良薬口に苦し……?!
でき上がった緑の直伝薬を瓶に詰め、贈り物らしく綺麗にラッピングして完成です!
あ、部屋にこもった匂いを散らす為に、換気をすることも忘れてはいけませんね。
この直伝薬、匂いがアレなのです。
酢飯とゆで卵を発酵させ、牛乳を搾った雑巾を混ぜた匂いというか……。
藻が浮かんだ沼地の芳しい香りというか……。
この『究極! 即効爆眠薬』を作る過程では、あまりの匂いの為に洗濯バサミを鼻に付けるのは必須なのです。……じゃないと、作っている最中で意識が飛びます。実際、先ほど意識を一瞬とばしました。
でもっ!
色は綺麗なのですよ!
『うさぎ亭』亭主様であるヴェルさんに相応しい力強い瞳と同じ翡翠色なのです。
透明な袋にラッピングされた瓶を光に透かし見た所で、ふと思いつきました。
「色が綺麗でも、匂いがアレな薬って貰って嬉しいでしょうか……? 」
現にこの直伝薬は、洗濯バサミが手放せない薬です。
作っている最中にも気を抜けば意識が飛ぶほどの物なので、効き目は確実だとは思うのですが……。
渡すべきか止めておくべきか、と頭を捻っていると背後で空気が動き扉が閉まる音がしました。
……アマレットちゃんでしょうか?
「ココット嬢? 扉にある『入室時鼻栓必須!』の張り紙を見たんだけど、何を作ってるの? 」
「わわわっ!! 」
「驚かせて済まない。お義母さんがここに案内してくれて……」
アマレットちゃんではなく、ヴェルさんでしたか!
振り向いた私の目に入ったのは、……洗濯バサミが、程良い高さの鼻梁に良くお似合いな亭主様でした。
ヴェルさんの鼻には、二十個で菓子パン一つが買える激安洗濯バサミが、高価な装飾の如く飾られています。普通の人なら、笑いがおこる顔になるはずなのに!
……洗濯バサミを装飾品に見えるようにしてしまうなんて、なんて人なんでしょう。―――流石は亭主様ですっ!
あっ、見入っていてはいけませんね!
「あのっ! 夜にあまり眠れていない様子ですので、父直伝の『究極! 即効爆眠薬』を作っていたのです。……遅くなってしまいましたが、お誕生日プレゼントのかわりに……」
私の前まで来たヴェルさんに、渡すのを迷っていた直伝薬を恐る恐る差し出すと、彼は照れたように笑いながら宝物を扱うような仕草で受け取り胸に収めました。
その表情を見て、渡して良かったと心が温かくなりました。
ヴェルさんは一般の台所が珍しいのか、雑然とした棚を見回すと、先ほどまで作業していた為に材料が散乱している付近に目を止めました。
身体もやや硬直しているようです……。
「……今貰った薬って、ナニが入ってるの? 」
「ええと……。マシム(毒蛇)の肝と肉と、ネムネムタケ(毒キノコ)と、トリブトカ(毒草)とスラズン(毒草)とスパルックです! 刺激物ばかりですが、どの様な猛者でも一分と待たずに眠れるそうです! 」
硬直していたヴェルさんは頭が痛いようで、引きつった笑みを浮かべてこめかみを抑え始めました。
……心なしか青ざめているのは、気のせいでしょうか?
もしかして、私が作ったから効き目を心配しているのでしょうか。私も飲んだ事は無いので、どの程度効くかはわからないのですが……。
「大丈夫です! 直伝レシピを見て作ったので、確実に夢の世界に旅立てるはずです! 」
失敗などの心配は無用とばかりに「確実に」を語気を強めて強調し、更に安心してもらう為に胸を叩いて太鼓判を押しました。
ですが、青ざめた顔が更に青くなり、今は死人のように真っ白です。それに、翡翠の美しい瞳には涙が浮かんでいるのは気のせいでしょうか……?
「……うん。ありがとう。……それにゴメン、なんか泣けてきた……」
嬉し泣きですかっ!?
そんなに喜んでもらえて何よりですっ!
もしかして死人の様な真っ白な顔色は、鼻の洗濯バサミの隙間から入った匂いにつられて、眠くなったからなのでしょうか?
そんなに倒れそうなほど眠いなんて、早く横にならなくてはいけませんね!
ささっ! 早く帰りましょう!
―――えっ? お仕事ですか? お母さんにお願いしておきます!
亭主様……。あの薬をどうするのでしょうか?!(@_@;)
二章ラストまで、あと五話程度の予定です!




