

 フィルスはブレスレットを兎の鞄にしまうと、再び寝台に横になった。

 ココットに抱きつきながら、顔をこちらに向ける。そして、寝ている彼女を起こさないように声を小さくして笑った。



「あっ、でもね、猫被ってて良かったって思う時もあるよ? お姉ちゃんと一緒にお風呂入ったり、抱きついても怒られないし。うんうん。子供でよかったぁ。お兄さん的には僕が居ると邪魔そうだけど、もう少しだけ我慢しててね?」



 ……言葉が出ない。

 頭が今の状況を理解するのを拒否している気がする。けれど、是非とも確かめておきたい事がある。

 俺は恐る恐るフィルスに近寄った。そして、こちらも声を落とす。

  


「フィルス、……お前は幾つだ?」

「ぅんとねぇ……、五つだよ。なかなか背が伸びなくてもっと小さく見られるけど」

「五つ……?!」

「そうだよ。でもね、普通の子供と違って両親と移動ばかりで大人に囲まれてた。だからかな、色んな知恵がついて子供らしくないってよく言われる。見た目はこんなのなのにね」



 クスクスと笑うフィルスのその目は、どこか悪戯好きの猫のようだと思った。

 もしかしたら、わざとこの部屋で寝起きをしているのではと思えてきた。



「……子供らしくないのなら、一人で寝たらどうだ?」

「ええーっ?! 嫌だよ。天然で凄い事を言うお姉ちゃんを前にして、困った顔をするお兄さんを見るのが楽しいんだからぁ!」


 フィルスは何かを思い出したかのようにごろりと寝返りを打ってこちらを向くと、俺を見て鼻で笑った。

 ……鼻で笑った。

 あり得ない事だから、二度言ってみた。

 五歳児で鼻で笑うとか出来るのか?! 

 なんだこの性悪はっ!

 一体どんな教育をしたんだ! コイツの……いや、俺の両親は!!



「僕が初めてこの家に来た日の夜に、僕が真ん中に寝ると知った時のあのがっかりした顔っ……! あー、可笑しかったー! あの後、笑いを止めて寝たふりするのが大変だったんだから」


 クスクスと笑いながら、フィルスは更に言葉を発した。

 俺はもはや言葉が出ない。末の弟の黒過ぎる性格についていけず、頭が凍結してしまったようだ。


「今日の昼だって、お兄さん真っ白になっちゃて。あの場でこの地を出すわけにはいかないから、慌てて部屋を飛び出て大爆笑っ! ……でも、悲しむんじゃなくて怒って欲しかったなぁ」


 言いたかった事を言ってスッキリしたのか、フィルスは大きなあくびをすると再びココットに抱きつきその胸に顔をうずめた。

 


「お姉さんって、いいにおいがする。優しいし。僕も好きになっちゃった」



 その柔らかな部分を堪能するようにすり寄るフィルスの目は、こちらを向いていて逸らされることはない。まるで、俺をからかっているように口元はニヤリと歪んでいる。それを悟った瞬間、大きすぎる猫を被った末の弟に驚いて凍結していた俺の頭を解凍した。 

 フィルスの襟を後ろから掴むと、その身体をココットから引きはがした。


「……怒るとしたら、まずはお前に怒ってやろうか。この性悪がっ! 今日からお前は別の部屋で寝ろ!」

「嫌だってばぁ。さっきも言ったでしょ? 困るお兄さんを見るのが楽しいって。別の部屋で寝たらお兄さんの困った顔が見れないじゃない。それに、お兄さんと二人になって、僕の事を勘違いしてるお姉ちゃんが本当の事を知っても面白くないし?」

「つまり……今までわざと邪魔をしていた、と? ココットがお前の事を聞かないように」

「当たり前だよ。……あ、この事お姉ちゃんに言う? でも信じてもらえないと思うよ。これからもお姉ちゃんの前では猫を被り続けるからさ。ママたちが迎えに来るまで我慢しててね?」



 我慢できるかっ!

 そう言いながらフィルスの身体を抱えた瞬間、事もあろうに腕の中の性悪弟は「うわ~ん」と大きな声を上げた。

 泣き真似だと俺は解っている。

 でも、フィルスの泣き声に飛び起きたココットは、心配そうにその顔を覗き込んでいる。そして、フィルスを荷物の様に抱える俺を戸惑いがちに見た。



「……ヴェルさん? 何をしているんですか?」

「いや、これは……」

「こわいゆめをみたの。そしたらだっこしてくれて」

「そうなんですか。でもその抱っこの仕方はダメですよ、ヴェルさん。フィルス君は荷物ではないのですから。フィルス君、もう怖い夢を見ないように私が抱っこしてあげますね」



 そうして猫を被ったフィルスは、再びココットの胸へと顔をうずめる事になった。

 項垂れた俺に向かってフィルスが寄越したからかいの一瞥は、一生忘れる事は無いだろう。……多分。

 ……本当に、なんだこの性悪。

 いつか彼女の前で猫を引きはがしてやる。

 

 


 


フィルスの本性が出ました。とんでもない腹黒。五歳ではありえない程に性格がひんまがった子供。

気付いていた方がいたら凄い!(笑)


見た目と性格のギャップが好きな作者ですみませぬ……。

この場でお詫びをm(__)m


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