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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第三章 百花繚乱、花の嵐は尽きることなく
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亭主様は、言葉がたりません。 2

亭主様視点。

 俺の考えている事を察したのか、マルスは大仰に溜息をついた。


「……お前、何であの場で弟だって言わなかったんだ? 普通は言うだろうが」

「言おうと思ったさ。けれど、彼女がかなり嫌そうな顔をして俺から目を逸らすから言えなかった」

「それで逃げたのか」

「……そうなるね」


 マルスは馬鹿な奴と乾いた笑いを洩らすと、しゃがんでいた俺の襟首を掴んで立たせる。

 勘違いをして悪かったなと俺に謝ると、今度は、ココットにあの子が弟だと説明をするのは義務だと俺をたしなめた。

 

「今からあの子を連れて、母さんの所に返してくる。帰ったら彼女に、あの子が弟だって話すから」

「……俺は順序が逆だと思うがなぁ。姐さんの居場所知ってるのか?」

「もちろん。―――俺を誰だと思ってるわけ? これでも情報網を持つ『うさぎ亭』店主だ。懇意の貴族方に聞いたら直ぐにわかったよ」


 俺は急いで着替えると、どこか納得しないマルスを部屋に置いたまま店へと戻った。

 すると、ココットの緊張感を孕んだ声が俺の耳に響いてきた。


「もしかして、フィルス君はヴェルさんの……」


 想像していた通り、彼女はあの子が俺の子供だと勘違いしてしまっているようだ。

 俺の子なんて冗談じゃない。

 第一、あの子の母親と俺は親子だ!


 彼女の言葉を否定しようと、俺は咄嗟に口を開いた。



「―――絶対に違うからっ!! マルスも君も早とちりしすぎだ。その子の母親とそんな関係になるなんて、考えたくも無い。気持ち悪すぎる!! ……いや、その子が存在してる時点で、別な意味でかなり嫌悪感湧いてるけど」


 言ってる最中から気持ち悪くなってしまい、口を覆った。

 想像すらしたくないが、実の親とどうこう等と口にするのも嫌だ。

 鳥肌どころじゃない。じんましんが出てきそうだ。

 いや、その前に、―――吐く。


 必死で吐き気を押さえていた俺は、彼女がどんな表情をしているのか考えてもいなかった。

 バン、と机を叩く大きな音が、俺を現実に引き戻す。

 我に返り彼女を見ると、何かの逆鱗に触れたのだろう。珍しくもかなり凄味のある顔で怒っていた。

 さすが筋肉親父の娘だけあると思う。あの親父と同じ様なオーラが漂って見える。後ろに棍棒を抱えた真っ赤な鬼が見える。


「ヴェルさんが、人の事を気持ち悪いと言える人だとは思いませんでした! しかも、子供の前でその子のお母様の悪口ばかりっ!! いくら自分の知らない間に生まれた子でも、私との結婚前に出来た子かも知れなくても、ヴェルさんの血縁者でしょう? それなのに、フィルス君が存在してるだけで嫌悪感が湧くなんて! ―――そんな事を言うヴェルさんなんて嫌いです! 見損ないましたっ!!」


 彼女のその言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。特に、最後の方が。

 俺の中で、『嫌い』が木霊した。

 聴きたくなかった一言を耳にして、魂が開いた抜け出ていきそうになったが、彼女の頬を伝う涙を見て踏みとどまった。

 泣かせたまま魂を旅立たせてはいけない。……というか、誤解を解いてない。

 そうだ、まずは俺の子供という誤解を解かなければ話にならない。その時に、あの子の母親と俺は親子だと彼女の逆鱗に触れた言葉の説明もすればいい。


  

「ごめん」


 咄嗟に謝るも、彼女は涙を拭おうと俺の出した手を拒否して店から出ていってしまった。

 閉められた扉が、彼女が俺を拒絶しているように感じる。


 ……きらわれた。

 絶対に嫌われた。

 ―――彼女が戻ってきたら、離縁状を手にしているかもしれない。

 いや、戻って来てくれないかもしれない……。

 

「……世の終わりだ……」


 腕を彼女が出ていった扉に向けた状態のまま、呟いた。

 すると、伸ばしたままの俺の腕を、いつのまにか現れたアンナが思いっきり引っ張り、店の外へと連れ出した。


「世の終わりな訳ないでしょうがっ! あんたがココットちゃんと幸せになってくれないと、私が困るのよっ!! そんな燃え尽きてないで、とっと追いかけなさいってば」

「何でアンナが困るんだよ! ……まさかお前、マルスからココットに心変わりしたのか!? そんな性癖だったのか!」

「そんなわけあるかぁっ! シバクわよっ!!」


 マルス命を豪語するアンナに限ってあり得ない事だと思いながらも、つい口にしてしまった。

 俺の腕を引きながら、大股で斜め前を早歩きするアンナの顔が怖い。どうやら本気で違うらしい。

 


「マルスさんはあんたが心配で、恋愛してる暇なんて無いって言ってるのよ! こんなにいい女が傍に居るのに、信じられないわ! 私がマルスさんをゲットするためにも、あんたにはマルスさんの前でバカップルしててもらわないと困るのよ。さっきのあの子も、どうせあんたの子じゃ無いんでしょう? ……弟って線かしら?」

「―――どうして知ってるんだよ!? 俺だってさっき知ったのに」

「……いつからあんたとつるんでると思ってるのよ」


 アンナは「ふふん」と笑いながら、立ち止まると掴んでいた腕を離した。そして、俺の眼前に指を付きつける。


「あんたの両親は鳥肌が立つほどのバカップルだからよ!! 家を出てからこっそりと子供が増えててもおかしくないわ。それにね、あの子が出来たであろう時期には、アンタには彼女が居たし? 振られただけで泣く男に二股が出来るとは思えないわね!」

「……うっ、泣いていたのは忘れて欲しい過去なんだけど」

「目を腫らした状態で、『恋の種』とは何かってブツブツ言いながら、初恋の乙女宜しく溜息ばっかり付いてたからね。いくらなんでも気持ち悪すぎて忘れれないわよ! でも、その日がココットちゃんとの出会いだったのねぇ」

「……何で知ってるんだよ」


 

 俺が困惑している顔を見ると、アンナは鼻で笑いながら俺の眼前から指を離して両手を腰に付けた。

 そして、こちらが必死で隠していた秘密を見てしまった時の様に、底意地の悪いにやにやとした表情を浮かべて俺を見た。


「うふふ。だって、マルスさんが教えてくれたんだもの! 数年かかってやっと秘密の話をしてくれるようになったのよ。無視されても投げ飛ばされても、めげずに頑張った甲斐があるわ」


 その時の事を思い出しているのか、アンナの口元は緩んでいる。マルスと会話ができるようになって、そんなに嬉しかったのか。

 俺が呆れた視線を贈っているのに気付いたアンナは咳払いをすると、再び俺の眼前に人差し指を突き出した。勢いが余ったのか、突き出した指をグリグリと俺の鼻に押し付けて、空いている方の手は腰に当てたままで胸を張りながらアンナは言った。

 


「でもね、あと少しでマルスさんを陥落出来そうなのに、あんたがマルスさんを心配させたら、また振り出しに戻るじゃないのよ。土下座してでも戻って来てもらいなさいよね」 

「……そうだね。離縁状を貰う前に土下座してみるよ。嫌われたみたいだし、赦してもらえるか解らないけど」


 俺の言葉は、アンナを驚かせたようだ。

 両目を極限まで見開いた後、可哀そうな子を見るような瞳になって俺を見た。


「はぁ~。そこまで脳内妄想が進んでるのねぇ。私が思うに、あんたは嫌われてないわよ。ココットちゃんが怒ったのは、あの子の前で親を悪く言ったからよ」



 アンナに言われて、そうかと気付く。

 ずっと最後の方に言われた言葉しか頭に残っていなかったけれど、確かにココットは、母親の事を気持ち悪いと言ったり、フィルスという名の弟に向かって存在している時点で嫌悪感が湧くと言った事に怒っていた。

 冷静に考えれば、いくらなんでもあの場で言っていい言葉じゃなかった。

  

「……俺はなんて事を言ったんだろう」


 俺とフィルスが兄弟だと知らないココットからすれば、俺の言葉をそのままの意味合いで捉えて彼女が怒るのは当然だ。

 同時に、俺の子供かもしれないと思いながらもその子を庇うとは、なんて優しい子だろうと再認識する。

 


 ……まだ間に合うだろうか。

 謝って説明すれば、赦してもらえるだろうか。



「―――事情を知らない人が聞けば、『存在するだけで嫌悪感が湧く』なんて、最低な言葉よねぇ」

「あれは、あの子に言ったんじゃなくて、いい歳した両親がナニやってんだよって意味で言った言葉だったんだ」

「じゃあ、それをココットちゃんに言えば? いい歳した男が、謝り方を悩んで目を潤ませてんじゃないわよ! 彼女に怒られて、いつも放心してウジウジしてると、いつか本当に離縁状出されるわよ」


 アンナは俺の背をバンバン叩きながら、早く追いかけろと促す。

 

「……今のは慰めてくれてたんだよね?」

「一応はね。……ほらっ、元気出たなら早く行きなさいよ! あの配達員さんが街中で泣いてるココットちゃんを見たら、きっと連れ去るわよ? 恋敵だったんでしょう?」



 アンナの鋭い洞察力に、うっと言葉が詰まる。

 同時に、本当になりかねないと焦りだす。


 俺は、アンナに礼を言うと、街中へと走りだした。

 ココットが出ていったと勘違いした際に、実家へと追いかけた時の様に―――。 



 あまり走る事も無く、フィルスを連れたココットを見るける事が出来た。

 彼女の近くに筋肉ダルマのジョニーはいない様子だ。アンナに言われて焦っていたが、ホッと安堵の息が漏れる。

 後ろから彼女に近づこうと、更に足を進める。

 だが、その足が止まる。


「誰だあの男は……?」



 ココットは見知らぬ男と話している様子だ。全く見覚えの無い顔は、俺の知る限り、店の客ではない。

 訝しがりながらも、ゆっくりと足を前に出した所で気付く。

 ココットと話している男の影で見えなかったが、彼女と話している男は二人組のようだ。 


「―――まさか、誘拐っ?!」


 こんな公衆の面前でそれはあり得ないと思いながらも、それを否定できない。

 なぜなら、彼女はとても可愛いから!

 誰がどう見ても、誘拐したくなるほど愛らしいと思うから!

 彼女の笑顔はきっと氷の心を持つ者をも惹きつけるだろう。それほどに、可愛いのだ。

 ……本人に言ったら、きっと目が悪いと言われるだろう。けれど、俺にとっては世界一愛らしい愛妻だ。



 ココットは誘拐犯と思わしき男と笑いあっている。しかも、頭まで撫でられて笑っている。

 彼女に触れてもいい男は、俺だけなのに。

 彼女も彼女だろう。何で誘拐犯に笑顔を向ける必要があるんだ。


 俺は彼女に会ったら第一声に謝ろうとしていた事も忘れて、些かムッとしながら、彼女に近づいて腕を引き背後から抱き寄せた。


 

恋は盲目です(笑)


次回、ココット視点に戻ります。

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