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スチル26.青鸞クリスマスコンサート(鳶&紅)

 二十三日はあっという間にやってきた。


「あれ? 今日は紺ちゃんの学校のクリスマスコンサートに行くって言ってなかった?」


 午前中いっぱいアイネで練習した後、お昼ご飯を食べようと一階に降りてきた私を見て、母さんは首を傾げた。


「うん、そうだよ。電車で行こうと思ってたんだけど、紺ちゃんが能條さんを迎えに寄こしてくれるって言うから、甘えちゃった」


 開場は2時だけど、車で送ってもらえるなら、そんなに慌てて準備しなくてもいい。

 オペラやフルオケを聴きに行くわけじゃないし、適当にワンピースか何かを着ていけばいいか、と私はおっとり構えていた。

 先にテーブルについていた花香お姉ちゃんがピクリ、と眉を上げる。


「クリスマスコンサート? それって、デート?」

「で、デートなのか、真白!!」


 リビングのTVでラグビーを観戦していた父さんが、慌ててこちらを振り返った。

 私は苦笑しながら首を振る。


「残念ながら、違います。今回は一人でいくつもり」


 チケットをくれる時、本当に一枚でいいの? と紺ちゃんは念を押してくれたんだけど、生憎誘う相手が見つからなかった。玲ちゃんは部活だし、彼氏のいない咲和ちゃんと麻子ちゃんは家族でお出かけするという。お姉ちゃんもこの時期は予定が詰まってるだろうし、両親と一緒に出かけるのは保護者同伴みたいで気恥ずかしい。

 松田先生と一緒に行けたらいいのになあ、とちょっと思ったけど、すぐに諦めた。

 花香お姉ちゃんと三井さんが一緒なら話は別だけど、私と2人でなんて断られるに決まってる。そういうけじめはキチンとつける人だ。


「一人? 紅くんはエスコートしてくれないの?」


 花香お姉ちゃんは何故か不満そうだ。


「無理だよ。紅は今日、出演者側だもん。そうじゃなかったとしても、私の相手をしてる暇はないと思うな」


 どうして、と食い下がってくるお姉ちゃんに、紅のファンクラブについて簡単に説明した。

 沢倉さんも宮路さんも、かなりの美人だ。紺ちゃんや美登里ちゃんレベルとまでは言わないけど、私が張りあえる相手じゃない。というか、関わりたくない。

 次に向こうが喧嘩を吹っかけてきても無視しよう、と心に決めている。うっかり紅に、私とお嬢軍団との対決シーンを目撃されようもんなら、後から盛大にからかわれそうで嫌だ。


 私の説明を聞き終るや否や、お姉ちゃんはすっくと立ち上がった。


「なに言っちゃってんの? 真白が一番可愛いに決まってるでしょ!」


 お姉ちゃんこそ、なに言っちゃってんの!? 姉馬鹿は健在だな。


「そうじゃなくて。紅のファンと揉めるのは嫌だから、こっそり聴きに行こうと思ってるって話で――」

「早く食べちゃいな! この花香さんが腕によりをかけて真白をお姫様にしてあげるから!」


 話を聞こうよ。

 溜息をついた私を見て何を勘違いしたのか、母さんまで「そうよ。真白が一番可愛いに決まってるわよ。お姉ちゃん、やっちまいな!」なんて言い出してる。カチコミですか。


 もう、好きにして。それにしたって、母と姉の盲目っぷりが恐いです。『家族愛フィルター』ってとてつもなく強力なんだな、としみじみ思った。

 そういえば、蒼が私のことを可愛いとかスゴイとかいうのも、これに似てる気がする。

 蒼にとって私は理沙(ははおや)さんの代わりみたいなものだから、あれも一種の『家族愛フィルター』なのかも……。この若さで13歳の子持ちか。つらいな。


 お姉ちゃんに急かされながらオムライスを食べ、食後すぐに二階に連れていかれる。

 高校の時に比べて、お姉ちゃんの部屋は段違いに綺麗になっていた。


「うわ! すっごい片付いてる!」


 驚きすぎて、思わず口に出してしまった。


「へへ、まあね。シンくんにだらしない女だって思われたくないし、さ来年は社会人だよ? 流石に自分の部屋くらいちゃんとするって」


 お姉ちゃんは照れくさそうに言いながら、クローゼットを開いた。

 どれにしようかな、と唸りながら、どんどん服をベッドの上に投げていく。

 それが終わると、かたっぱしから私にあててみては、「色が」「うーん、もっとキュートな方が」と首を捻る。こうなったら誰にも止められない。20分後、ようやく私は着替えることが出来た。

 肩が半分見えそうなオフショルダーのニットに、黒いミニフレアのスカート。

 すっきりと開いた首元にはベビーパールのネックレス。タイツを履こうとしたら大声で止められてしまった。


「はい、ストップー! 真白は脚が綺麗なんだから、タイツで隠しちゃだめだって。ニーハイブーツを履けば寒くないから」

「え、やだよ。このスカート短すぎるし、パンツ見える!」

「大丈夫。見えそうで、見えないから」


 どんなチラリズム。

 全力でお断りしたかったけど、お姉ちゃんは着替える間を与えず、私を洗面台に引っ張っていった。

 ゴムで一つに結んでいた髪の毛を丁寧にブローしたあと、ふんわりと編み込んでいく。短い後れ毛はコテでくるんとカールして、わざと散らしていた。ベロアの黒リボンバレッタで、サイドを留めて「こんなもんかな」とご満悦そうに私を眺める。

 軽くフェイスパウダーを叩かれ、艶々のグロスを塗られてから鏡の前に立たされた。


 ……ん? こ、これは――!

 鏡の向こうには、中学生とは思えないほど大人っぽく変身した私が立っている。

 服だけみた時はギャルっぽい、と思ったけど、着てみると「可愛い」という印象の方が強い。

 髪を巻いてアップにするだけでも、随分印象が変わるんだな。


「どう? 可愛いでしょ~」

「うん! 大変身だよ、ありがとう!」


 ぎゅっとお姉ちゃんに抱き着いてから、時計を見る。もうそろそろ約束の時間だった。

 急ぎ足で二階に戻り、とっておきの白いショートコートを羽織って、ニーハイブーツのジッパーを上げる。ファー付きのフェルトのバッグを持ったところで、チャイムが鳴った。


「あ、多分能條さんだ。いってきまーす!」


 やっぱりお洒落すると気分が浮き立つ。

 適当なワンピースを着ていたらここまで楽しい気分にはならなかっただろう。

 私は足取りも軽く、玄関を飛び出した。


 クリスマスコンサートは、かなりの盛況っぷりだった。

 3000人収容可能な大ホールの殆どが埋まっている。

 チケットの座席番号を確認して、席につく。前から5列目の中央。かなりの良席だ。

 全席指定のせいか、まだ席は殆ど埋まっていない。隣は、どんな人なんだろう。そう思いながら、パンフレットをめくっていると、辺りがざわめき始めた。

 様子が変わったことに気づいて、顔を上げる。

 そして、なるほどと納得した。


 紺ちゃんをエスコートしたタキシード姿の紅が、最奥部の扉から現れたのだ。

 演奏の邪魔にならないよう、紅の長めの赤い髪は後ろに撫でつけられていた。今日は首元をはだけてない。きちんとネクタイを締めても色っぽいとか、どういうことなんだろう。

 紺ちゃんのノースリーブドレスから伸びている白い腕の艶やかさにも、目が眩みそうになる。

 超絶美形双子、という言葉がぴったりの二人だ。

 遠くから眺める分には最高だけど。……まさか、私に挨拶しに出て来たとか。それはないか。


「あれ、成田くんじゃない?」

「ほんとだ! やだ~、今日もカッコいい~!!」

「みて、紅様よ!」

「ほんと素敵……」


 辺りの同い年くらいの女子がざわめいている。

 だけど紅も紺ちゃんも、全然気にしていないみたいだった。

 日常茶飯事ってことなんだろう。私もファン的な気持ちで、悠然と歩く二人を鑑賞した。途中までは。


「真白ちゃん!」


 紺ちゃんとばっちり目が合った瞬間、彼女は満面の笑みを浮かべてこちらに手を振ってきた。

 周囲の視線が一斉に私に突き刺さる。

 手を振る紺ちゃんを見て、紅も私に視線を移した。それまで澄ましていた顔が、ふわりと笑みを形作る。私に刺さっていた周囲の視線がますます強くなった。


「来てくれてありがとう。すっごく嬉しい」


 私の前に立った紺ちゃんが開口一番そんな可愛いことを言うので、もうどうにでもなれという気持ちになった。傍から見れば釣りあってないのは百も承知だけど、大切な友人に会ってるだけなのに咎められる謂れはない。


「こちらこそ、チケットありがとう。演奏、楽しみにしてる」

「うん、頑張る! お花まで持ってきてくれたんだね。早速、ロビーで受け取ってきちゃった」


 私の差し入れは、カスミ草とデルフィニウム、そしてミニバラで出来た小ぶりのブーケだ。

 紺ちゃんは片手に持っていた花束を嬉しそうに掲げてみせた。

 紅はといえば、私をまじまじと見つめている。

 グッとお腹に力を込めて、次にくるだろう貶し文句を待った。

 ところが彼はかすかに頬を染め「いいな、その恰好。よく似合ってる」と言った。


 ……ええっ!?


 少し待ってみたけど続く嫌味はなし。私は混乱しつつ、席を立った。


「これ、お姉ちゃんのおさがりなんだ。変じゃないならよかった」


 向こうは立ってるのに、私が座ったままなのは悪いかな、と思ったんだよね。

 ところが。


「……ちょっと丈が短すぎない?」


 私の全身を改めて眺め、紅は眉を顰めた。すごく嫌そうに。

 さっき褒めてくれたばっかりなのに、もうこれだよ。やっぱりね!


「いいの。見えそうで見えないんだから」


 お姉ちゃんの言葉をそのまま引用すると、紅はますますムッとした。


「それ、誰の目を意識して言ってるの?」


 少なくともあなたじゃないから、安心して下さい。

 紺ちゃんは何故かぐふっと変な声をもらし、肩を震わせ始めた。

 そんな面白いやり取りしたっけ? 紅はそんな紺ちゃんを冷ややかに見下ろし、唇を歪める。


「紺?」

「いいじゃない。大人っぽいのに可愛くて。真白ちゃんにピッタリだよ」


 うう、紺ちゃん、ありがとう。紅も妹を見習え! 

 紅は一つ溜息をつくと、軽く首を振った。


「まあいい。手を打っといて良かった」


 手を打つ? どういう意味? 

 私が尋ねるより早く、紅は先を続ける。


「最後までいるんだろ? 終わったら俺たちと夕食に行かないか?」

「うんうん! 真白ちゃんに予定がないなら、是非!」


 口々に誘われ、私はこくりと頷いた。

 さっと行ってさっと帰ってこようと思っていたけど、せっかくお姉ちゃんに綺麗にして貰ったし、まっすぐ帰るのはもったいような気分になったのだ。


「家に電話して聞いてみるね。許可が出たら、よろしくお願いします」

「分かった。じゃあ、とりあえずまた後で」


 紅はそう言うと「そろそろ時間だ」と紺ちゃんを促した。

 私にもう一度手を振り、紺ちゃんは紅と一緒に踵を返す。

 二人と話していたのは、ほんの僅かな時間だった。なのに開幕ぎりぎりまで、私は周囲の好奇と嫉妬の目に晒される羽目になった。


「なんなの、あの子。青鸞じゃないよね?」

「紅様たちとどういう関係なんだろ」

「なんかヤな感じ」


 感じ悪いのはそっちですよね?! 

 荒々しい溜息をつきたいのを堪え、バネ仕掛けの椅子を下ろして座る。

 救いだったのは、両隣二つずつとも空席のままだったこと。

 私の両隣の人が紅ファンだったらどうしようと心配していたから、ホッとしてしまった。

 ピリピリした空気の中で音楽鑑賞しなくちゃいけないなんて、最悪だもんね。


 やがて幕が上がる。

 私の全神経はあっという間にステージに釘付けになった。

 第一部は、弦楽器科専攻の発表だ。一曲目は、コントラバス独奏による「ヴォカリーズ」

 ピアノの控え目な伴奏に合わせて、豊かな音が立ち上ってくる。

 パンフレットによると、演奏者は3年生らしい。かなり上手い。出だしの数フレーズで、ぐっと聴衆の意識を引っ張っていってしまう。ラフマニノフはもともと、コントラバスの為にこの哀切でロマンティックな曲を書いたと言われている。全14曲からなる歌曲集の第14曲目がこのヴォカリーズだ。

 ヴォカリーズっていうのは『歌詞のない母音唱法の歌』って意味。

 だからってわけじゃないけど、主旋律を歌うように弾く演奏が私は好みだ。もっと情感たっぷりに奏でて欲しい、と思ったけど上品で優しいヴォカリーズも素敵だった。


 二曲目は、チェロの独奏でサンサーンスの「白鳥」

 三曲目は、弦楽四重奏でラヴェルの「弦楽四重奏曲 ヘ長調」

 どの曲も、中学生とは思えない水準の高さだった。

 これが小さい頃から音楽の英才教育を受けてきた人たちの実力。ふつふつと闘志が湧いてくる。

 演奏を素晴らしい、と思えば思うほど、負けたくないと思ってしまう。いつからこんなに貪欲になったんだろう。重ねてきた努力が私に「怯むな、進め」と囁いてくる。


 第一部の締めは、紅だった。

 彼がステージに出てきただけで、会場がドッとどよめく。

 開幕前の周囲の反応が、脳裡を過ぎる。もてるだろうなとは思っていたけど、予想以上に人気っぷりだ。『ボクメロ』ではどうだっただろう、と思い返してみたけど、そもそもゲーム内で紅様に会える回数はごく僅かだったから参考にならない。運ゲーってそういうところが辛い。

 

 急に紅を遠くに感じて、心が重く沈む。

 私に寂しく思う権利なんてないのに、感情はままならない。

 紅の演目は、プロコフィエフの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」だった。

 無伴奏をわざわざ持ってくるあたり、俺様の本領発揮かな。それとも、伴奏のピアノを誰が弾くかで揉めたか。

 テクニックだけでいうなら、もっと難しい曲はいくらでもあるだろう。

 だけど、紅は余裕たっぷりにこのヴァイオリンソナタをどこまでも美しく歌い上げた。高音の濁らなさ、重音の深み。どこを取っても文句のつけようのない完璧な演奏。

 すっと背筋を伸ばし、ヴァイオリンを愛しげに奏でる紅の姿はそれだけで絵になるっていうのに、音まで凄いとか。そりゃ、ファンクラブも出来るわ。

 悔しいけど、私も心臓を鷲掴みにされてしまった。

 素晴らしい演奏に、惜しみなく拍手を送る。

 紅はステージから去る直前、まっすぐにこちらを見た。……気がした。

 その時ふわり、と微笑まれたような気もする。

 周りから黄色い悲鳴が上がったので、多分誰に向けてってわけじゃなくてファンサービスの一環なんだろう。人気アイドルレベルのプロ意識だ。私も思わずドキっとしてしまった。悪い男だなぁ、ほんと。


 第一部が終わり、10分の休憩に入る。よし、今のうちにトイレに行っとこうっと。

 紅ファンにつかまりませんように! 

 必死の祈りが届いたのか、私の挙動不審な警戒っぷりが悪い意味で目立っていたのか、誰にも声を掛けられず、無事席まで戻ってくることが出来た。

 自意識過剰もいい加減にしろ! って感じだけど、この世界のご都合主義といったら凄まじいものなんですよ。私はそれを身を以て味わっいる。修学旅行先での惨事は、決して忘れまい。

 肩の力を抜いて、ゆっくり自分の席に腰を下ろす。

 その時の私は完全に油断していた。


「Hi! 真白。How have you been? ここ、空いてるならいいかな?」


 聞き覚えのある美声の持ち主の方へ、ぎくしゃくと体を向けてみる。

 まさか、なんであの人が。

 頭の中でエマンジェシーコールが鳴り響く。

 私の予想通り、そこにいたのはトビーだった。

 白いジャケットを羽織った金髪碧眼の王子様が、麗しい笑みを浮かべて私を見おろしている。


 これがイベントなのか、イレギュラーな邂逅なのかは分からない。

 どちらにしろ、断れない。いずれ青鸞学院生になりたいと願っている私にとって、彼は将来のボスだ。


「I've been good. 誰も来ないみたいなので、どうぞ」


 紺ちゃんになるのよ、真白。女優の仮面を被るの! 

 内心の動揺を押し隠し、私はにっこりと微笑んだ。


   ◆◆◆◆◆

 

 本日の主人公ヒロインの成果

 攻略対象:成田 紅

 イベント名:君の為に弾く

 前作ヒロインの成果

 攻略対象:山吹 鳶

 イベント名:将来への布石

 無事、クリア


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