13.イケメン暗殺者の素顔
2月20日、土曜日。
冬の暖かい午後。
紫苑は、落ち着かない気分で、家のリビングをウロウロしていた。
今日は、なんと、ゲーム仲間の1人である、イケメン暗殺者、柚子胡椒が家に来るのだ。
(ネトゲのフレンドと実際に会うのは初めてだ。めちゃくちゃ緊張する!)
なぜ、柚子胡椒が来ることになったのか。
これには、スマホを異世界に持っていけないことと、紫苑が超不器用であること、の2つが関係している。
もともと、紫苑はスマホに知識本をたくさん入れて持っていく計画を立てていた。
しかし、頼みの綱のソーラーバッテリーが使いものにならないことが分かり、計画は破綻。
持参するノートに書ききれない知識を、日本で習得する必要に迫られた。
そこで、まず思いついたのが、サバイバル知識の習得だ。
異世界で、何度か帰れなくなって野営をした時、とても不便な思いをしたのを思い出したからだ。
「あの時は酷かったよな……。火はすぐ消えるし、肉は生焼けで腹を壊すし。最後はゾフィアが自棄になって山火事起こしそうになるし」
その時のことを思い出し、遠い目をする紫苑。
そして、思った。
前回の紫苑は、全く知識がなかったので、見ているだけしか出来なかった。
でも、今回は日本でサバイバル技術を習得して行ける。
何気なく「じゃあ、ここで野営するか」とか言いながら、ササッと竈を作って、料理を作ることも出来る訳で……。
(これって、みんなの役に立てるってことだよな。しかも、単純にカッコいい!)
その光景を想像し、やる気を出す紫苑。
早速、サバイバル知識系の動画をピックアップし、庭でやってみることにした。
まずトライしたのは、竈を作ってお湯を沸かし、カップ焼きそばを作ることだ。
(やっぱ湯を沸かすのは基本中の基本だよな!)
しかし、紫苑のやる気とは裏腹に、事態は難航を極めた。
竈はすぐ崩れるし、火はつかないし、お湯は湧かないしで、何一つ上手くいかない。
そんな超不器用な紫苑に、救世主が現れた。
柚子胡椒だ。
柚子胡椒は、親がサバイバル好きなことから、キャンプやサバイバルに非常に詳しい。
四苦八苦する紫苑に、様々なアドバイスをしてくれた。
なるほどなるほど、と、その通りにやってみる紫苑。
しかし、なぜか一向にうまくいかない。
しょげる紫苑に、柚子胡椒が思い切ったように言った。
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柚子胡椒:
『あの。もし良ければなんだけど、会って教えようか。同じ神奈川県だし、家も近いと思うんだよね』
紫苑:
『え、いいの?」
柚子胡椒:
『うん。 文章で説明するにも限界があるからね。一緒にやってみたら、多分一瞬で出来るようになると思う。あと6ヶ月しかないし、それがいいと思う』
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紫苑は、この申し出をありがたく受け入れた。
もちろん習いたかったというのもあるが、同年代の柚子胡椒に一度会ってみたかったというのもあったからだ。
画面では、長身クールなイケメン暗殺者の、柚子胡椒。
一体どんな奴なんだろうか。
紫苑は、ソワソワしながら冷蔵庫を開けた。
柚子胡椒がプリンが好きだと聞いて、近所のコンビニで、自分の好物でもあるデカプリンを買って来た。
ボリューム満点でお腹も満たされる。おやつにはこれを出そう。
――ーその時。
ピンポン
玄関の呼び鈴の音が鳴り響いた。
時間ぴったり。柚子胡椒だ。
紫苑は早足で玄関に向かった。
そしてドアを開けて……
「……え?」
目を見開いて固まった。
そこには、 ピンク色のコートを羽織って、大きな紺色のリュックサックを背負った、小柄な女の子が立っていた。
長い髪を後ろで団子にして、黒縁メガネをかけている。
色白で顔立ちも良く、控えめに言っても、相当可愛い。
紫苑は警戒した。
こんな可愛い子が突然来るなんて、絶対にありえない。
布団でも売りつけられるんじゃないだろうか。
女の子は、少し恥ずかしそうにもじもじすると、紫苑に言った。
「あの……、柚子胡椒です」
紫苑は、思わず後ろによろめいた。
想定外すぎる出来事に、頭の中が真っ白になる。
(え? どういうことだ? 柚子胡椒はイケメン暗殺者だろ?)
紫苑が何も言えず黙っていると、女の子は、少し困った顔をしながら、ぺこりと頭を下げて言った。
「……すみません。実は私、女なんです」
* * *
柚子胡椒が来て、10分後。
紫苑は、混乱しながら台所でお茶を入れていた。
リビングのソファには、ピンクのコートを脱いで、黒いセーターとジーンズ姿になった柚子胡椒が座っている。
(家に、可愛い女子がいるとか、俺、夢でも見てるんじゃないか?)
思い起こせば、柚子胡椒が女子だと気づくポイントはたくさんあった。
一人称は僕だが、言葉遣いは女性っぽかったし、他の女性プレイヤーと仲良くしていた。
紫苑は頭を抱えた。
家に来るかといった時、 あからさまに戸惑った様子だったのは、遠慮じゃなくて女子だったからだ。
知らないとは言え、女子を強引に家に誘ってしまった。
なるべく平静を保ちながら、リビングにお茶を運ぶ紫苑。
すると、柚子胡椒が持っていたお洒落な紙袋を差し出してきた。
「あの、これ。シオン君もプリンが好きだって聞いて。パティストリー・ブルーナのエッグプリン」
中を見ると、紫苑が買っておいたデカプリンとは比較するのもおこがましいような、可愛らしくて上品なプリンが入っている。
自分が買ったデカプリンを、そっと心の冷蔵庫にしまうと、無言で柚子胡椒が持ってきてくれたプリンをテーブルの上に並べる紫苑。
そしておもむろに向かいのソファーに座ると、彼はガバッと頭を下げた。
「ごめん。知らないとは言え、女の子を強引に家に誘ってしまった」
柚子胡椒は慌てたように手を振った。
「いや。全然いいよ。 他にいい場所思いつかなかったし、紫苑君のことは信用してるから。……まあ、お家に誰もいないとは思わなかったけどね……」
「……ごめん。柚子胡椒のこと、本気で男だと思ってて」
「うん分かってる。僕も言わなかったのが悪かったと思ってる。僕こそごめん」
お互いに、ごめんねごめんね、と、謝った後。
2人はプリンを食べながら、改めて自己紹介をしあった。
柚子胡椒の本名は、南山柚香。
3つ先の駅に住んでいる高校1年生らしい。
とりあえず雑談を始める2人。
話題は、自然とオンラインゲームのパーティメンバーの話に。
「すみれさんて素敵だよね。大人の女って感じ」
「すみれさんのお陰で、俺、20kg近く痩せたんだ。すごく感謝してる」
「男気溢れるところも素敵だよね。どんな人なのかな。キャラは美人な女戦士だけど、実際もきっと美人なんだろうなあ」
紫苑はホッとした。
こんな可愛い女の子とまともに話せるのか不安だったが、共通の話題のお陰で、気負うことなくしゃべれている。
これなら大丈夫そうだ。
そしてプリンを食べ終わると、柚子胡椒は大きなリュックサックを片手に立ち上がった。
「よし。じゃあ、やろうか」
その日、2人は庭に竈を作ることに成功。
お湯を沸かして、2人並んでカップ焼きそばを仲良く食べた。
そして、物足りないねという話になり、冷蔵庫のデカプリンを、2人で半分こして食べた。




