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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第二章 種を育てた末に
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恋の種は目に見えません 2

「『恋の種』……? いや、聞いたことは無いかな」


 

 翡翠の美しい瞳を涙で濡らすお姉さんは、どんな種なのかと私に聞いてきました。

 『恋の種』とは、その名の通り恋心の種なのです。



「人の心の中には、感情の名前が付く種がいくつも存在しているそうです。『恋の種』はその中の一つで、好きな人に対する恋の気持ちの種なのです。その人の気持ち次第で根が大きく張った大樹の様にも育つし、凛と美しい花を咲かせたり、リンゴの様にいくつもの実がなる様にも育つそうです。……実際には目にみる事は出来ませんが。種を芽吹かせた本人にはどんな風に育っているのか、わかるそうですよ」

「へぇ……」

「目で見る容姿と違って、先ほども言ったように、この心の中にある種は目に見えません」

「まぁ、そうだろうね」

「要するに何が言いたいのかというと……。ええと、もしも貴女の心に相手に対する恋の種が芽吹いていなかったのなら、そんなに悲しむ必要はないと思うのです。第一、見た目だけで恋愛をする人は、選ばなくて正解なのです! そんな人に振られても、嘆く事は無いと思います!! 私はまだ恋愛をした事は無いので大きな事は言えませんが、心を見てくれる方との出会いがあると良いですね」




 私が言いたかった事を言い切った瞬間、頭上の鐘が空気を震わせる程に大きく鳴り響きました。

 嫌な事に、私の門限を告げる鐘の音です。

 鐘の音を聞いた途端、ゆったりとした時間が流れる夢の世界から、一分六十秒で世界がまわる現実世界に連れ戻された気分になりました。



「あああ~~!! お父さんに怒られる~~!!! すみません、帰ります!! 」



 玄関で仁王立ちして待ち受けるお父さんに捕まり、項垂れながらこんこんとお説教を受ける私を想像してしまいました。最近のお父さんのお説教は長いのです。正座をするのですが、足の感覚がなくなる程に長いのですよ。

 家に着く時間が遅くなれば、それだけお説教タイムが長くなります。足元に置いていた鞄を掴むと、一方的に別れを告げました。




 次にそのお姉さんと会ったのは、翌年だったと記憶しています。

 たしか、町内総出のスタンプラリー福引大会の日でした。

 町内の全店舗をフルコンプすると、福引を引く事が出来るといった年一度開催される催しです。

 一等の景品は、豪華クルーズ船を使い家族で行く南国のバカンス地でした。あの時は、お母さんがその景品を欲しがって、普段は絶対に買わない物を買っていました。

 

 

 お姉さんと再会したのは、家族皆で分散して買い物をしがてらスタンプを集めるといった行動をとっていた時です。

 辺りが茜色に染まり、人がまばらになった時間帯でした。

 家に向かって買い物袋を両手に抱えて歩く私に、声をかけてくれたのです。



「君っ! ちょっと待って!! 去年、教会前で話をしてくれた子だよね? 」



 不意に聞こえた声に振り向けば、宝飾店の方から一人の人が出てきました。

 その方は、長い金の髪を茜色に染め上げながら、私の方へと駆け寄ると「やっぱりそうだ」と翡翠の瞳を嬉しそうに細めました。

 


 ……『去年、教会前』という事は、あの時泣いていたお姉さん?

 あの時は薄暗くて、しかも急いでいたので容姿はうろ覚えなのですが、男装がよくお似合いの麗人だったのですね!

 しかも、当時は座っていたのでどれほどの身長があるだなんて考えもしませんでしたが、随分と背が高かったのですね。麗人歌劇団の団員と言っても過言ではないです!

 こんな素敵な麗人を振るだなんて、そんな男と結ばれなくて正解でしたよ!



 めったに拝めない美貌に、ほぅと溜息混じりの声を吐き出してしまいました。荷物さえ無ければ、高鳴る胸に手を当てていた事でしょう。

 目の前の眩しすぎる笑みに見惚れている私に向かい、お姉さんは私の頭一個半ほど大きな長身を折り曲げて頭を下げました。

 


「お礼を言いたくてずっと探してたんだ。―――あの時は、ありがとう」




 顔を上げたお姉さんの顔は、実にさっぱりとしていて、去年の憂いなど微塵も感じれませんでした。

 何気ない話だったのですが、あの時の出来事が少しでもお姉さんの心の糧となってくれたのなら、嬉しく思います。

 目の前の眩しい笑顔につられるように、私の顔にも笑みが浮かびます。

 



「お役に立てて何よりです! 」

「……あの時は、この容姿のせいで人間不信になりそうな時期だったんだ。最後の止めとばかりに顔の事を言われたし。でもさ、君の話で色々と考え方を変える事ができ――――」

「お~~~~~いっ!! 」




 お姉さんの優しい低音の声をかき消すように、野性味溢れる男性の大音声が夕暮れの街に響きました。

 その声の持ち主はお姉さんの知り合いらしく、宝飾店の扉から顔を出すと、彼女に向かい逞しい腕の先につく掌を振りながら「まだ用が済んでねぇだろうがっ! 」と叫んでいます。

 お姉さんは耳を押さえながら苦笑すると、男性に手を振り「もう少し待って」と言っています。

 まるで気の合う恋人のようです。

 ―――恋人っ!

 


「恋人が出来たのですね! おめでとうございます。お姉さん(・・・・)の様に温かい笑顔を持つ方は、きっと幸せになれると思いますよ! ―――あっ! お使いの途中ですので、失礼しますね! 」



 

 人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて何とやらと言いますし、二人で宝飾店に用事なら尚更邪魔する訳にはいきません。

 恋人同士で宝飾店へ行くとしたら、理由は一つしかないじゃないですか。……おそらく、結婚指輪の購入でしょうね。




 邪魔者は直ぐに退散するのです!

 お姉さんが何やら驚いた顔をして否定をしていますが、そんなに照れなくてもいいのですよ?

 そんなに全否定したら、彼が可哀そうじゃないですか?!

 



お姉さん(・・・・)、お幸せにっ!! 」




 私は自分が出せる目一杯の笑顔をうろたえるお姉さんに向けると、両腕で抱えている荷物の重さを忘れるほど幸せ気分で家路につきました。


 


 



 


 

 


 



 


 





 

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