表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/87

Now Loading 32

 冬休みは、いつもの長期休みと同じく勉強したりピアノを弾いたりしてるうちに、あっという間に過ぎて行った。

 小学生の時と比べて社交的になった私は、玲ちゃんと一緒に映画を観にも出かけたし、絵里ちゃん達とスケート場に遊びに行ったりもした。「脱引きこもり、万歳!」とお姉ちゃんにはからかわれた。


 もちろん来年のコンクールでの優勝という目標は変わってない。

 遊んでる暇なんてないんじゃないかな、という焦りは常にある。でも前みたいにそれで精神的に不安定になったりはしない分、楽だった。


 三井さんは、お姉ちゃんと一緒に初詣でに出かけた後、うちに寄ってくれた。

 父さんも随分打ち解けてきたみたいで、一緒にTVで駅伝を見ながらビールを飲んだり仕事の話をしたりしている。


「早いものね~」


 父さん達の様子を微笑ましく眺めながら、私達女性陣はダイニングテーブルでおせちの残りを片付け中。紅白のかまぼこに箸を伸ばしながら、母さんがポツリとこぼした。


「なにが?」


 キョトンとした表情で花香お姉ちゃんが問い返すと、母さんはふふ、と微笑む。


「お姉ちゃんが生まれて、1人っ子で大事に育ててきて。手が離れたかな、って思った頃に真白が生まれてまた慌ただしくなって。裕福な家じゃないから私も働きに出て、あなた達にも随分寂しい思いをさせちゃったけど、あっという間だったな、って」


 しみじみとしたその口調に、胸がぎゅうと締め付けられた。


『あっという間ね。もう……も大学生になっちゃうなんて』

『合格すれば、だよ? プレッシャーかけないでよう』

『……なら、大丈夫だよ。なあ、母さん』


 脳裏を幸せな一場面が過ぎる。うすぼんやりとしたその光景は、どこまでも優しかった。

 知らないうちに、ぽたぽた、と涙を流していたらしく、母さんとお姉ちゃんにぎょっとした顔で見られてしまった。


「ど、どうしたの、真白!」

「馬鹿ねぇ、泣くことないでしょ。はい、ティッシュ」


 母さんの差し出してくれた箱ティッシュから何枚か抜き取り、涙を拭うついでに鼻もかむ。

 自分でもびっくりした。涙腺緩すぎる。

 だけど、さっき一瞬ものすごく切なくて苦しかった。一体、何だったんだろう。


「ごめん、ごめん。でもそんなこと言い出すなんて、母さんこそ寂しいんじゃないの?」


 私のからかうような口調に、母さんは目元を和ませた。


「そんなことないわよ。あなた達が結婚して家を出ちゃったとしても、大事な娘には違いないんだし。子育てが終わったら、父さんと一緒に海外旅行にでも行こうかって話してるの。それはそれで楽しみなのよね」

「はいはい、ご馳走様。でも結婚なんてまだまだ先ですよ。そんなに早く追い出そうとしないで~」


 お姉ちゃんが情けなさそうな声を上げたので、私も母さんも一緒になって笑った。

 

 

 そして3学期。

 始業式で久しぶりに見かけた松田先生は、相変わらずクールな表情で体育館の端に立っていた。

 寒がりなのか、車から降りてくる時はダウンコートに加えもこもこのマフラーで完全防寒してる松田先生。学校内では他の先生と足並みを合わせてスーツ姿なんですよ。

 教室は暖房が利いてるからまだいいけど、体育館はかなり底冷えがする。本当は上になにか羽織りたいんじゃないのかなあ。先生は寒くなんてないですよって顔で壇上の校長先生に体を向けてるんだけど、よく見ると前で組んだ手を時々こっそり擦り合せていた。それを目にした私は、思わずニヤニヤしてしまう。


 教室で玲ちゃんにそのことを話して、「ね! すごく可愛くない? 寒いの我慢してるんだよ」と同意を求めてみた。

 ところが玲ちゃんには、可哀想な子を眺めるような目で見られてしまった。


「……朝、松田先生が車降りてくるとこ、見てるんだ」

「うん、だって教室の窓から見えるんだよ。絶好の観察ポイントなの!」

「そうか、もう何もいうまい。蓼食う虫も好き好きって言葉、私ようやく理解できたわ」

「もしかして、蓼が先生ってこと?」


 がっくりした私の肩を、玲ちゃんはポンポンと叩いて励ます。


「ごめん、ごめん。一緒に盛り上がってあげられないけど、代わりにとっておきの情報をあげる」

「ん? なに?」


 玲ちゃんは瞳をキラキラ輝かせながら、声をひそめた。


「バド部の子から聞いたんだけどさ。松田先生って、日曜日の部活ない午後はよく駅前のショッピングモールにいるらしいよ」

「そうなの?」


 悪いことを話してるわけじゃないのに、私の声まで小さくなる。


「本屋さんとか、電気屋さんとかが主な出現スポットみたい。せっかくの休日をボッチで過ごすなんて寂し過ぎでは? って感じだけど、1人でうろうろしてるみたいだよ」


 彼女はいないと思うけど、友達はちゃんといるしボッチじゃないよ。

 先生を擁護したくなる気持ちをグッと押さえる。そんなこと玲ちゃんには言えない。どうして一生徒がそこまで知ってるの? と問い返されたら終わりだ。


 松田さんは大学のサークル友達と今でも付き合いがあるという。

 夜も時々一緒に飲みに行くって三井さんが教えてくれた。ただ、「学校の先生ってすごく忙しいみたいでさ。なかなか学生の時みたいにはいかないわ」とも残念がっていた。

 松田さんがお姉ちゃんの彼氏の親友だってこと、同じ学校の子達にはなかなか打ち明けづらい。

 玲ちゃんや絵里ちゃん達を信用してないわけじゃないけど、万が一よそに漏れて、贔屓してるとかされてるとか変な噂が立っても申し訳ない。


 ……そうだ、紺ちゃんなら大丈夫かも! 

 私はふと思いつき、浮き立った。

 実は私、気になってる人がいるんだよ、って打ち明けたら、どんな顔するかな。ちょっとびっくりして、その後いつもの優しい笑顔で「どんな人か見てみたいな~」ってふんわり笑うかな。

 紺ちゃんの反応を想像して、気持ちが明るくなる。

 紅でも蒼でもなく私の味方だと言い切ってくれた彼女になら、どんなことだって話せる気がした。


「玲ちゃん、ありがとう! 今度モールに行くことあったら、探してみるね」

「いいってことよ。先生と上手く会えるといいね」


 私は何も分かってはいなかった。

 松田先生と紺ちゃんに繋がりがあるなんて、思いもしなかった。

 もしもの話に意味なんてないけれど、もし知っていたら、私は決して出かけなかった。



 ショッピングモールに行く日は、案外早くやってきた。

 紺ちゃんから携帯に電話がかかってきて、バレンタインデーのチョコを一緒に買いに行くことになったのだ。


『時間どうしよっか。土曜のソルフェージュの後にする?』


 紺ちゃんの提案に一瞬迷い、私は思い切って口を開いた。


「出かけるの、日曜日でもいい? もう予定入ってるかな?」

『ううん、ないよ。日曜日に何かあるの?』

「あるような、ないような……えへへ。理由は会ってから話すね」

『分かった。じゃあ、日曜日ね。迎えに行くから』


 通話を切った後、浮かれた気分で携帯を胸に当てる。

 紺ちゃんとチョコ選びするの、すっごく楽しみ! 今年も父さんには手作りチョコをあげるつもりだけど、松田先生にいきなり手作りは重いと思ってたんだよね。ナイスタイミングで電話をくれた紺ちゃんに感謝しつつ、どんなチョコを買おうかあれこれ思いを巡らせる。


 お酒が好きって言ってたから、ウィスキーボンボンでもいいかな。

 あ、いつもお世話になってるから水沢さんと能條さん、紅パパさんと紺ちゃんパパさんにも買わなきゃ。紅は沢山貰うから市販の義理チョコなんていらないだろうし、蒼に送るわけにもいかないし。


 あげる相手の平均年齢がヤバイくらい高くなってる気がするけど、しょうがない、うん。

 上機嫌で鼻歌を歌いながら、机に座る。


 玲ちゃんの情報通り、偶然松田先生に会えたらどうしよう。

 声かけるくらいなら、迷惑じゃないよね? 

 テンションが上がった私は、いつもの倍のスピードで問題を解くことができた。

 恋する乙女の力はすごい。……そういえば前世でもそうだったっけ、とちょっと思い出しかけ、ぶるぶると首を振る。二次元はノーカウント! 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ