魔獣の噂2
不穏な会話は続く。
「それが本当だったら確かに怖いな。魔獣って獣って書くぐらいだから、もっと本能的に無差別に暴れまくるやつだと思ってたわ。俺の彼女もヤバいって外出しないように警戒させたほうがいいのかな?」
「マジすか。早めに言っておいたほうがいいっすよ。先輩の彼女さんけっこう可愛かったから標的かもしれないっすよ?」
「マジか。可愛いか。そうか」
「あと、友だちの見間違いかもしれないっすけど、犬耳だったかな、そんな耳した少女がふらふらと歩いてくのを見たって。」
「ふらふら歩くって疲れてただけじゃないのか?」
「その歩き方がなんか異常っていうか、夢遊病者のそれって感じだったそうで」
ふらふら歩く。犬耳の少女。なんだそれは。
「友だちってどこらへんに住んでるんだ?」
「港区の郊外っす。昔は栄えていたみたいっすけど、今はあそこら辺かなり田舎なんで。まあその、変なローカル遊びをしてた子供って可能性もあるって話っすけど」
「じゃあ、そうだろうさ。港区ってここから離れすぎだろ。それは有り得ない話だな」
「とにかく!彼女さんにはしっかり言っておいたほうがいいっすよ!」
自分たちが住んでいる地区で人が襲われているというのに、二人の会話は暢気なものだった。世間での価値観なんてそんなものだ。皆、心配する振りはしてもどこか他人事。対岸の火事を見る野次馬と同じ。
もしかしたら、自分の身に降りかかるかもしれない、という考えはない。いや、考えてもしょうがないと諦めているだけかもしれないが。
「それでさ、その魔獣ってどんな格好っていうか形状なんだ?」
「えっと、形状っすか?」
「だってほら、形が分からないと警戒しようにも警戒できないだろう?彼女に言うにしても、目につく怪しいもの全部を疑って過ごしてくれなんて言えないよ俺。それこそ警戒しすぎてノイローゼにでもなりかねないだろ?」
話は形状についての話題に移る。
男たちの話は曖昧な部分も多く、どこまで話してくれるのか分からなかったが、どんな形かまで話してくれるのなら裏を取るのも難しくないだろう。
ギルドに調べてもらって、それでも尻尾を掴めないなら姉貴にでも聞けばいい。レギオンに任せるのは不本意だがな。
「えっと、その、形状って例えばどんなんすか?」
「そりゃ、獣型とかキノコとかに擬態してるとか、鳥みたいに翼が生えてるとか、色々あるだろう?俺もニュースとかで見るだけだし、別に詳しくないよ」
「はあはあ、なるほど、そういうことすか。う~ん、まあ、獣みたいなやつじゃないんすかね?ほら、女性を襲うなんてケダモノだーって言うじゃないっすか」
「なんだよそれ。絶対適当に言ってるだろ。知らないなら知らないって言ってくれよ」
「すみません、そこまでは知らないっす」
(なんだよ知らねえのか。当てが外れたか)
あの胡散臭い男が発生源。つまり、あの男自体が件の魔獣であり、上司の後輩を装って擬態した姿、もしくは寄生、洗脳されていて情報を引き出そうとしている線を考えたが、その可能性は0ではないもののかなり少なくなった。
なぜなら、要領を得ない情報をもとに会話を続けているからだ。オレに会話を聞かれている可能性があるからブラフを混ぜる?そこまでの知性が魔獣にあるとは思えない。
恐らく、あの後輩は本当にただのサラリーマンということになるだろう。
「けどこういう噂が立たないように、リベルレギオンどもはさっさとやっつけてほしいよな。高い金貰えるだけ貰って、大した成果上げられませんーじゃ税金泥棒だろ。自由を掲げてるんだから、俺らをこの社畜生活からも早く自由にしてほしいぜ」
「あはは、さすがにそれは無理でしょう。それに私、昔聞いたことがあるんすけど、レギオンも魔獣狩りも学のない人間が行きつく先って話じゃないっすか。馬鹿集団じゃできることも限りがあるんじゃないっすかね?あははは」
随分と好き勝手な言いようだった。見る人が見れば気分を害する話だろう。リベルレギオンを貶されるということは、延いてはそこに所属している姉を馬鹿にされるも同義である。
けど別に腹は立たない。オレも姉のことを馬鹿な生き方だと思っているからだ。
馬鹿な生き方だ。感謝されてもそれは一時だけ。
金のために仕方なくやるにしても、他に仕事なんていくらでも選びようがある。
ヒーローはアニメの中だけでいい。
だから、腹は立たない。
けど、自分でも気づかないぐらい程度に握りしめた拳が震えていた。
それはきっと苛立ち。
(なんだよ、オレはイラついてんのか)
それが心無い二人に対してなのか、何もできないオレに対してなのか、答えが出ることはなかった。
「ごちそうさまっす!先輩、食後に001アイス行きましょうよ!そこは私がおごりますよー!」
「はあ、しょうがねえな。あ、俺三段な」
しばらくして、食事が終わったのか、二人が席を立ち会計のため、オレの後ろを通りレジのほうへ向かって歩いていく。
(いけね、話聴くのに夢中になって全然食えてねえぞ。……う、なんだこの量は。なんでこんなに頼んじまったんだろうか)




