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スチル27.???

 日曜はあいにく、雪が降っていた。


 お姉ちゃんはもう出かけていたので、自分なりに精一杯のお洒落をして、紺ちゃんを待つ。

 変じゃないかな、と何度も鏡をのぞいて、馬鹿みたいだと自分でもおかしくなった。

 松田先生に会えるかどうかなんて分からないのに、舞い上がっちゃって。

 オフタートルのざっくりしたニットワンピにロングブーツ。大人っぽく見えるように、と髪を結ぶのはやめて、カーラーで巻いてからふんわり下ろした。

 チャイムが鳴ったので、足元に気を付けながら玄関を出る。

 行先が駅前のショッピングモールだからか、お迎えの車は大人しめのレクサスだ。

 真っ先に紅が乗ってないことを確認した私は、悪くないと思う。


「ごめんね、紺ちゃん。無理言っちゃって」

「全然大丈夫。天気悪いからどうかなって思ったけど、あちこち回らなきゃいいんだし」


 足早に車に乗りこんだ私の頭を、紺ちゃんは大判のハンカチで優しく拭いてくれる。


「雪がついてたよ。はい……これで大丈夫。せっかくの可愛い髪形が、濡れたら台無しだもんね」


 今日の紺ちゃんは、アンサンブルのニットにバーバリーチェックのボックスプリーツのスカートを合わせている。編み上げブーツがすごくキュートだ。


「2人で買い物なんて、久しぶりだよね」

「そういわれてみれば、そうだよね。いつもコウに邪魔されてた気がする」

「確かに。今日は、紅は家なの?」

「ううん。たぶん、いつものファン接待じゃないかな。美術館に宮路さんたちと行くって言ってた気がする」

「接待って! 休日までお疲れ様です、だね」


 そうやって自分の首を絞めてるんだから、もうほっとくことにしたの、なんて笑ってる紺ちゃんはすごく楽しそうだった。


「そういえばコウったら学校でもね――」


 松田先生のことは、向こうでお茶する時に話せばいいや。

 そう思った私は、普段より饒舌な紺ちゃんの話に相槌を打ちながらニコニコ笑っていた。

 ショッピングモールは、雨のせいなのか閑散としていた。

 人混みが苦手だという紺ちゃんは、「このくらいの方がゆっくり回れていいね」と機嫌がいい。人当たりがよくて社交馴れしているように見える紺ちゃんの意外な一面を知って、私は少し嬉しくなった。


「実は、私も人混み苦手なんだ」

「知ってるわ。大勢の人の中にいると、その中にエイリアンが混じってても気づかないから恐い、でしょ?」


 悪戯っぽい紺ちゃんの笑みに、一瞬思考が停止する。

 確かに私が人混みが嫌いな理由はソレだ。

 でも、一度絵里ちゃんに話したら「そんな妄想、普通しないよ!」と笑われてしまい、それからは誰にも言っていないはず。


『だから、やめときなって言ったんだよ。そんな映画見ると、夜中1人でトイレに行けなくなっちゃうよ! って』

『だってぇ。予告見たら気になっちゃって。今日、……ちゃんと一緒に寝てもいい?』

『狭いからヤダ!』


 人間の間に混じったエイリアンが、1人ずつ捕食していく恐いホラー映画。

 小学校に上がったばかりの頃、TVでの再放送を見て以来、私はすっかり人混みに紛れるのが苦手になった。文句言いつつも一緒に見てくれたのは、花香お姉ちゃん、だよね。


 あれ? でもお姉ちゃん、その時はもう中学生だ。

 どうして、記憶の中の繋いでくれた手は、あんなに頼りなく小さいんだろう。


「――ちゃん、真白ちゃん!」

「うわぁ! びっくりした」


 気づくとすぐ目の前に紺ちゃんの綺麗な顔があった。


「どうしたの、ボーッとしちゃって」


 我に返った私を見て、心配そうに眉をひそめている。


「――ねえ、紺ちゃん。私が人ごみを嫌いな理由、前に話したことあったっけ?」


 どうしても気になったので率直に尋ねてみると、紺ちゃんは、何故かしまったというような後ろめたい表情を浮かべた。それはほんの一瞬で、すぐにいつも通りの顔に戻って首を傾げる。


「うん。聞いたことあるよ」

「……そっか」


 今の紺ちゃんの表情で私は、逆に確信を持ってしまった。

 紺ちゃんは、私からは“聞いていない”。


 ――どうして、そんな嘘をつくの? 


 思えばそれが、私の前世の記憶を解く最初の一手だったんだろう。

 ぴっちりと糸で縫いつけられ、封をされた記憶。

 だが糸の端は切られてしまった。後は、するするとほどけていくしかない。


 それ以上追及するような話でもないので、まずは買い物を済ませようと売り場に足を向ける。

 紺ちゃんは、何事もなかったかのように私の隣に並んだ。


 二人でああでもない、こうでもないと品定めをしながら華やかなバレンタインコーナーを巡る。

 毎年、チョコを手作りしているという私の話に、紺ちゃんは羨ましそうな視線を向けてきた。


「いいなぁ。私、お料理が全然ダメなんだよね。母様にもお手伝いさんたちにも、厨房への立ち入りを禁止されてるの」


 まるで、花香お姉ちゃんみたい。

 しょんぼりと眉尻を下げた紺ちゃんを見て、思わず我が家のキッチンクラッシャーを連想してしまう。そういえば、前も似たようなことを思ったんだっけ。

 確か、あれは――そう、初めて玄田邸に遊びに行った時の車の中だ。

 紺ちゃんがSAZE好きなことが分かって。ミーハーなところがお姉ちゃんに似てるって。


 ……似てるって、そう思ったんだ。


 理由の分からない冷や汗が、背中を伝っていく。

 強烈な不安感が私を襲った。

 私は何か、大事なことを見落としてる気がする。

 でもそれが何かが分からない。胸の奥を塞ぎ続けている鉛みたいなものの存在が分からなくて、苦しくなる。

 ……だめだ。

 このまま考え続けていると例の“発作”が来てしまう。

 今までの経験から予兆が分かったので、私は軽く頭を押さえて思考を切り替えることにした。


「紺ちゃんは、誰のチョコを買うの?」

「父様達と、コウかな。後は学院の友達に友チョコ買うつもり。真白ちゃんは?」

「私も似たような感じ。あ、でも学校の先生にもあげるつもりなんだ」

「え? 先生に!?」


 よほど意外だったのか目を丸くした紺ちゃんに、私は松田先生の話をすることにした。


「数学の先生なんだけど、すごく素敵なの。うちの学校は校則が緩めだから、先生にあげる子も結構いるんだよ」

「えー、いいなあ。うちの学校に、チョコをあげるような素敵な先生っていないよ。羨ましい!」


 いいなあ、と繰り返す紺ちゃんを微笑ましく思いながら、買い物を続ける。

 松田先生には、奮発してシャンパントリュフを購入した。4粒しか入ってないのに、結構いいお値段するからきっと美味しいに違いない。小さい箱の方が、気負わず渡せそうだしね。

 紺ちゃんは、ブランドもののチョコレートを中心に選んでいた。


 予定の買い物を済ませ、紺ちゃんが携帯で呼び出した能條さんに買い物袋をお願いした後、お茶を飲みに行こうという話になる。


「あ、そうだ。その前に、本屋さんに寄ってもいい?」


 紺ちゃんの言葉に、もちろんと頷く。本屋繋がりで思い出した! 

 お出かけを日曜にしたのは、松田先生の休日ウォッチングをしたいからだった。さっきから色んなことを考えているせいか、忘れるところだった。


「うん、いいよ。私も見たい雑誌があるし」


 ファッション雑誌の話をしながら、エスカレーターで上に進む。

 そして、大きな書店の前まで来た時。隣にいた紺ちゃんが、ピタリと足を留めた。


「……そんな」


 彼女の表情があまりにも強張っていたものだから、不思議になって視線の先を辿る。


 そこにいたのは、松田先生と花香お姉ちゃんだった。

 思わぬ組み合わせに、私まで目を見張ってしまう。

 今日はてっきり三井さんとデートなのかと思ってたけど、違ったの?


 2人は親密そうに、同じ本を覗き込んでいた。お姉ちゃんが頬を膨らませて、松田さんのわき腹を小突く。松田さんは顔を顰めながらも喜びを抑えきれない表情で、お姉ちゃんを見下ろしていた。


 どうしてお姉ちゃんは気づかないのかな。あんなに全身で「好きだ」っていってる松田さんの想いに。

 私はお姉ちゃんの性格をよく知っている。

 彼氏の友達に色目を使うような人じゃない。お姉ちゃんは天然でどこか抜けてるけど、人一倍倫理観が強かった。それはもう、昭和の頑固おやじ並みに。だから、三井さんを裏切ってこそこそ逢引きだなんてありえない。

 すぐに気を取り直し、2人に声を掛けようと一歩踏み出そうとした私を、紺ちゃんの華奢な腕が引き留める。


「――無理。……ごめん、無理……」


 消えてしまいそうなか細い声に、私は息を飲んだ。

 紺ちゃんの美しい瞳はうつろに歪んでいた。

 感情の全てが抜け落ちてしまったような酷い顔。

 驚くのと同時に、ガツンと頭を殴られたような衝撃を覚える。



   シッテル。コンナカオヲシタヒトヲ、ワタシハシッテル。



『どうして教えてくれなかったの?』


 八つ当たりでしかない私の醜い訴え。

 みるみるうちに凍りついた、あなたの表情。

 ごめんね。途中から、意地になってたの。

 大好きなあなたに置いて行かれたような気がして。

 途中から私は意地になってたんだよ。

 ただの憧れだった。ちゃんと返事も分かってた。

 そんな顔、させるつもりじゃなかったんだよ。


   ――――ごめん。ごめんね、花ちゃん――――


 目の前が強烈な白い光で埋め尽くされる。

 すっかり無くしたと思っていた前世の記憶が、鮮やかに蘇ってくる。

 白い光が消えた後、私は全てを思い出していた。


 すぐにその場から紺ちゃんを連れ出せば良かった。

 だけど、その時の私は馬鹿みたいに立ち尽くすばかりだった。

 松田先生、ううん、友衣くんのことを思い出し、そして同時に自分の醜悪さも思い出してしまった私は、ただ震える紺ちゃんの手を握りしめることしか出来なかった。


 固まったままの私達に、最初に気づいたのは“今の”花香お姉ちゃん。


 髪の色はくっきりとしたピンクだし、目の色も焦げ茶色。

 黒目黒髪じゃないだけで、前世と全然印象が違う。そりゃそうだよね、変装してるようなものだ。


「あれ? 真白!」


 花香お姉ちゃんは花開くような笑みを浮かべ、嬉しそうに近づいて来た。

 紺ちゃんは一度きつく目をつぶり、それからいつもの紺ちゃんになった。

 可憐な笑みを浮かべ、お姉ちゃん(もう一人の自分)と向き合う。


「こんにちは。ご無沙汰しています」

「こんにちは! 発表会以来かな? ますます綺麗になっちゃって~」


 花香お姉ちゃんの後から、松田先生もやってくる。

 先生は私に軽く手をあげ、それから紺ちゃんに視線を移した。


「こんにちは。君、島尾と同じピアノ教室の子だよな? 初めまして、松田といいます」


 紺ちゃんの手は、それと分かるほどガクガクと震えていた。

 あまりの痛ましさに、私は唇を噛みしめる。


「げ、玄田 紺です。……はじめまして」


 全部を思い出せたわけじゃない。私の仮定が間違っていることだって、ありうる。

 よくよく考えたら、おかしな話だ。前世のお姉ちゃんがこの世界に“2人いる”だなんて。

 だけど私は確信していた。

 紺ちゃんが今感じているだろう、胸の痛みも何もかも私には分かってしまった。


 初めてピアノ教室で会った時、紺ちゃんがあんなにも喜んだ理由。

 いつも私を心配してくれた理由。初めて花香お姉ちゃんに会った時、衝撃を受けていた理由。

 何度も何かを言いかけては、苦しそうに口を噤んでいた理由。全ての謎を解く答えが目の前に提示され、私に真実を告げる。


 ――紺ちゃん、あなたが私の【花ちゃん】だったんだね。


 ……こんなのって、ない。

 この推論が正しいのだとしたら、私達姉妹をこの世界に転生させた神様とやらは、なんて残酷なんだろう。



   ◆◆◆◆◆



「まだ、分岐点まで3年もあるのに」


 己の計算違いに愕然として、カレは苛々と爪を噛んだ。

 なんの味も感触もしない。爪という概念を、唇という幻覚が上滑りしていく。

 忘却術を施そうと何度も手をかざしたが、島尾 真白は、その全てをはねつけた。

 カレは諦め、くるりと指を動かして空中にパラメーター画面を呼び出す。前作ヒロインとの友情イベントは、とっくの昔に進行不可になったはず。

 それなのに。

 空中に現れた数値を見て、カレは大きく目を見開いた。


 今作主人公―前作主人公への信頼度 【MAX】

 前作主人公―今作主人公への信頼度 【MAX】


「……やられた!」


 このゲームの一つのエンディングである『友情エンド』の条件を真白はクリアしてしまった。

 彼女からのエネルギー補給は、もう見込めない。真白が18になるまで、どんな手出しも許されなくなった。しばらく空を睨んでいたカレの口元に、やがてほの暗い笑みが浮かぶ。


「まあ、いいか」


 玄田 紺から絶え間なく流れこんでくる絶望と悲しみと焦げ付くような恋情を、胸いっぱいに吸い込む。力がみなぎってくるのを感じ、カレは安堵した。


「コン。キミはやっぱり素敵だ……なんて甘い」


 崩れ落ちそうな心を必死に立て直そうと踏ん張り、かつての恋人にも等しく笑顔を与えている健気な少女。肝心の恋人は、【別次元の自分】に夢中だというのに。


「ねえ、コン。ここからが正念場だよ。ワタシがキミとの賭けに勝てば、真白だってワタシのものになるんだから」


 カレは契約者をふわりと背中から抱きしめ、艶やかな茶色の髪にひとつ、キスを落とした。


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