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自作小説倶楽部 第19冊/2019年下半期(第109-114集)  作者: 自作小説倶楽部
第114集(2019年12月)/「冬の樹木」&「鍋」
24/30

01 奄美剣星 著  鍋 『一万三〇〇〇年前の鍋について』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「鍋」



 ナウマン象が絶滅して三〇〇〇年が経ったころの話だ。

 冬は旅の季節。というのも犬ゾリが使えるからだ。大陸のアムール川沿いに大角鹿を追ってきた氏族は三〇人ほどからなる。大人たちは二〇人ほど。残りは子供でソリの荷台に乗せられていた。

 冬の旅でいいことはもう一つ、時たま旅人を襲う熊が冬眠に入ることだ。

 一行は沢地の畔に岩陰に毛皮のテントを張った。それが終わると、子供たちは犬たちと遊びだし、大人たちは火を起こし食事の準備を始めた。さらに手の空いた者たちは道具の手入れをした。

 森で、まっすぐな細い枝を、薪と一緒に、丸ノミというかカマボコみたいな磨製石斧で切って、宿営地に持ち帰る。小枝は、溝を穿った板状の石二枚でこすって矢柄を作るのだが、この石器を矢柄研磨機という。矢柄の先端に石鏃を取り付け、アスファルトで固定する。ほかに木の葉のような形をした石槍を柄も同じ要領でこしらえた。

 彼らは道具にこだわる。石器は黒曜石だ。黒曜石の原石は遥か数百キロも離れた鉱山で採掘されたもので、それを商人たちが背負子で背負い、バザール宿営地のテント前で並べる。氏族は毛皮と引き換えに一年分の原石を買い込む。

 ソリの荷台にあったのは食料の肉や魚ばかりではない。文様のない土器もあった。土器に沢の水を汲んで焚火の内に置き具材を放り込む。その日は鮭鍋だ。

 調味料はハーブや根菜だ。製塩土器は四〇〇〇年前前後である縄文時代後期から使われるので、海塩の流通はそれを待たねばならないが、大陸産の岩塩も流通していたかもしれない。

 夕食では別な深鉢を満たしていた蜂蜜酒も出され、過去に大物を仕留めた手柄話に興じ、弓の弦を鳴らして節をつけ、歌い踊った。

 やがて日が暮れる。すると皆一斉にテントに入った。人も犬も一緒に寝た。

               

 そして朝が来た。

 テントを畳んだ一行はまた南を目指した。

「前よりも陸橋の幅が狭くなった気がする」

 族長が呟いた。

               

 世界最古の土器というのは、現在、中国江西省の洞窟で発見された二万年前のものとされている。二万年前と言うと後期旧石器時代になる。ちょうど最終氷期の寒気が絶頂に達したころだ。

 蜂蜜酒は蜜蜂の巣に嵐などで水が溜まりそのまま酒になったのを、そのころ発明された土器で作り出した人類最初の酒だ。テントも縫い針もそのころ発明された。一〇年前、六種族いた人類は、四万年前に現生人類ホモサ・ピエンスを残して絶滅した。

 後期旧石器時代は五万年前から氷河期が終わる一万五〇〇〇年前あたりまでだ。次の中石器時代は一万五〇〇〇年前から一万年前あたりまで、そして新石器時代は一万年前から二四〇〇年前までだ。日本の中石器時代・新石器時代をまとめて縄文時代と呼ぶ。

 一万三〇〇〇年前、神子柴型石器と無文土器とを携えた狩人の氏族が、大陸と地続きだった樺太を経由して日本各地に遺跡を残して行くのだが、ほどなく地球温暖化による縄文大海進で、間宮海峡や津軽海峡ができ大陸から切り離され、日本列島が形成された。

 それからしばらく経ち、氏族が追ってきた大角鹿は七〇〇〇年前に絶滅した。

「日本列島に閉じ込められた氏族がその後どうなったかって? 言うまでもない、日本人になったさ。栗や団栗を栽培して豊かな縄文文化を花開かせる。彼らは丸木舟をこしらえて航海もしたから孤独じゃなかったよ。そして鍋を食ったんだ!」

 ブラックの異名をもつ文化庁専門官が宿泊所にしている、Z県のログハウスだった。一人鍋をしていたブラック博士は、蜂蜜酒のボトルを置いたリビングセットのテーブルを挟んで向こう側の椅子に座った灰色猫のアンジェロを相手に、講釈をしている最中だった。

 灰色猫は眠っていたのだが……。

               ノート20191229

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