甘ったるい感情
腕時計を見る。十七時、日がもうじき傾いてくる頃。
オレはギルドの待合室に用意された席に腰を下ろしていた。白を基調とした清潔感のある、いかにもお役所といったところだ。壁に掲げられている電光板には魔獣の出没や、情報などの記載がある。
ギルドというと酒場みたいなところで、屈強なオッサンやアマゾネスみたいなムキムキの女が樽で出来たジョッキを片手に馬鹿騒ぎをしている。なんてイメージを持っている奴もいるかもしれないが、実際はそんなことはない。
お役所よろしく待合室が設けられていて、番号で管理、呼び出しを行うというシステムになっている。表情も変化も乏しく事務的に淡々と。
もちろん、それなりの立場になれば扱いは変わってくるのだろうが、オレにこの場所で働き続けるという気は全くなかった。
魔獣の被害や目撃情報なんかも大抵はここに集まってくる。
ちなみに会員登録制であるが、ネットでも情報は得られる。
ただ、マナーを守らない悪質な利用者がいたのだろうか、質問は当たり前の様にメールでのみと迅速な対応が行われないことが多い。ここら辺はいかにもお役所仕事といったところだろう。
しかも、今回の件は情報の真偽性も高くない。文面だけでは熱意も何も伝わらない。ともなれば悪戯と無視される可能性が高い。
目を通してもらえるとしても後回しにされるだろうことは予想できた。だから、面倒でもこうして足を運んでやる必要性があった。
目を瞑って静かに番号が呼ばれるのを待っていると、ざわつきに混じって情報が飛び交う。
「この間街の中に魔獣の爪痕みたいなものを見つけました」
「足をやられちまった。しばらくは仕事できないな」
「この間の魔獣岩に擬態していたんだぜ」
「この仕事、一緒にやらないか?」
「病院で行方不明になる奴がいる」
人がいなくなることなんざ日常だ。いちいち気にしていたら身が持たない。
百二十一番。上部にあるディスプレイに文字が表示された。
スマホの番号ともう一度間違っていないか一度確認した後、オレは何の期待も持たないまま、受付に向かうことにする。
「情報提供、ご報告ありがとうございます。頂いた情報をもとに調査をさせていただきます。ただ、こちらでは工藤さんが仰ったような事例は把握できていません。その点の詳細は追ってご連絡させていただきます。」
「ああ、頼む。オレからはもう言うことはない。もう用もないならこれで終わりにさせてもらうぜ」
「え? ああ、はい。本日はありがとうございました!」
通された部屋で今日聞いた話を全て伝えた。魔獣のターゲットが女であることも、オレが魔獣の可能性を疑ったあの後輩サラリーマンのことについても。包み隠さず話したつもりだ。
情報提供に対して意味はない。ギルドで動くということは、後手に回ることとほとんど同義だからだ。
情報を集めて、精査して、分配する。もちろん信頼がおける公的機関でもある。適材適所、誰がどういった仕事に向いているか、その危険性、早急に対応が求められているか、諸々正しい配分をしてくれる。
しかし、丁寧すぎる仕事は褒められることばかりではない。とどのつまり全てが遅いのだ。そうして一つの仕事を完遂した時には、すでに被害が広まってしまっているケースも少なくない。
人は独りでは生きていけないとはよく言うが、独りじゃないとできないこともある。
期待はしていなかったが、やはり得られる情報はなかった。
(情報がもらえねえなら、聞き込みから始めるしかねえか)
別に正義の味方を気取るわけじゃない。オレは理想論やきれいごとばかり振りかざす偽善者的な人間が嫌いだったし、どちらかというと自分勝手なエゴを押し付ける悪役のほうが好きだ。
やってることはクソでも生き様の話として共感できた。
あのサラリーマンの彼女を助けたいわけでもない。見ず知らずの人間がどこでくたばろうがオレには関係ない。
じゃあ、なんで情報を集めようとするのか?
それは自らが忌み嫌う偽善者じゃないのか?
自分でもよく分からなかった。
ただ、その陰気な魔獣をぶちのめしてやりたいと思った。そう何でもなく思っただけだ。
そう思ったら自然とギルドまで足を運んでいた。街を守るとかギルドに貢献するとかそんな大層なものじゃない。
本能には従わないといけない。オレは狼なのだから。
もしかしたらアニメに出てくるヒーローたちも、本能に従って人助けを行っているだろうか?
だとしたら、その甘ったるい感情も少しは分かる気がした。




