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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第三章 百花繚乱、花の嵐は尽きることなく
37/58

勘違いは最初からですっ。

 私の一言で、ヴェルさんはうさぎのぬいぐるみが持っている手紙に気付いた様子です。

 テーブルから身を乗り出して手紙を抜き取ると、乱暴な手つきで封を破りました。

 文面を追っている瞳は、読み進めるうちに怪訝なものから不機嫌なものへと変化していきました。ヴェルさんの後ろに居るマルスさんもその文面を目にしたようで、小さな目を限界まで見開き、瞠目しています。

 マルスさんは拳を固く握り、袖をまくった腕の血管を浮き上がらせて彼自慢の素敵筋肉を震わせています。こめかみにも青い血管が浮き出て、不機嫌なヴェルさんを追い越す程の不機嫌な模様です。

 

 是非ともマルスさんには、『キングオブ不機嫌』の称号を贈りたいと思います!

 

 男の子は、目の前の二人が不機嫌オーラを漂わせている事で、更に怯えてしまった様子です。

 子供独特のふっくらとした小さな手が、ぬいぐるみをきつく抱きしめて震えています。愛くるしい顔が、ますます陰りを帯び、曇りの無い翡翠の瞳には涙が浮かんでいます。


 ……このままでは、この子は泣いてしまうでしょう。

 私自身も若干恐怖を感じていますし、マルスさんとヴェルさんの不機嫌な顔を何とかしないといけません!

 本当は抱きしめて頭を撫でて甘いものを食べさせたい衝動に駆られているのですが、見知らぬ人にいきなり抱きしめられたりアレコレされるのは私でも怖いので、何とかこの不埒な手を留めています。

 


「……あの。何が書いてあるんですか?」


 

 慣れない場所での沈黙は不安を煽ります。こんなに小さいのに、大の大人が二人がかりで不機嫌顔ですから、尚更でしょう。

 まずはこの沈黙を払しょくすべく声をかけました。

 私の声にヴェルさんは身体を一瞬震わせて、弾かれたようにこちらに視線を移します。戸惑いの様な視線です。


「…………この子を少しの間預かってくれって」

「えっ……?」


 手紙はこの子の親御さんからだったのでしょうか。でも、少しってどの位でしょう。こんな小さな子が、親から離れても大丈夫なのでしょうか。

 今にも泣きそうな顔をしている男の子を見ながら、そんな事を考えていた時です。

 ヴェルさんがこっちを向いてくれと言わんばかりに私の腕を引きました。


「―――誤解だから! この子は俺にそっくりだけど、違うから!」


 ……えっ?

 何が誤解なのでしょうか。

 手紙は親御さんからじゃなかったのでしょうか。それとも、小さく見えるだけで、実際年齢は思ったよりも高いのでしょうか。それだったら、あまりお子様扱いしてはいけませんね。

 何が誤解なのか解りませんが、あまりの剣幕でマルスさんと私に向かって「違うから! 信じてくれ」と言っているヴェルさん。その表情は、目の前の男の子みたいに目を潤ませています。

 泣きそうな男の子に、泣きそうなヴェルさん。そっくりな二人が、同じ表情をしています。

 

 ……どうしましょう。

 二人が可愛すぎて、手がワキワキしてきました。

 理性で止めているのに、その顔は反則ですっ……!

 このままでは、会って間もない幼子の頭をこねくり回す痴女になってしまうじゃないですか!

 

 

 理性崩壊の危機を迎えている私は、手を固く握りしめて戒めると、唇をかみしめながら視線を二人からずらしました。

 変態的な顔にならないように、緩む口元を歯で必死に押さえているので、眉間に皺を寄せて変な表情になっている事でしょう。

 ヴェルさんは私の表情を見て、理性崩壊の危機を察してくれたのでしょうか。

 私の腕を離すと、煙のようにゆらりと立ち上がりました。そして、足元をふらつかせて時折テーブルや装飾にぶつかりながら、店の奥つまり居住スペースの扉へと、姿を消しました。


「……あのよ、このガキの歳は、どう見繕っても三つか四つだ。つまり、嬢ちゃんと結婚する前に生まれたガキって事になる」


 ヴェルさんが扉の奥へと消えると、普段の大音声はどこへ行ったのやら、至極申し訳ない声音でマルスさんが口を開きました。

 マルスさんはおろか、この店の誰も男の子の存在を知らなかったと私に謝る様に言うと、拳を握りしめて腕の血管を更に膨張させました。


「喝を入れてくる!」


 地鳴りの様な低い声でそう吐き捨てると、マルスさんまで居住スペースの方へと歩いて行きました。

 足音が、何かのカウントダウンの様に聞こえるのは気のせいでしょうか……?




 ヴェルさんとマルスさんがこの店舗スペースから出ていって、男の子と二人きりになってしまいました。

 男の子は、今もうさぎのぬいぐるみに顔を埋めて、泣きそうです。

 無理もありませんね。親と離れて、初めての場所に居るのですから。

 


「私はココットと言います。あなたのお名前を教えてもらえますか?」


 親しくなるには、まず名前を名乗るべきだという実家の格言にのっとり、まずは名乗ってみました。

 可愛すぎるお客様を目の前に、眉尻は下がり、口元がゆるみきって変態的な顔を披露していますが、これはもう仕方ない事です。

 ……可愛すぎるのがいけないのですっ!

 男の子は、まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、ビクリと身体を震わせると顔をぬいぐるみに埋めたまま、翡翠の瞳だけをこちらに向けました。


「…………フィルス」

「フィルス君ですね。仲良くしてくださいね。……そのうさぎさん可愛いですね、とっても素敵! まるでフィルス君みたいです」


 黄土色の毛並みで、瞳の部分にはフィルス君の色と似たガラスが嵌められています。どことなく、ヴェルさんにも似ている気がして実は気になっていたのです。

 市販では見たことがない毛色なので、手作りでしょうか。

 フィルス君はうさぎのぬいぐるみが褒められたのが嬉しいのか、ぬいぐるみを私の方へと差し出すと顔をほころばせました。


「あげる」

「――――――っ!」



 フィルス君が口を開いた途端、尻尾をピルピルと振っている幻影が見えた気がしました。草はらを転げまわる子犬の様な笑顔を向けられ、可愛いもの(特に犬系)が大好きな私は、ついつい理性が焼き切れてしまった様子です。

 気付けばフィルス君の椅子の前に行き、ぬいぐるみごと抱きしめていました。

 


「う~~! あげるのは、うさぎさん」

「すみません。フィルス君があまりに可愛くて、つい。うさぎさん貰ってもいいのですか?」

「うんっ! ママがプレゼント」

「ママがプレゼント……? 私にですか?」

「うんっ! お姉ちゃんに」

「……まぁ! それでは、届けてくれたのですね。ありがとうございます」



 フィルス君のふわりとした頭を撫でて、ぬいぐるみを受けとると、その服の中にもう一通の手紙がある事に気付きました。

 宛先は『リウヴェルの奥さん』。つまり、私ですよね?

 ずっと気になっていた小花柄の封筒です。

 何が書いてあるのでしょうかっ?! 



 


 


 




 

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