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自作小説倶楽部 第19冊/2019年下半期(第109-114集)  作者: 自作小説倶楽部
第111集(2019年9月)/「ススキ」&「音楽」
14/30

04 らてぃあ 著  ススキ 『彼女が美しかった頃』

挿絵(By みてみん)

挿図/ⓒ 奄美剣星 「瞳のなかの彼女」




 高校の時の古典の教師は山ババアと女生徒たちに呼ばれていた。苗字は山本か山田で、下の名前も「子」が付く地味なものだったと思う。覚える気もなかったから忘れてしまった。当時の年齢は30代だと聞いたが、10代の私たちにとっては遠い未来の年齢だった。外見もチビで小太り、肩の少し上で切りそろえられた髪はまるで金太郎人形のようだった。

 それなのに、わたしは久しぶりに高校時代の、それも山ババアの授業の夢を見た。山ババアは生徒たちの前に立つと用意して来た絵を見せた。ススキが生い茂った野山に転がった髑髏だった。

「不思議な上の句に導かれて行くと業平はひとつのシャレコウベを見つけました。目の穴から生えたススキが風に揺れて痛いとシャレコウベは苦しんでいたのです。それは才色兼備で知られた小野小町のなれの果てでした」

 生徒たちは教科書に無い内容に当惑し、すぐに、またか、と眉をひそめた。山ババアには説教癖があった。きっと女生徒の誰かが校則違反でもしたのだろう。山ババアは若さゆえの傲慢さを批判する。しかし生徒たちは、その回りくどさにうんざりするのだ。

「どんな美人でも、いずれは容姿が衰えます。死んでしまえばみんなシャレコウベです」

「はあい」

 勢いよく手が上がった。女性との中でもひときわ容姿に恵まれた由香里という少女だった。薄くネイルされた指先までが輝いている。美しいと同時に彼女は一番残酷な少女だった。

「センセイが美人だった時なんてあったんですかあ」

 一瞬の間のあと、あちこちから小さな笑い声が起こりさざ波を作る。一人の生徒は腹を抱えたまま床に転がった。

 山ババアは教壇の上で真っ赤になって押し黙っていた。


「先月もユカリさんが一位でしたね。おめでとうございます」

 店を出ると後輩のアケミが追いついて来た。顔は笑っているが眼は笑っていない。これくらいの嫉妬はなれっこだ。わたしは満面の笑顔で「ありがとう」と返した。

 店長が昔やり手の営業マンだったせいか、わたしが働く夜の店では月の始めに先月の営業成績が発表される。わたしは3カ月連続トップだ。

「一人太客が来なくなっても、ユカリちゃんの地位は揺らがないわね」

追いついて来た蝶子さんがつぶやくように言うとアケミは飛びついた。

「草部さん、どうしたんでしょうね。あんなにユカリさんにご執心だったのに。ど別のお店の女の子に鞍替えしたのかなあ」

「草部さんは来ないわ。金策尽きて奥さんにもばれたから」

「ええ? 今初めて知りました」

「言ってないもの」

「何があったのよ? あんた、いつか刺されるわよ」

「だあって、相手が勝手にお金を使ってくれるんですもの。いたた」

 不意に頭に鋭い痛みが走り、目眩がした。

「どうしたの?」

「なんでもありません。寝不足ですよ。夢見が悪くって」

「呪われてるんじゃありませんかあ」とアケミ。

「いい気になっていると、足元すくわれるわよ」と蝶子さん。

「オカルトも信じないし。いい気にもなってません」

 わたしは早足になって二人を置き去りにする。

 あの二人に何を言っても、わたしが美貌を保つために努力していることなんてわからないだろう。いつまでも美しくいられないことは自分がよくわかっている。稼いだ金は、わたしのものだ。草部がどんなに、わたしにそそのかされたと喚いても証拠は無い。

 また頭痛がした。左目がチカチカして上手く見えない。おかしい。整形は完ぺきだったし、今頃こんな不具合が出ることがあるだろうか?

「ちょっと、あなた」

 うずくまったわたしを誰かが見下ろしている。左目に手を当てたまま顔を上げ、右目で相手を見た。

「こんばんわ。私、草部の妻です。この度は夫がお世話になりました」

「由香里?」

「え?」

 間違いない。ひどくやつれていたが、クラスで一、二を争う美少女だった河辺由香里だ。

 立ち上がろうとしたが出来なかった。わたしの身体はバランスを失い。崩れ落ちた。



「で、横領をそそのかしたという女性と横領の容疑者の妻は高校の同級生だったと?」

「そうなんだよ。整形した顔が何となく妻に似ているし、しかも嬢の源氏名が『ユカリ』って。余程、同級生の由香里さんにあこがれていたんだね。対して由香里のほうは名前を聞いても彼女のこと思いだせなかった」

「整形のせいでは?」

「違うね。目立たない同級生に興味すらなかったんだ」

 二人は横領事件の担当ではないのだから事件のことを興味本位で話すのは警察官としての倫理に反する、と若い刑事は思っているが、先輩刑事の語り口と奇妙なめぐりあわせに思わず聞き入っていた。要は暇なのだ。

「妻の由香里さんは夫の罪状を少しでも軽くするための証言をしてもらうために待ち伏せをしていた」

「浮気した夫のために浮気相手に頭を下げるつもりだったんですか?」

「夫婦の事情は他人にはわからないよ。そして、偶然にもユカリこと田中直子は急性の眼の病気で倒れた」

「病気の原因は何です?」

「目のことだから原因はいろいろだよ。遺伝に、ストレス、過度の飲酒や喫煙などなど、悪女に振る舞っていてもストレスの塊だったのかもね。彼女が自分自身に戻るにはいい機会だったかもしれないよ」

 自分って何だろう?

 ふと考える。しかし言葉には出来なかった。

 目の前の〈先輩刑事〉はチェシャ猫のように笑っていた。

          了

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