18.砦の夜
シオン達が砦に戻ったのは、夕方のことであった。
砦に入った彼等を、ウィリアムとシャーロット王女が笑顔で出迎えた。
「おかえりなさい。やりましたね」
「おかえりなさいませ。皆様。魔王討伐おめでとうございます。そしてこの国の危機を救っていただきありがとうございました」
嬉しそうに微笑むシャーロット。
シオンは、ありがとうございます、と答えると、後の対応をカルロスとゾフィアに任せ、自身はウィリアムにそっと耳打ちした。
「ケガをした人達は?」
「先ほど、のろしが上がりましたので、無事に最寄りの村に到着したようです。今頃は、重傷者を乗せた馬車が街に向かっている頃でしょう」
シオンはホッと胸を撫でおろした。
「そうか。じゃあ、安心だな。……あっちの方はどう?」
「想定通りです。今、アリスが対応しています」
真剣な顔で頷き合う2人。
そして、その後。
シオン達残ったメンバーは、砦で一泊することになった。
* * *
茜色の空が、薄闇に包まれる頃。
砦の中庭に、幾つか小さな火が焚かれた。
その火で肉を炙って食べながら、楽しそうに歓談する戦士達。
シオンは、ウィリアムとジャックスと共に火を囲みながら、周囲を見回した。
――前回よりも雰囲気が明るいな。死傷者が少ないからか。
そして、思った。
ここから先は、未知の未来。
どうなっていくのだろうか、と。
と、その時。
シオンの視界の端に、シャーロット王女が入った。
手に瓶のようなものを持った彼女は、笑顔でシオン達のところにやって来た。
「お疲れ様です。シオン様。これをどうぞ。王都から持ってきた美味しいお酒ですのよ」
シオンは、軽く息を吸うと、残念そうな表情を作った。
「すみません……。俺の国では、俺の年齢での飲酒は禁止されているんです」
「まあ、なにをおっしゃいますの。ここはローズタニア王国。しかも、魔王討伐後のお祝いですわ。どうぞお飲みくださいませ」
にこにこしながらお酒を勧めるシャーロット王女。
では、ありがとうございます、と、コップに注いでもらうシオン。
そして、お酒を地面にこっそり捨てると、グッと飲み干すフリをした。
「ふふふ。いい飲みっぶりですわね。ジャックス様とウィリアム様もどうぞ」
「ありがとうございます」
2人にも、なみなみとお酒を注ぐ王女。
そして周囲を見回すと、首をこてんと傾げていた。
「いつも一緒の、あの女の子はどうなさったんですか?」
「彼女は斥候ですからね。こうした戦闘には向かないのです。領主館に置いてきました」
「そうでしたか」
では、私はここで、と、瓶を持って去っていくシャーロット王女。
その後ろ姿を見送りながら、ジャックスがボソッと言った。
「なんつーか、本気なんだな」
「……まあ、そういうことでしょうね」
「恐ろしいよな。知らなきゃ、喜んで飲んでた」
「……そうですね」
溜息をつく2人。
シオンが苦笑いした。
彼は、心のどこかで願っていた。
王女本来は優しい人で、教会に操られているだけなんじゃないか、と。
しかし、ここにきて、それが完璧に間違っていたということが分かった。
彼女の笑顔の奥から漏れ出ていたのは、明確な殺気。
――……すごく残念だけど、もう終わりだな。
頷きあう3人。
そして、シオンは、立ち上がり。
わざとらしく大きな伸びをすると、少し大きめな声で言った。
「なんか急に眠くなってきた。俺、寝てくるわ」
「お疲れ」
「部屋が準備してありますから、ゆっくり休んでください」
手を振って、少しフラフラしながら砦の中に入るシオン。
決められた部屋に入って扉を閉めると、小さく唱えた。
「<光玉>」
かなり明るい光の玉が部屋の中央に出現し、部屋を照らす。
(これで良し、と)
ゆっくりと服を脱ぐシオン。
そして、着ていた服と下着を椅子にかけ、あくびをしながらベッドに潜り込んだ。
* * *
シオンが部屋に戻った数時間後。
ジャックスとウィリアムが、欠伸をしながら部屋に戻った。
次に、同じく欠伸をしながら、カルロスとゾフィアが戻り。
中庭にいた騎士や魔法士達も、1人、また1人と部屋に戻り。
剃刀のような三日月が頭上に薄暗く光る頃。
中庭には誰もいなくなっていた。
聞こえてくるのは、夜鳥が、ギャッギャッ、と鳴くこえのみ。
そして、しばらくして。
砦の裏戸が静かに開き、シャーロット王女と教会騎士2人が音もなく出てきた。
騎士の1人が、小声で言った。
「準備は整っております」
分かりました、と、頷くシャーロット王女。
砦の裏手にある小さな扉を開けて外に出る、3人。
そして、待っていた教会騎士1人と合流し、山を登ることーー10分。
山頂の展望台のような場所に、3人の男が立っていた。
エミールと、教会騎士2人だ。
エミールは、ニヤリと笑うと、シャーロット王女に丁寧なお辞儀をした。
「どうやらうまくいったようですね」
「ええ。部屋の中がやたら明るくて少し困りましたが、問題ありませんでしたわ」
「きっと光魔法でしょう。まあ、もうどうでもいいことですが」
「そうですわね。――ところで、状況はどうですの?」
「万事うまくいっております。聞こえませんか?」
そう言われて、シャーロット王女が耳を澄ますと、遠くから風に乗って聞こえてくるのは、人ならざる者の叫び声。
エミールが、歯をむき出しにして笑った。
「暗くて残念ですが、勇ましい勇者たちの最期を見物するとしましょう」
そして、その1時間後。
ドドドドドドドドドド、という音とともに、大地が揺れ始めた。
砦の少し先に、赤い光が無数に見えてくる。
「あれは?」
「怒り狂ったミノタウルスの双眼です。集落には150ほどいたそうです。
ミノタウルスは、Aランク相当です。瘴気に侵されているので、恐らくSランクに近いかと。これで彼らも終わりです」
「この場所は大丈夫なのですか?」
「ええ。魔物除けの魔道具を使っております」
「では、安心して見ていられますわね」
うっとりと赤い光を眺めるエミールとシャーロット王女。
そして、ミノタウルスの大群が、砦前の広場に入った瞬間。
聞き覚えのある大きな声がこだました。
「<光玉>!」
その瞬間。
真っ暗な空に、大きな光の玉が打ち上げられた。
光の玉は、そのまま上空に停止。
まるで太陽のように輝き始めた。
突然の光に、思わず手で目を覆うエミールとシャーロット王女。
そして、ようやく光に目が慣れて、恐る恐る手を外し。
眼下に広がる信じられない風景に、大きく目を見開いた。
「なっ!!!!!」
「な、なんですの! あれは!?」
光の下には、広場端に設置された落とし穴に落ちて叫び声を上げるミノタウルス達。
広場反対側端、砦前には、完全武装をした騎士50余名。
砦城壁には、クロスボウ隊と、杖を持った魔法士達が並んでいる。
騎士の先頭に立つ、黒目黒髪の青年が、光り輝く剣を天に掲げて叫んだ。
「これで最後だ! 一匹残らず殲滅せよ!」
オオオオオッ!!!!
響き渡る雄たけび。
最後の戦いの幕が切って落とされた。




