動揺
「狐耳の女の子?なんだそりゃ。何でオレなんだ。なんでオレに訊く?」
「うーん、知らないか。何か知ってると思ったんだけどね。うん、そっか、ありがとう。それ以外に訊きたいことはないからあたしはもう行くね?」
それだけ言うともう本当に用はないと言わんばかりに、オレから目線を外しこの場を後にしようとする。
狐耳の少女を探している。理由はなんだ?少女というキーワード。女ばかりを狙うという魔獣の話。
じゃあ、この女はなんだ?
件の魔獣じゃない。それは間違いないだろう。今までいろいろな魔獣とやってきたが、それらのどんな奴とも違う。人を小馬鹿にしたその仕草、それはあまりにも人間らし過ぎた。
じゃあ、人間に寄生しての洗脳か。これも考えづらい。なぜならそんな奴は今まで見たことがないから。もちろん、見たことがない=存在しない。と定義づけるのは浅はかな考えだが、そう考えたとしてもおそらく違うだろう。仮に寄生できたとしても簡単な命令ぐらいが関の山だ。
例えば、ある一つの目的だけのために行動する。みたいな簡単な命令だ。
それは先ほど入ったラーメン屋で聞いたふらふら歩く犬耳の少女。という話とよく似ていた。確か港区のあたりを歩いていたと言ってたな。
まあ、それに関しても本当に関係性があるのか定かじゃない。もし、元の人格を保ったまま寄生できるのなら、それこそこの世の終わりだ。だが、こうして何もない日常が続いている。それがその答えだろう。
魔獣でないとするのならば、何か目的があって行動している人間ということかもしれない。しかし、この目の前にいる女の考えていることが分からなかった。
追いかけて問い詰めてやる。尾行して突き止めてやる。そうやって思惑を探ることも可能ではあったが、それは藪蛇だろう。さきほど女が振り返った時に一瞬だが、きらりと光った細い糸のようなものが視えた。
(おそらくは、糸。視えねえが他にも仕掛けられてるとみていい。糸を操る異能、魔装の類か。さっきのトラップの読みはあながち間違っちゃいなかったってことになるな。いや、それとも“わざと魅せた”のか)
(へえ、よく見てる。それに視えてる。馬鹿そうな顔の子だけど、意外とこういう場では冷静なタイプなのかもね)
追いかけることができない以上、声をかけるしかなかった。
「おい、一つ心当たりがある」
そう声をかけた瞬間、電池が切れたように女の足がパタリと止まる。そして、再びこちらにゆっくりと身体を向ける。その顔は笑っていた。
「本当に?じゃあ、なんでさっき知らないって嘘吐いたの?一度嘘を吐いた人間の言葉を簡単に信用できるのかしら?」
少し間を開けた後、そう言った。
緊張が走る。
警戒が強まった、そう思った。
「別に、今ふと思い出しただけだ。アンタがオレのことを信じられねえってんならもう用はねえよ」
乗ってくるかどうかはハーフ&ハーフだ。この女はおそらく自分に絶対的な自信があるタイプだ。それならば矜持という悪癖がそれを許さない。しかし、同時に相手の思惑通りに乗るのもまた嫌がるタイプでもあるだろう。
要するに嫌われるタイプだ。
「いいよ、聞くだけは聞いてあげる」
ビンゴ、乗ってきやがった。しかし、どうする。
狐耳の子供なんか会ったことも見たこともない。それにこんな得体のしれない女をそんなガキのところに導いてやって良いわけがない。十中八九好ましくない展開になるだろう。
じゃあ、なんで引き留めた。
元々関わる気なんてなかった。この女が危険だから?いや、他人がどうこうしようが関係ないと切り捨ててきたはずだ。そもそもあっちから仕掛けてきた話じゃなかったのか。
なら、流れに任せて去ってもらえばいいだけの話だっただろう。あのサラリーマンの言葉。犬耳の少女がこの女の探している狐耳の少女と同じだった場合のことか。
それとも、姉貴を馬鹿にされたことが引っかかってるのか。
いや、あのサラリーマンの話だけじゃない。
四十年近く前に起こったノアの暴走。それを機に増え続ける魔獣。それがより顕著になった。最近の世の中はどこかが軋み始めている。
まるで大きな地震の前に海底のプレートが重なり、軋みを上げているような、そんな悪兆。この惑星の悲鳴が。
(動揺してんのか、オレは。これは失敗だ。引き留めるべきじゃなかった)
「ねえ、早くしてくれないかな?あたし、待たせるのも待つのも嫌いなのよ」
「断崖都市 大口、知ってるか?第四の導のあった場所だ」
出まかせだ。別にどこでもよかった。大口には何もない。いや、誰もいない。あるのは縄張りとしている魔獣と、どこに通じているかもわからない大穴があるだけ。
大口は危険なところだ。人探し。それだけのために行くようなことはしない。真っ当な神経の持ち主なら行けと言われて行くわけがないのだ。
「ああ、あの何にもない廃都ね。え、マジで言ってるの?あんなところにあの狐ちゃんが?」
「ああ。アンタの探してる狐耳のガキかは知らねえがな」
大口についてはここからそう遠くない事もあり、一度行ってみたことがある。
その時は姉貴の仕事ついでということで下見をしてみたが、人はおろか魔獣すらいなかった。姉貴にはその際に絶対に近づくなと念を押されたっけかな。
まあ、好き好んで行きたいとは思えない場所なのは確かだ。
「どうなんだ、信じるのか?」
さて、この女はオレの言うことを信じるのか。そして仮に信じたとしても大口まで行く選択をするのか。
「うん、ありがとね。じゃあ、そのうち行ってみることにするわ。まあ、もしいなくても手がかりぐらいあるかもしれないしね」
意外だった。オレの言うことを信じたっていうのか。自分で言っておいてあれだが、このタイミングで打ち明けた情報に信憑性なんかが持てるとは思えなかった。
「あ、そうだ。じゃあ情報くれたお礼にあたしからも一つ教えてあげる。ここから北方面に向かうと大きなショッピングモールがあったわよね。その周辺で魔獣がいるかもって噂を先日聴いたのよ。あ、これはニュースになって無いヤツね。魔獣狩りさんなら耳寄りでしょ」
そう言い終わると、今度こそお別れだと言わんばかりに背を向ける。
「――待てよ」
再度呼び止める。度重なる制止に少し不機嫌そうな顔をする糸遣いの女。
「ん、まだ何かあるの?まあ、ついでだし聴いてあげるけど」
「アンタ、名前は?」
今日はなんだかギアが乗ってない気がするな。理に適ってない発言ばかりだな。
名前を訊いてなんになる。もう会うことはないだろうってのに何やってるんだオレは。
「あ、そんなこと。あたしの名前はね……」




