アリシア・フェルメールという男2
この男を知らないか。そう言ってアリシアはスマホの画面を一同に見せた。
男は目の前にいるアリシアと同じく、ブロンドの髪。長さは襟足を隠す程度までしかなかったが、口元は目の前のアリシアという男と雰囲気が似ていた。表情は優しく、言葉を交わすまでもなく、その透き通った瞳の輝きから誠実そうな印象を受けた。
「……クラマちゃん。見たことある?」
「いえ、私にも心当たりがありません。お力になれず申し訳ありません」
アリシアと名乗る男は、続いてシャルにスマホの画面を向けて尋ねる。
彼は十歳に届くかもわからないという見た目の少女を見て、何らかの異能の副作用でこの見た目になっているだけで、実年齢はこの場のだれよりも上なのだと予想する。
「しらない!それより ピーチジュース おかわりしてもいい?」
シャルはいつの間にか到着していたジュースを一気に飲み干していた。
奇しくもその読みは見事に的中していたのだが、残念なことにシャルはその写真の人物を一度も見たことはなかった。
「あ、ああ。その……あと一杯だけでお願いするのだよ。今月は少し厳しくてね」
ジュースの奢り損だということが分かると、がっくりと肩を落とすのだった。
スマホに写っていた人物について詳しく聞いてみると、どうやら予想通りアリシアと名乗る男の弟ということだった。数週間前、友だちと飲みに行くと言って家を空けてから、忽然と姿をくらましてしまったという話だ。
弟は出来の悪い自分と違い、品行方正であり、黙って姿を消すような人物ではないらしい。原因が全く分からないので警察や、ギルドに掛け合ってみたのだが、有益な情報は得られなかったという。
魔獣を駆除しに出かけたのであれば、被害に遭っている可能性は高いが、ただ遊びに出かけたというのであれば、安直に魔獣が原因とも結論づけるのは難しい。
それにもし被害に遭っているのであれば、弟の友人から連絡が一報あってもおかしくない。しかし、訊ねてみると弟は飲み終わった後、またなと別れを告げて帰ったと言っている。
ともすれば、友人宅で飲み、その後、自宅に帰るまでの空白の時間の中で何かがあったという話になる。街の中を歩いているときに被害に遭った可能性が非常に高いのだ。
その話を聴いてクラマは例の水性の魔獣の姿が一瞬過った。水性の魔獣はその特徴の通り、形を擬態できる。事件当時アリシアの弟は酔っていた可能性が高い。街に流れる水路を伝って無防備な後ろを襲うことも簡単だろう。
しかし、そこまで考えてその可能性を否定する。あの魔獣の目的を知っているクラマにとってそうは思えなかったからだ。
ちなみに弟の名前はランジ・フェルメールというらしい。
名前を言う際にうっかり他のファミリーネームを喋りかけたのだが、不憫に思った二人は目配せをし、聴こえなかったことにした。
「これは連絡先なのだよ。もし何か情報が掴めたらすぐに私に連絡をしてほしい。些細な情報でも構わない、頼むのだよ」
頭を下げるアリシア。その誠実な態度に人を騙す気などは微塵もないように思えた。
きっとギルドやカフェでのアリシアの名声を利用して、今回みたいに知らない顔を見ては協力を仰いでいるのだろう。アイドルや芸能人などと違って、そこまで写真や名前が世間に浸透していない点を利用できると思ったのだろうか。
視線を横に向けてみると、他の客もくすくすと笑っている。皆、このアリシア・フェルメールと名乗る男が偽りの名を語っているのには気づいているようだった。
「ああ、見かけたら必ず連絡はするよ。それは約束する」
「恩に着るのだよ」
「そうだ、僕たちも君に一つ伺ってもいいかな?なに、知らないなら知らないと言ってくれればいい」
「ん、ああ、もちろんだよ。何でも聞いてくれたまえ。このアリシア・フェルメールがなんでも答えて見せよう」
アリシアは頭を上げ一瞬呆気に取られたあと、すぐに調子を取り戻し夜深にそう言った。
「僕たちは今、とある魔獣を追っているんだよ。その魔獣について何かわかることがあれば教えてほしい」




