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亭主様と恋の種  作者: まるあ
第二章 種を育てた末に
26/58

恋の種は目に見えません 1 【亭主様挿絵あり】

途中で有明自己満足世界の亭主様の挿絵があります。


挿絵がいらない方はオフにしてご覧ください!

 今、満月の明るい光が道を照らし出す夜道を、ヴェルさんと手を繋いで歩いています。

 私を誘導するかのように手を引くヴェルさん。闇に浮かびあがる彼の姿は、夜空を照らす月の様な金の髪が輝き、まるで月からの使者の様です。           



 お互いに無言で、道を歩く二人の足音だけが闇夜に響いています。

 無言だけれども、気まずい雰囲気が漂っているわけでもないのですが、個人的に一つ困った事が……。



 手汗が……。

 なぜかヴェルさんの指が、がっちりと私の指に絡んでいるのです。

 斜め前を歩くヴェルさんが綺麗で、なおかつその様な男性と手を繋いでいるので、ドキドキと高鳴る胸と比例するかのように、手汗が出てくるのです……。

 拭きたいのですが、手は外れそうもありません。

 汗を拭きたい事を話せばいいのかもしれませんが、そんな事……恥ずかしくて言えませんっ!



 一人で乙女心について悶々と考えながらもチラリとヴェルさんを盗み見れば、彼は私の手汗に気付いていないのか、幸福そうな表情で歩を進めています。

 ……先ほどの死人の様な青い顔が嘘のように。

 倒れそうな程顔色が悪かったのですが、今はそうでもない様子です。やはり、あの匂いが眠気を誘ったのでしょう。

 今の彼の表情は、直伝薬を手渡した時の様な照れが混じった穏やかな笑みを浮かべています。

 この表情を見ると、私の心も穏やかになります。

 温かな灯が心についている様な、そんな気持ちになるのです。




 盗み見るようにヴェルさんの顔を見ていた時、彼が一つの建物の前で「そういえば」と、何かを思い出したかのように歩みを止めました。

 その建物は、私とヴェルさんが挙式を行った、ある意味思い出深い教会です。

 私にとっては、単なる常連さんだったヴェルさんを知る事が出来た場所なのです……。

挿絵(By みてみん)


 



「昔、初めて君と出会ったのがこの場所なんだよ」

「えっ?! 」



 初耳です! 

 教会前で、ヴェルさんとの出会いがあったなんて!

 ……どのように出会ったのでしょう?

 やはり、ここは王道展開で、教会前ですれ違いざまに肩がぶつかったパターンでしょうかっ?!

 それとも、私がハンカチを落としたパターンでしょうかっ?! 

 いや、もしかして、私の帽子が風にとばされたパターンかもしれませんね!

 



 しかし―――残念ながら、教会前で男性と出会うと言う貴重な体験を、私の小さな頭は覚えていないようです……。

 色々なパターンを想い浮かべてもヴェルさんと結びつきそうな記憶はありませんでした。

 心が沼地に沈んでいくようです……。


 

 俯いた私を慰めるように頭を撫でると、少し躊躇しながら、ヴェルさんは口を開きました。

「……こんな事、奥さんになった君に言ってはいけないとわかってるんだけど……。どうしようもない理由で振られて、人生終わったと落ち込んでる時に君に慰めてもらったんだよ」

「えっ!? 」



 こんなモテそうな美貌を持つヴェルさんが振られた!?

 ……世の中、贅沢な女性が居るのですね……。

 でも、振られる事に慣れていないからこそ、その衝撃は計り知れない物だったに違いありません。

 振る事も振られた事も経験が無い私が、どのように慰めたのかは覚えておりませんが、今ヴェルさんが笑って当時の事を思い出しているのなら過去の私は彼の役に立てたと言う事ですね。



「……当時の事は覚えてないのですが、お役に立てて何よりです」



 ヴェルさんの役に立てた事が嬉しくて、自然と笑顔が溢れます。そんな私の表情につられたのか、ヴェルさんまでが温かい笑顔を浮かべています。

 頭に乗っていたはずの彼の手は、頬を撫でるように降りてきました。


「そのセリフは、二度目に逢った時にも聞いたよ」

「ええっ?! 過去に二度も会っているのですかっ?! 」   


 全く覚えていませんよっ!

 ヴェルさんの様な男性なら、きっと記憶に深~く刻まれる筈なのに!

 二度も会っていれば、覚えていない筈ないのに!!



「……私、記憶障害かもしれません……」

「違うよ。三度目に逢った時は覚えてたからね」



 三度目に逢った時は覚えているのに、今覚えていないだなんてっ!

 ……もしかして、最初の出会いは私がもの凄く小さいときなのでしょうか?

 それとも……事故か何かで……?

「その時に、頭を打っていませんでしたか? 」

 そうでなければ、忘れている理由がわかりませんっ!



 私の言おうとしている事がわかったのか、ヴェルさんはその秀麗な顔に苦笑を浮かべています。



「髪の長い俺の事を、女と勘違いしてたからね。……髪を切って食堂に通い始めた俺に全く気付いていなかったし」

「ええっ?! 」



 なんて事でしょう!


 男の人を女の人に間違えるだなんて!!

 ……でも、髪の長いヴェルさんなら女性に間違えてしまいそうですね。

 『うさぎ亭』から家までの廊下の途中にある肖像画に描かれていたヴェルさんは、とても美人さんでした。……親しみまで湧くような。

 ―――あれ?

 なんだか頭の片隅に、なにかが引っ掛かっている感じがします。

 高い場所にある荷物が取れそうで取れない様な……。

 あと一歩で何か思い出せそうなのですが……。




「最初に逢った時に『恋の種』の話をしてくれたよ。君は制服姿で雨の中、家路を急いでいたかな。……直しようが無い事で振られて、無様に泣いている俺を慰める為に立ち止まってくれて話をしてくれたんだ。どう? 思い出せない? 」

「『恋の種』……。雨の中で泣いている人……? ―――ああっ!! 」



 思い出しました!

 雨の中、教会の階段に座りながら泣いていたお姉さん!

 あの方がヴェルさんだったのですね!!



****



 どの位前の事でしょう。

 私が十四の時だったと思います。五年制の中等学習院の二年生でしたから。

 あの日は遠方であった実習の為に、帰宅が凄く遅くなったのです。辺りは真っ暗で、雨も降っていて。早く帰らなければ家族が心配するし、何より門限が迫っていて怒られるのが嫌な私は家路を急いでいました。

 ちょうど教会の前を通った時、階段に座りながら泣いているお姉さんを見つけたのです。

 地面に打ち付ける雨だけを視界に入れながら、涙だけを滂沱と流すお姉さん。嗚咽は無く、ただただ綺麗な雫を頬に落とし続けていました。

 その時はあまりの切ない泣き方に目を奪われ、急いでいる事を忘れていました。気付けば鞄から手巾を取り出し、お姉さんに差し出していました。



「どうしたんですか? 」

 


 いきなり現れた手巾と、少女に驚いたのでしょう。お姉さんは一瞬目を見開き驚きを表わしましたが、私の差し出した手巾を受けとると、涙にぬれた頬を拭き、溢れ続ける雫を吸い取る為に手巾を瞼に押し当てました。



「振られたんだ。……『恋人として連れて歩くなら良いけど、毎日一緒にいて隣に立たれると、その顔のせいでみじめな気分になる。気が抜けなくて疲れる』そう言われた。他の事なら直せるけれど、顔は……。昔からそうなんだ、皆顔しか見てくれない」



 切々と心境を語るお姉さんは、どうやら結婚を前提にお付き合いをしていた方から別れを告げられた様子でした。

 振られた理由が、親から受け継いだ容姿だなんて……。

 恋愛は、心でするものなのに……。

 切なげに涙を流し続けるお姉さんを元気づけたくて、何か無いかと考えていると、友人から聞いた『恋の種』の話を思い出しました。

 



「『恋の種』ってご存知ですか? 」


 

 

 

 



 



 


 

 

 

 


 

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