魔獣の噂
それから数年の月日が流れる。
あの日もこんな風に目的もなく歩き続けてたか。
カンカンに怒り狂った姉貴と顔を合わせるのはどうしても避けたくて、行きたくもねえゲーセンやバッセンを渡りながら時間を潰したっけか。
(そういや、ここでよく姉貴に頼まれて黒いウーロン茶買ってこさせられたっけかな)
そこは更地だった。
あの時と比べると風景もこの辺りも変わっちまった。
人も変われば街も変わる。
諸行無常、変わらないものなんかこの世には何もない。
今のオレはその日を食い繋ぐために魔獣狩りをやってる。頭の悪いオレは結局、これしかない。別に目的もない人生だ。今日生きて、今日笑えればそれでよかった。
「昼飯何にするか」
街頭ビジョンに映し出されていた巨大なデジタル時計は十五時を指していた。
ちょっと遅れた昼飯だ。この時間に食いまくれば夜は何も食わなくて済むかもな。
(まあ、結局腹が減って夜中に食っちまうんだが……)
そう心の中で苦笑しながら色褪せた暖簾をくぐると、豚骨の獣臭さと古びた油の匂いが鼻をつく。昼のピークを過ぎた店内は、換気扇の回るブーンという低い音だけが響いている。床は油で少しヌルつくが、今のオレにはこの小汚さが妙に落ち着く。
こうして、自由な時間に好きなだけ食べられるのは、フリーで活動する魔獣狩りのどうでもいい利点の一つなのかもしれない。
別に待たされるのは何の苦でもないが、味に何のこだわりもないので、空いているなら空いているほうがいい。周りに客が座らなさそうな席を選び腰掛ける。
程なくして店員がやってきてグラスに入った水とメニューを置いていった。
(初めて入る店だから何がいいのか分かんねえな。まあ、この一番ボリュームがあるやつでいいか)
分からないとは思いつつも特に迷うこともなく注文を決める。仮にこのでかでかと書かれたおススメという文言通り、美味しかったとしてもこんな場所まで食べに来ることはもう無いだろう。だから、食べきれる限界まで食ってやろうと思った。
待ち時間をニュースでも見て潰そうとスマホを取り出そうとすると、どこかから声が聴こえてきた。
ちらりと覗き見る。右後方の四人掛けのテーブルに三十代くらいのサラリーマン二人座っていた。
なにやら不穏な会話らしい。スマホに表示された見出しにある芸能人のくだらないスキャンダルよりも面白いだろうと思い、そのままスマホを見る振りをしてサラリーマンの声に耳を傾ける。
「大丈夫だったんすか。なんかここら辺でも出るって噂じゃないっすか。私、ニュース見てますけど、まだ報道されてないし、ギルドだけが掴んでるって話っすよね」
「なんだよその話。面白そうじゃないか。聞かせてくれよ」
「え、違うんすか?その傷、てっきり。私は先輩が襲われたのかと思って焦りましたよ。なーんだ、心配損じゃないっすか」
「いやいやいやいや、心配損って。もうちょっと言葉選んでよ。それに、襲われたら俺ここにいないと思うよ。この傷はその、前酔っ払った時、彼女に引っ掻かれた傷だよ」
談笑が聴こえる。
そして、ニュースでも報道されていない魔獣に関する話。そして“ここら辺で出る”というワード。
基本的に魔獣が出没する際は、その地区ごとのギルドから危険を知らせる呼びかけが発令される。
ギルドが掴んでいて、かつ注意喚起されていないという話となると内訳は公表できない話。ということになる。いや、オレが知る限りじゃそんな話は一つもなかったはずだ。一応仕事をもらってる身だ、確認はしている。
仮に、もしそれが本当だったとしても誰が漏らしたのかという話にもなる。当たり前だが情報漏洩はご法度だ。いつの時代も情報に踊らされて甚大な被害に拡大するのは変わらない。
よくは知らないがかなり重い罪が決められているはずだ。だからそこまでのリスクを背負う意味がない。
いや、救いようのない愉快犯だっていつでもいるよな。断定なんかできやしないか。
「なんでも女性ばかり狙うって話なんすよ。偶々なのか何か理由があるのか分からないっすけど、本当だったら洒落にならない話っすよね」
「お待たせしました。こちら厚切りチャーシューラーメン、チャーハン、餃子セット。あと豚丼、激辛つけ麺になります」
会話が遮られる。店員だ。
注文から十分ほどしか経過していない。頼んだ量を考えると随分と早いなと思った。
しかし、今は食事より二人の会話だ。店員に礼の意味合いを込めてこくりと頷いて置いておいてくれと目線で訴え、ひとまず会話に集中することにした。




